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第162話:聖域の真実

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

闘技場の熱狂が、遠い潮騒のように聞こえる。俺の意識は、硬い石畳の冷たさから、ゆっくりと浮上した。全身を襲う疲労感とは裏腹に、不思議と痛みはなかった。ギデオン総長が放った最後の一撃は、俺の肉体を傷つけることなく、その意識だけを的確に刈り取ったのだ。まさに、神業。


「……見事なものだな」


思わず、そんな言葉が漏れた。完敗だった。だが、心に残るのは悔しさではなく、遥か高みにある『理』の存在に触れることができた、清々しいまでの満足感だった。俺はゆっくりと身を起こし、観客の歓声に応える勝者の姿を目で追った。


その夜、騎士団の医務室で簡単な手当てを受けた俺は、宛がわれた兵舎の自室で、一人、今日の戦いを反芻していた。


《マスター。総長ギデオンの最終攻撃に関するデータを再解析しましたが、依然として、その運動原理の完全な解明には至りません》


アイの声が、どこか悔しそうに脳内に響く。


〈だろうな。あれは、物理法則のギリギリの境界線……いや、それを一瞬だけ超えたのかもしれない。経験と直感が、計算を超越した一例だ。面白い……実に、面白いサンプルが取れた。人間の脳という、最高の生体コンピュータが、数十年の歳月をかけて自己学習と最適化を繰り返した結果、理論上はありえない解を導き出した……。アイ、お前に理解できるか? この興奮が〉


俺が科学者としての悦に浸っていると、部屋の扉が静かにノックされた。入ってきたのは、他でもない、ギデオン総長その人だった。彼は昼間の鎧を脱ぎ、簡素だが上質なシャツ姿だった。


「少し、良いかな」


彼の表情は、昼間の王者としての威圧感はなく、どこか穏やかで、一人の武人としての顔をしていた。俺は無言で頷き、彼を部屋へと招き入れた。


ギデオンは、俺が勧めた椅子に静かに腰を下ろすと、真っ直ぐに俺の目を見て言った。


「まずは、見事な戦いぶりだった、カガヤ殿」


「負け犬に、ですか?」


「勝敗は、些事だ。重要なのは、その戦いの『質』だ。君は、私に、久しく忘れていた興奮を思い出させてくれた」


彼の言葉に、俺はただ黙って耳を傾ける。


「さて」と、ギデオンは切り出した。


「君に話しておかねばならないことがある。決勝戦、私が自ら出向いた本当の理由をな」


俺は黙って、彼の次の言葉を待った。


「あれは、君という男の『器』を測るための、私なりの『試験』だった。君が持つ、あの異質な『理』の力。それが、いかなるものなのか。そして、その力を、君がどう使うのか。それを、この国の誰よりも間近で、この身を以て確かめておく必要があった。君の力は、使い方を誤れば国さえ滅ぼしかねない劇薬だ。だが、正しく用いれば、停滞したこの国を次の時代へ進めるための、何よりの良薬ともなりうる。その見極めが必要だった」


彼は、俺の戦いを詳細に分析していた。


「初戦から準決勝まで、君は決して自ら攻撃を仕掛けなかった。相手の力を利用し、最小限の力で、最大の効果を上げる。まるで、流れる水のように、相手の攻撃を受け流し、その勢いで相手を自滅させる。恐ろしく合理的で、そして……恐ろしく冷徹な剣だった」


「ですが、あなたは、その俺の『理』を、完全に上回った」


「ああ」と、ギデオンは頷いた。


「君の言う『理』、つまり計算と予測は、確かに強力な武器だ。だが、それだけでは届かぬ領域がある。私が最後に放った一撃。あれは、私が数十年、この身に叩き込んできた、幾万、幾億の剣の記憶。その全てが、無意識の内に最適化され、放たれた一撃だ。理屈ではない。経験と直感が、物理法則の限界を、ほんの一瞬だけこじ開けた……いわば、騎士道が追い求める『極致』の一端だよ」


彼の言葉は、俺の科学者としての常識を、心地よく揺さぶった。この世界には、まだ俺の知らない「法則」が、無数に眠っている。


「君の力は、本物だ。そして、その使い方にも、私利私欲は感じられなかった。むしろ、自らの力を律し、制御しようとする、強い意志さえ感じた。……よって、約束通り、君に、この国の騎士として最高の栄誉を与えよう」


ギデオンは、そこで一度言葉を切ると、真剣な眼差しで俺を見つめた。


「準優勝者の君に、特例として『聖域』への立ち入りを許可する。戦乙女の神殿の最奥……。そこで、君自身の目で、この国が抱える『真実』の一端を、確かめてみるといい。準備が整い次第、改めて声をかけよう。君の『理』が、あの場所で何を見出すのか。そして、君が何者で、どこへ向かおうとしているのか。それを見届けるのが、君をこの国に留め置いた私の、最後の責任だ」



数日後、俺はギデオン総長に導かれ、改めて戦乙女の神殿を訪れていた。向かうのは、神殿のさらに奥深く。そこは、これまでの荘厳な神殿の雰囲気とは一線を画す、静謐で、どこか無機質な空間だった。壁や床は、継ぎ目のない滑らかな素材で作られており、淡い光を自ら放っている。


「ここが『聖域』。代々の総長と、武闘会の優勝者のみが立ち入りを許される場所だ」


ギデオンの声が、静かな空間に響く。聖域の中央には、一体の武具が、まるで王の帰りを待つかのように、静かに安置されていた。


「これが、ここ聖域に収められている神話に謳われる戦乙女の装備一式、神造兵装『ブリュンヒルデ』だ」


重々しい口調でギデオン総長が言う。


流線型で、白銀の輝きを放つ全身鎧。そして、その傍らに置かれた、水晶のような刀身を持つ長剣。それは、俺が壁画で見た「戦乙女」の姿そのものだった。だが、実物を目の当たりにした俺は、息を呑んだ。これは、ただの鎧ではない。


《マスター。この武具……。我々のデータベースに存在する、いかなる合金とも一致しません。表面には、自己修復機能を持つナノマシンと思しき微細な構造が……。そして、内部には、休眠状態ですが、極めて高密度のエネルギー炉が確認できます。これは……》


〈……パワードスーツ、か〉


俺の呟きに、アイが続ける。


《はい。地球連邦の基準から見ても、極めて高度なテクノロジーであることは間違いありません。これが、伝説に聞く『古代エルフ』の遺物なのか、あるいは、『星の民』の置き土産なのか……現時点での断定は困難ですが……》


俺は、吸い寄せられるように、その白銀の鎧に手を伸ばした。指先が触れた瞬間、鎧の表面に刻まれた幾何学的な紋様が、青白い光の脈動を始めた。まるで、眠りから覚めたかのように。そして、その光は、俺が腕にはめている触媒と、確かに共鳴していた。


「……やはり、そうか」


戦乙女とは、神話の女神などではない。かつてこの地に存在した、高度な科学技術を持つ者。彼女が遺したこの武具は、この世界に隠された歴史を解き明かす、何より雄弁な「真実」の断片だった。そして、俺の腕で輝きを増すこの触媒は、ただの道具ではない。この星の過去と、俺の未来を繋ぐ、運命の『鍵』なのかもしれない。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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