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第160話:理の剣閃、剛の舞台

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

聖覧武闘会、二日目。城塞都市アイギスを包む熱気は、前日を遥かに凌ぎ、濃度を上げていた。初戦を勝ち上がった猛者たちが、次なる戦いを前に、闘技場の地下で静かに牙を研いでいる。


俺、カガヤ・コウの周囲の空気は、昨日とは明らかに変わっていた。“鋼塊の騎士”ボルグを、誰も予想だにしなかった形で下した俺の存在は、もはや単なる「異邦人」ではない。賞賛と好奇、そして、それ以上に色濃い、嫉妬と敵意の視線が、槍のように俺に突き刺さっていた。


「見ろ、あの男だ」


「ああ。“黒髪の異邦人”。奴の戦いは、剣技とは到底呼べん。汗もかかず、息も乱さず、ただ相手の動きを見切り、自滅を誘うだけ。卑劣な小細工だ」


控え室で交わされる騎士たちの囁き声が、俺の耳に届く。彼らにとって、俺の戦い方は、己の肉体と精神を極限まで鍛え上げ、正面からぶつかり合うという、神聖な騎士道を汚す、許しがたい「邪道」に映っているのだ。


だが、俺は意に介さなかった。彼らの言う「正々堂々」など、俺の「理」の前では、あまりにも非効率で、非合理的な、ただの自己満足に過ぎないからだ。



第二回戦、第三回戦は、ある意味で、初戦の再現となった。


第二回戦の相手は、“疾風”の異名を持つ、双剣使いの騎士だった。彼の繰り出す、嵐のような剣舞は、見る者の目を奪うほどに華麗で、そして鋭い。だが、俺の網膜に映る世界では、その複雑な剣の軌道もまた、予測可能な物理現象でしかなかった。


俺は、彼の猛攻を、ただ、ひらり、ひらりと、最小限の動きでかわし続ける。彼の剣が空を切るたびに、観客席からは、焦れたような、苛立ったような声が漏れた。やがて、体力を消耗し、その動きに僅かな乱れが生じた瞬間。俺は、彼の踏み込んだ右足の、ほんの僅かな角度のズレを見逃さなかった。


木剣で、彼の足元の石畳を、軽く突く。彼は、まるで自分で自分の足に躓いたかのように、盛大に体勢を崩した。その喉元に、俺の木剣が、静かに添えられる。あまりにもあっけない幕切れに、闘技場は、昨日以上の困惑に包まれた。


第三回戦は、さらに酷かった。相手は、“鉄壁”の異名を持つ、守りの達人。巨大な盾と分厚い鎧で身を固め、一度構えに入れば、嵐のような攻撃すらも防ぎきるという、歴戦の猛者だった。


だが、俺は、彼の盾を、一度も攻撃しなかった。


俺は、ただ、彼の周りを、一定の距離を保ちながら、ゆっくりと回り続ける。観客席からは、「戦え、卑怯者!」という罵声が飛ぶ。だが、俺の耳には届かない。俺の意識は、アイと共に、彼の鎧の構造解析に集中していた。


《マスター。対象の鎧は、複数の鋼鉄プレートを、革のベルトで連結させた構造です。防御力は高いですが、特定の関節部分、特に、右肩の装甲版に、構造的な脆弱性を発見しました。特定の周波数による共振現象に対し、極めて脆い反応を示すと予測されます》


〈面白い。この世界の鍛冶技術では、プレートごとの硬度の均一化までは考えられていない、か。振動を加えれば、必ず最も弱い一点に応力が集中する〉


俺は、ゆっくりと、しかし確実な歩みで、彼の死角へと回り込む。そして、計算し尽くした、完璧な角度から、彼の右肩の鎧の連結部分に、木剣の先端で、コン、コン、コン、と、まるで拍子を刻むかのように、軽く、しかし、極めて正確なリズムで、連続して衝撃を与えた。


「なっ……!?」


最初は何も起こらなかった。だが、そのリズミカルな打撃が十数回を超えた時、騎士の右肩の鎧から、キィン、という、金属が共振する甲高い異音が発生した。そして次の瞬間、甲高い破壊音と共に、鎧の連結部分のリベットが弾け飛び、彼の右腕の防具が、まるごと石畳の上に崩れ落ちたのだ。


その光景に、ついに、観客席の怒りが爆発した。


「ふざけるな!あんなの、戦いでも何でもないぞ!」


「そうだ!騎士の誇りも、名誉もないのか、あの異邦人は!」


「正面から、正々堂々と戦え!」


罵声の嵐の中、俺は、静かに闘技場を後にした。



準決勝を前にした、短い休憩時間。俺は、控え室の隅で、アイと対話していた。


〈……どうやら、俺のやり方は、この国では全く理解されないらしいな〉


《文化的な差異です、マスター。彼らの社会は、『騎士道』という、ある種の共同幻想によって成り立っています。その幻想を破壊するマスターの合理性は、彼らにとって、自らの存在意義を脅かす『恐怖』として認識されているのです》


〈恐怖、か。馬鹿馬鹿しい。だが……〉


俺の脳裏に、戦乙女の神殿の、あの壁画が浮かぶ。あの謎を解くためには、聖域へ行く必要がある。そのためには、この武闘会で、優勝しなければならない。


〈アイ。どうやら、少しだけ、彼らの『お遊戯』に付き合ってやる必要がありそうだな彼らが理解できる唯一の言語――『圧倒的な力』で、俺たちの『理』の正しさを証明する。これもまた、商人としての交渉術だ〉


《……マスターの意図を理解しました。リスクは伴いますが、彼らの『承認』を得るためには、それもまた、合理的な戦略の一つです。次の対戦相手の戦闘データ、及び、マスターの身体能力の限界値を再計算します》


〈ああ。頼んだぞ、相棒〉



準決勝。俺の前に立ったのは、エリアスの上官であり、騎士団の中でも屈指の実力者として知られる、騎士隊長“灼熱”のアルフォンスだった。その名の通り、炎のような赤い髪を持ち、その瞳には、揺るぎない自信と、俺への明確な敵意が宿っている。


「始め!」


審判の合図と共に、アルフォンスが、闘技場の中央で、堂々と剣を構えた。


「来い、異邦人!貴様の小賢しい手品が、どこまで通用するか、この俺が試してやる!」


観客席からも声援が飛ぶ。


「そうだ、隊長!あの卑怯者を叩き潰せ!」


だが、俺は、これまでの試合のように、回避行動を取らなかった。


俺もまた、闘技場の中央へと、ゆっくりと歩を進める。そして、この数週間で、俺の身体に完璧に最適化された、科学的な剣の型で、木剣を、静かに構えた。


その、俺の意外な行動に、アルフォンスも、観客席も、そして、貴賓席で戦いを見守るギデオン総長でさえ、一瞬だけ、息を呑んだのが分かった。


「……ほう。ようやく、その気になったか」


アルフォンスが、獰猛な笑みを浮かべる。次の瞬間、彼の身体が、爆発的な速度で、俺へと突進してきた。炎の名を冠するにふさわしい、凄まじい威力の、上段からの斬り下ろし。


俺は、その一撃を、真正面から、受け止めた。


キィン!という、これまでとは比較にならない、甲高い音が、闘技場に響き渡る。木剣と木剣がぶつかり合い、火花のような衝撃が散った。


「なっ……!?」


アルフォンスの瞳が、驚愕に見開かれる。彼の渾身の一撃を、俺は、一歩も下がることなく、完璧に受け止めていたのだ。


「そんな、馬鹿な……。この、俺の一撃を……!」


〈遅いな〉


俺は、心の中で呟いた。彼の剣は、確かに速く、そして重い。だが、エーテロンによって強化された俺の身体能力と、アイが導き出した、衝撃を最も効率的に受け流すための、完璧な身体の使い方。その前では、彼の「力」は、もはや絶対的なアドバンテージではなかった。


俺は、彼の剣を受け止めたまま、逆に、押し返した。


「ぐ……っ!」


アルフォンスの体勢が、わずかに崩れる。その隙を、俺は見逃さない。


そこから先は、もはや、一方的な蹂躙だった。


《最適攻撃シーケンスを実行。目標、全身の関節及び鎧の隙間、計32箇所》


俺の剣が、唸りを上げた。それは、もはや、これまでの試合で見せたような、相手の隙を突く、精密な一撃ではない。純粋な速度と、圧倒的な手数で、相手を叩き潰すための、暴力的なまでの剣の嵐。


一秒間に、三度、四度と、木剣が、アルフォフォンスの鎧の、あらゆる場所を、正確に、そして的確に、叩きつけていく。彼の自慢の剣技は、俺の、物理法則に則った、最短・最速の連撃の前では、完全に無力だった。


彼は、防戦一方。その顔には、焦りと、そして、自らの常識を超えた現象への、本能的な恐怖の色が浮かんでいる。


そして、最後の一撃。俺はアルフォンスの剣を下に叩き落とすように弾くと、がら空きになった彼の胴体へ、自らの体を軸にして、鋭く回転。その遠心力を全て乗せた渾身の胴薙ぎを、彼の脇腹へと、叩き込んだ。


凄まじい衝撃音と共に、アルフォンスの屈強な身体が、くの字に折れ曲がり、数メートル後方まで吹き飛ばされた。


闘技場は、水を打ったように、静まり返っていた。


先ほどまでの罵声が、嘘のようだ。誰もが、今、目の前で起こったことを、信じられない、といった表情で、ただ、呆然と見つめている。


卑怯な小細工で勝ち上がってきたはずの異邦人が、この国で五指に入ると言われる騎士隊長を、正面からの斬り合いで、赤子のように、ねじ伏せたのだ。


「……勝者、カガヤ!」


審判の、震える声が、ようやく、闘技場に響き渡る。


その声で、人々は、ようやく我に返った。だが、そこに、歓声はなかった。ただ、人知を超えたものを目の当たりにしたかのような、畏怖に満ちた静寂だけが、闘技場を支配していた。


俺は、ゆっくりと、木剣を下ろす。


これで、決勝への道は開かれた。


俺の視線は、静まり返る観客席の、その一点。全てを見通すかのような、鋼色の瞳を持つ、騎士団総長ギデオンの姿を、真っ直ぐに捉えていた。


彼の口元が、満足げに、そして楽しそうに、三日月のように歪んだのが、はっきりと見えた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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