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第158話:理の証明、剛の舞台

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

俺がローディア騎士団の訓練に参加するようになってから、二週間という時間が流れた。


その短い期間に、訓練場における俺の立場は、劇的な変化を遂げていた。当初、俺に向けられていた侮蔑と嘲笑の視線は、いつしか畏怖と、そして理解不能なものに対する戸惑いへと変わっていた。もはや、俺を「赤子同然」と侮る者は、一人もいない。


アイとの二人三脚で編み出した、生体力学(バイオメカニクス)に基づく剣術。そして、体内のナノマシンを介してエーテロン(魔素)を身体能力の強化に転用する、新たな力。この二つが融合した俺の戦闘能力は、この世界の常識を、静かに、そして着実に破壊しつつあった。


「はっ!」


模擬戦の相手となった騎士が、渾身の力で剣を振り下ろす。その切っ先が俺の肩を捉える、コンマ数秒前。俺は、最小限の動きで体を開き、その一撃を紙一重でかわす。同時に、相手の体勢が崩れる、その僅かな隙を見逃さない。


《マスター。好機です。マスター自身の左脚、大腿四頭筋及び腓腹筋に、出力5.8%のエーテロンを集中。爆発的な瞬発力を生成し、一気に間合いを詰めてください》


俺は、アイのナビゲートに従い、自らの脚に意識を集中させる。体内のナノマシンが、呼吸と共に取り込んだ魔素を、瞬時に運動エネルギーへと変換した。世界が、再びスローモーションになる。相手の騎士が体勢を立て直そうとする、そのコンマ数秒の隙を突き、俺の身体は、まるで弾丸のように、音もなく踏み込んでいた。俺は、そのがら空きになった胴体に、木剣の切っ先を、吸い付くように、寸分の狂いもなく突きつけていた。


「……そこまで!」


教官の鋭い声が響き渡り、訓練場に、再び静寂が訪れる。周りで見守っていた騎士たちから、驚嘆とも、ため息ともつかない、複雑な感情の入り混じった声が漏れた。


「また、勝ったぞ……」


「信じられん。あいつの動きは、まるで未来が視えているようだ」


俺は、木剣を下ろし、静かに息を吐いた。これが、今の俺の、戦い方だ。


そんなある日の午後。訓練を終え、汗を拭っている俺の元に、一人の伝令騎士が駆け寄ってきた。


「特務顧問カガヤ殿。総長がお呼びです。至急、執務室までお越しください」


ギデオン総長からの、突然の呼び出し。俺は、何かを予感しながら、騎士団本部の最上階へと向かった。



総長の執務室に入ると、ギデオンは、巨大な執務机で、何かの書類仕事をしていた。俺の入室に気づくと、彼は一度だけ鋭い視線をこちらに向ける。その鋼色の瞳は、俺という存在を値踏みするかのように、一瞬だけ、鋭く光った。


「少し待て」


そう言うと、彼は再び手元の書類へと視線を落とす。その声には有無を言わせぬ響きがあった。


やがて、彼は最後の羊皮紙にサインを終えると、ようやく顔を上げ、俺に向き直った。


「……待たせたな。座りたまえ」


俺が椅子に腰を下ろすのを待って、彼は、単刀直入に切り出した。


「カガヤ殿。君がここへ来て、二週間。君の訓練の様子は、全て報告を受けている。正直なところ、驚きを禁じ得ない」


彼は、テーブルの上に置かれた数枚の羊皮紙を、指先でなぞる。そこには、俺の訓練内容や、模擬戦の結果が、びっしりと書き込まれているのだろう。


「当初、君の力は、相手の動きを読む、一種の『予測能力』かと思っていた。だが、違うな。君のそれは、もっと根源的な、『(ことわり)』そのものに干渉する力だ。違うか?」


俺は、彼の慧眼に、内心で舌を巻いた。この男には、下手に嘘をついても無駄だ。


「……ご明察の通りです。俺は、ただ、物事の法則を、あなた方とは違う視点で見ているに過ぎません」


「ふん。面白いことを言う」


ギデオンは、その口元に、満足げな笑みを浮かべた。


「それと、フォルトゥナの第二王子殿下から、実に興味深い書状が届いていてな。『我が国の賢者を、客人として丁重に扱われたし』と。……教会と渡り合い、聖女を救い、王子殿下に『賢者』と言わしめる男が、ただの旅人であるはずがない」


「カガヤ殿。君のその『理』、そして、常識外れの成長速度は、実に興味深い。そこで、君に一つお願いがある」


「お願い、ですか?」


「うむ。我がローディア騎士王国では、四年に一度、国中から腕利きの騎士たちを集め、その武勇を戦乙女様に奉納するための、神聖な儀式が行われる。―――『聖覧武闘会』だ」


聖覧武闘会……。


「優勝者には、この国の騎士として最高の栄誉が与えられる。そして、それだけではない」


ギデオンは、ここで言葉を切り、俺の反応を窺うように、目を細めた。


「副賞として、戦乙女の神殿の、その最奥。通常は、選王された現王や、騎士団総長である俺でさえ、特別な儀式の時以外は入ることのできない、神聖なる『聖域』への、立ち入りが許される。そこには、我らが女神、戦乙女様が天空より舞い降りた際に纏っていたという『神々の武具』が、今も眠っている」


聖域。神々の武具。その言葉が、俺の心の奥底で、小さな火花を散らした。


(戦乙女の神殿の、最奥……。あの壁画の謎、そして、『星の民』のテクノロジーの痕跡。そこに、何か手がかりがあるかもしれない)


俺の思考を、アイが冷静に分析し、補足する。


《マスター。総長ギデオンは、マスターの能力を試すと同時に、マスターの行動原理を探ろうとしています。この武闘会への参加は、我々の目的のひとつでもある『戦乙女の謎』の解明に、大きく近づく可能性を秘めています。リスクはありますが、リターンはそれを上回ると判断します》


〈……ああ。面白くなってきたじゃないか〉


俺は、いつの間にか、自らの口角が上がっているのに気づいた。理術を封じられ、不本意な形で始まった、この騎士団での生活。だが、それは、思わぬ形で、俺の探究心に火をつけた。


俺が、この二週間で手に入れた、新たな力。科学的な分析と、エーテロンによる身体強化を融合させた、俺だけの「剣術」。それが、この騎士道を重んじる国で、一体どこまで通用するのか。


そして何より、「戦乙女(バルキリー)」という、この世界の根源的な謎に、一歩近づけるかもしれない。


「……お受けいたします、総長殿。その『聖覧武闘会』、謹んで参加させていただきます」


俺は、挑戦的な光をその瞳に宿し、はっきりとそう答えた。


俺のその返事を聞いたギデオン総長は、満足げに、そして、どこか楽しそうに、深く頷いた。


「うむ。期待しているぞ、異邦の賢者殿。君のその『理』が、我が騎士団の、そしてこの国の『常識』を、どこまで揺がすことができるのか。このギデオン、特等席で見物させてもらうとしよう」


その日、ローディア騎士団特務顧問カガヤ・コウが、聖覧武闘会へ出場するという報せは、瞬く間に、城塞都市アイギスを駆け巡った。


騎士たちの間に、驚きと、戸惑い、そして、エリアスをはじめとする若き騎士たちの間には、新たな闘志の波紋が、静かに、しかし確実に、広がっていった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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