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第157話:剛の剣、理の剣

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ローディア騎士団、特務顧問。


その聞こえの良い肩書とは裏腹に、俺の新しい日常は、泥と汗、そして無数の怒声から始まった。


城塞都市アイギスの中央に位置する、広大な騎士団の訓練場。朝霧がまだ残る早朝から、鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音と、騎士たちの荒々しい雄叫びが響き渡る。俺もまた、その喧騒のただ中にいた。


「カガヤ特務顧問!腕が棒切れのようだぞ!剣はそうやって、ただ振り回すだけの代物ではない!」」


教官である、熊のように屈強な訓練教官が、俺の背中に容赦なく叱責の言葉を浴びせる。俺は、ずしりと重い訓練用の木剣を手に、言われた通りに素振りを繰り返すが、その動きはあまりにもぎこちなく、無様だった。


総長ギデオンの命令は絶対だ。「理術」の使用を固く禁じられ、代わりに与えられたのは、この一本の木剣と、一介の見習い騎士と同じメニュー。それは、俺を監視下に置くと同時に、俺という異物を、この騎士団の「型」にはめ込もうとする、ギデオンなりのやり方なのだろう。


《マスター。現在の上腕三頭筋の収縮速度では、木剣の先端に十分な運動エネルギーを伝達できません。踏み込んだ左足の母指球に、体重の73%を乗せるイメージで……》


〈うるさい!理屈は分かってる!〉


俺は、脳内でアイに悪態をついた。科学的に正しいフォーム、力の伝達効率。そんなものは、データとして頭に入っている。だが、長年、研究室のコンソールと宇宙船の操縦桿しか握ってこなかった俺の肉体は、その「正解」を、悲しいほどに再現できなかった。


周りでは、俺と同時に訓練を始めた新兵たちでさえ、日に日にその剣筋を鋭くさせていく。彼らの動きは、洗練されているとは言えないまでも、確かな「(さま)」になっていた。それに引き換え、俺は……。


「なんだ、あいつは。総長直属の特務顧問だと聞いていたが、剣の腕は赤子同然だな」


「ああ。本当に、ただの旅の者だったんじゃないのか?」


他の騎士たちから投げかけられる、侮蔑と嘲笑の視線。それが、俺のプライドをじりじりと焼いていく。焦りと、もどかしさ。そして、自らの無力さへの苛立ち。数日が経つ頃には、俺の心は、すっかりささくれ立っていた。


だが、その夜。兵舎の自室で、アイが投影した自らの訓練映像を繰り返し見ているうちに、俺の中で、ある感情が芽生え始めていた。


(……いや、待てよ)


映像の中の俺の動きは、確かに素人そのものだ。だが、その隣で剣を振るう、模範的な騎士の動き。その一つ一つを、俺は、いつの間にか、科学者としての目で分析していた。


(肩関節を支点とした、テコの原理。腰の回転が生み出す、遠心力。そして、インパクトの瞬間に全身の筋肉を連動させることで生まれる、運動量の最大化……。無駄がない。実によくできた、人体という名の機械の、最適な運用マニュアルだ)


《マスターの洞察に同意します。彼らの剣術は、長年の経験則によって最適化された、極めて合理的な運動力学の結晶です》


「そうか……。そうだよな……」


俺は、膝を打った。俺は、これまで「剣術」というものを、長年の血の滲むような鍛錬の果てにようやくたどり着ける、神聖化された「(わざ)」として捉えていた。だが、違う。これもまた、俺が探究してきた「(ことわり)」の一つなのだ。


その事実に気づいた瞬間、俺の世界は、再びその色合いを変えた。


翌日から、俺の訓練への取り組み方は、一変した。


〈アイ。俺の身体データを、もう一度、詳細にスキャンしろ。身長、体重、腕の長さ、筋繊維の密度、神経伝達速度。その全てを数値化し、俺という『個体』にとって、最も効率的な剣のフォームを、ゼロから再構築する〉


《了解しました、マスター。生体力学(バイオメカニクス)に基づいた、最適な運動モデルの構築を開始します》


俺は、もはや教官の教えを、ただ闇雲に模倣するのをやめた。アイが網膜に直接投影する、三次元の骨格モデルと、理想的な力のベクトル。俺は、それを、自らの身体で、ミリ単位の精度で再現していくことに、全神経を集中させた。


《右腕の角度が0.8度高い。インパクトの瞬間、左の広背筋の収縮が0.02秒遅れています》


アイのフィードバックが、俺の動きをリアルタイムで修正していく。それは、もはや「修行」ではなかった。人体という名の複雑な機械を、最適化していくための、精密な「調整作業」だった。


さらに、俺たちの挑戦は、それだけでは終わらなかった。


《マスター。シエルの地下で接触した古代AI『ガーディアン』とのデータリンクにより、エーテロン・スウォームの、より高度な制御理論へのアクセスが可能になりました》


アイが、新たな可能性を提示する。


〈どういうことだ?〉


《これまで、マスターの理術は、エーテロンを外部の現象として操作するものでした。ですが、ガーディアンの理論を応用すれば、体内のナノマシンを触媒とし、エーテロンを直接、自己の身体能力の強化に転用することが可能です。いわば、身体の内部に、微小なブースターを無数に搭載するようなものです》


それは、この世界の騎士たちが「闘気」や「オーラ」と呼ぶものの、科学的な再現だった。俺は、その提案に、即座に飛びついた。


俺は、訓練の合間に、瞑想を始めた。アイのナビゲートに従い、体内のナノマシンを活性化させ、周囲に満ちる魔素を、呼吸と共に、自らの身体へと取り込んでいく。そして、そのエネルギーを、特定の筋繊維へと、集中的に送り込む。


最初は、何も感じなかった。だが、数日、その訓練を繰り返すうちに、確かな変化が訪れた。木剣を握る腕が、以前よりも軽く感じる。踏み込む足が、大地をより強く掴む。そして何より、これまで見えなかった、相手の剣の、その一瞬先の軌道が、まるでスローモーションのように、はっきりと「視える」ようになっていた。


俺の急激な、そしてあまりにも異質な成長は、当然、周りの騎士たちの目に、驚きと、そして畏怖をもって映った。


「おい、見たか、今のカガヤの動き……」


「ああ。教官の突きを、紙一重で、しかも最小限の動きでかわしやがった……」


「あいつ、数週間前までは、剣もまともに振れない素人だったはずだ。一体、何者なんだ……?」


彼らの視線は、もはや侮蔑や嘲笑ではなかった。理解不能なものを見る、戸惑いと、警戒の色に変わっていた。


そして、その視線は、エリアスもまた、同じだった。


訓練場の隅で、彼は一人、木剣を握りしめ、俺の動きを、食い入るように見つめていた。彼の信じる「騎士道」とは、長年の鍛錬と、血の滲むような努力の末に、ようやくたどり着ける境地のはずだった。だが、目の前の男は、その道を、まるで嘲笑うかのように、常識外れの速度で駆け上がっていく。


彼の剣には、騎士が持つべき気迫も、闘志も、そして魂さえも感じられない。あるのは、ただ、機械のような正確さと、全てを見透かすような、冷たいほどの合理性だけ。


(あれは……。あれは、剣術ではない。何か、全く別の……)


エリアスは、自らが信じてきた世界の形が、目の前の異邦人によって、根底から覆されていくのを、ただ、呆然と見つめることしかできなかった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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