第156話:剛の剣、理の探究
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俺のローディア騎士団における「仮入隊」生活は、静寂と、そして計算された理不尽さから始まった。
俺に与えられたのは、城塞都市アイギスの中枢、騎士団本部の兵舎の一室。石造りの簡素な部屋には、硬いベッドと、小さな机が一つ。華美な装飾など一切ない、まさに兵士のための部屋だ。そして、総長ギデオンから言い渡された最初の命令は、あまりにもシンプルで、そして俺にとっては致命的なものだった。
「特務顧問殿。貴殿が我が騎士団に籍を置く間、公の場での一切の『術』の使用を禁ずる。我が騎士団が求めるのは、その小賢しい魔術ではない。鋼の肉体と、揺るぎない剣の技だ。まずは、一介の訓練兵に混じり、騎士の何たるかを、その骨身に叩き込んでもらう」
要するに、俺の最大の武器である「理術」を、完全に封じられたというわけだ。腕の触媒は外されなかったが、それを使えば即座に「命令違反」と見なされるだろう。アイギスに滞在する限り、俺はただの、剣もろくに振るえない、非力な男でしかなかった。
(……最悪だ。これでは、身動きが取れない)
訓練場の隅で、俺は重い訓練用の木剣を手に、悪態をついた。周りでは、屈強な騎士たちが、汗を飛び散らせながら、激しい打ち合いを繰り広げている。俺もその輪に加わるよう命じられたが、剣術など、まともに習ったこともない。
「カガヤ特務顧問!総長の客人であろうと訓練に手加減はできん!その剣では魔獣どころか、案山子一体斬れんぞ!」
教官らしき、鬼のように体格の良い騎士から、容赦のない怒声が飛ぶ。俺は、アイの脳内フィードバックを頼りに、見様見真似で剣を振るうが、その動きはどこかぎこちなく、様にならない。
《マスター。上腕二頭筋への負荷が35%超過。現行のフォームでは、肩関節を損傷する可能性があります。剣を振り下ろす際の最適な角度は、あと5.2度、内側です》
〈分かってるよ!けど、この身体が言うことを聞かないんだよ!〉
科学的な正解が頭で分かっていても、それを実行する肉体が伴わない。神経伝達の速度、筋繊維の収縮率、長年の癖。それら全てが、理想的な数式からの誤差を生み出していく。そのもどかしさに、俺は苛立ちを募らせた。
だが、数日が過ぎる頃には、俺にも新たな心境が生まれていた。
(……意外と面白い)
最初は苦痛でしかなかった剣の修行。だが、それは、俺の科学者としての探究心を、別の形で刺激した。剣を振るうという行為は、突き詰めれば、物理法則の集合体だ。重心の移動、遠心力、作用・反作用の法則。その全てが、一本の剣を介して、結果という名の軌跡を描き出す。
(なるほどな。剣の修行というのも、悪くない。人体の構造力学と、運動エネルギーの最適化。これは、俺の専門分野に、極めて近い)
俺は、この状況を、新たな「研究対象」と捉えることにしたのだ。ソラリスへ行くまでの、束の間の暇つぶし。そして、この世界の「武」の理を、俺の「理」で解き明かすための、絶好の機会だと。
◇
俺が、騎士団での奇妙な生活に慣れ始めた頃。この国の、もう一つの「顔」に、興味を抱くようになっていた。
『戦乙女信仰』
それは、このローディア騎士王国で、正教会と並び、あるいはそれ以上に、人々の心に深く根付いている、独自の信仰だった。
街の至る所に、そのシンボルが見られる。酒場の看板、武具に刻まれた紋様、そして、家々の玄関に飾られた、小さな翼の飾り。騎士たちは、訓練を始める前、必ず剣を垂直に立て、その剣身の平たい部分で自らの胸の鎧を軽く打ち、「戦乙女様の御名において」と、静かに祈りを捧げる。
「なあ、エリアス。その戦乙女ってのは、一体、どんな神なんだ?」
訓練の休憩中、俺は、何かと俺に突っかかってくる、あの若き騎士エリアスに、思い切って尋ねてみた。彼は、俺の問いに、一瞬だけ訝しげな顔をしたが、やがて、どこか誇らしげに語り始めた。
「……戦乙女様は、我らローディアを守護する、気高き女神だ。古の時代、この地が混沌の闇に覆われた時、天空より舞い降り、その聖なる剣で、邪悪を打ち払ったと伝えられている。我ら騎士は、その気高き精神を受け継ぎ、弱き者を守る『盾』となり、悪を断つ『剣』となることを誓うのだ。貴殿のような、その場しのぎの小賢しい術に頼る者には、到底理解できんだろうがな」
彼の言葉には、揺るぎない信仰と、俺への変わらぬ敵愾心が滲んでいた。だが、俺が興味を引かれたのは、彼の語る神話の、別の部分だった。
「天空より舞い降りた……か」
俺は、情報収集と、そして純粋な好奇心から、エリアスに案内を頼み、街の中心にある「戦乙女の神殿」へと足を運んだ。
神殿は、正教会の大聖堂のような華美さはない。だが、巨大な一枚岩をくり抜いて造られたその建物は、荘厳で、そして何者も寄せ付けないような、力強い雰囲気を放っていた。
内部の壁一面に、巨大な壁画が描かれている。それは、戦乙女の伝説を、色鮮やかな鉱石を埋め込むことで、壮大な物語として描き出したものだった。
その壁画を目にした瞬間、俺は息を呑んだ。
そこに描かれていた「戦乙女」の姿は、俺が想像していたような、神話の女神のそれとは、全く異なって いたからだ。
彼女が身に纏っているのは、ドレスやローブではない。継ぎ目のない、滑らかな曲線で構成された、白銀の「甲冑」。そのデザインは、有機的でありながら、同時に、極めて高度な工業製品であることを、雄弁に物語っていた。
そして、彼女が手にしているのは、剣や槍ではなかった。水晶のように透明な筒状の物体で、その内部では、青白い光が、脈打つように明滅している様子が描かれていた。それは、明らかに、この世界の技術体系ではありえない、「エネルギー兵器」そのものに見えた。
〈アイ。この壁画をスキャン。特に、あの甲冑と武器の構造を、詳細に記録しろ〉
《了解、マスター。……記録及び解析を開始します》
俺が、壁画に釘付けになっていると、エリアスが、少しだけ得意げに解説を始めた。
「これが、我らが女神、戦乙女様のお姿だ。その神々しい鎧は、いかなる邪悪な攻撃も弾き返し、その聖なる光の剣は、天を裂き、地を割ったと伝えられている。我ら騎士が使う剣技の型も、全ては、この戦乙女様の戦い方を、模倣したものなのだ」
彼の言葉を聞きながら、俺の脳内では、アイが冷静な分析結果を告げていた。
《マスター。壁画に描かれている甲冑の意匠、その光沢や質感の表現から推測するに、そのデザインは地球連邦の軍用パワードスーツ、特に第三世代以降の『自己修復機能付きナノスキン装甲』と多くの共通点が見られます》
《さらに、武器の構造と、内部で描かれているエネルギーの表現は、高出力のプラズマを磁場で収束させ、射出する『プラズマ・ライフル』の基本設計と酷似しています。マスター、これは……》
〈……ああ。間違いない〉
俺は、アイの言葉を、心の中で引き継いだ。
〈『星の民』の、テクノロジーだ〉
戦乙女とは、神話の女神などではない。遥か昔、この地に飛来した、「星の民」の一人。あるいは、彼らが遺した、超科学の兵器を操る、古代の戦士。
この国の信仰の根幹に、俺と同じ、星々の海から来た者たちの、確かな痕跡が残されていたのだ。
〈ソラリス……。そして、この戦乙女。この世界の謎は、全て、繋がっているのかもしれないな〉
俺は、壁画の中で、静かに、しかし力強く佇む戦乙女の姿を見上げながら、邪神教との争いは、この星が抱える巨大な謎の、ほんの表層に過ぎないのかもしれないと悟った。彼らが神と崇める存在の正体。そして、この世界の成り立ちそのもの。ソラリスへと続くこの道は、忘れられた『理』を求める、俺の本当の探究の旅の始まりを告げていた。
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