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第15話:結晶の守護者

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

盆地の底は、外の世界とは完全に隔絶された、静寂に満ちた空間だった。濃厚な魔素の霧が、俺の体を優しく包み込む。それは、まるで羊水の中にいるかのような、奇妙な安らぎと、同時に、肌がピリピリと痺れるような、圧倒的なプレッシャーを俺に与えていた。


そして、俺の目の前に、霧の中から、ゆっくりとその全貌を現す。


大地から突き出すようにして存在する、見上げるほど巨大な魔素結晶。その表面は、磨かれた水晶のように滑らかで、内側から、まるで巨大な心臓のように、力強い青白い光をゆっくりと脈動させていた。その光は、周囲の魔素の霧に乱反射し、この盆地全体を、幻想的な光で満たしている。


《マスター、極めて高純度、かつ安定した魔素エネルギーを検知。これほどの結晶体は、非定型。私のデータベースにも存在しません。未知の物質です。》


アイの冷静な報告が、脳内に響く。だが、俺の目は、結晶そのものよりも、その根元に佇む、苔むした石垣に釘付けになっていた。


風化し、所々が崩れかけてはいるが、それは、明らかに人の手で、意図を持って積まれたものだった。自然にできたものではない。誰かが、この巨大な結晶を守るかのように、あるいは、封じるかのように、この石垣を築いたのだ。


俺は、この場所が単なる天然の産物ではなく、何者かの手が入った場所なのは間違いないだろう。この巨大な結晶と石垣……。もしかしたら、何らかの目的を持って造られた、巨大な装置、あるいは施設の一部……。


「……アイ。周囲に、他の生命反応は?」


《ありません。この盆地内は、魔素濃度が高すぎるためか、いかなる生物の活動も確認できません。》


静寂が、耳に痛い。俺は、ゆっくりと、石垣へと近づいていった。一歩、また一歩と、足を進めるたびに、結晶が放つプレッシャーが強くなっていく。まるで、不可視の壁が、俺の行く手を阻んでいるかのようだ。


石垣まで、あと数メートル。俺は、ついに目的であった「高純度の魔素結晶」を目の前にし、背負っていたバックパックから、マルチツールを取り出した。この結晶のサンプルさえ手に入れれば、新しいアルカディア号の心臓部、『量子エンタングルメント・コア』を再構築できる。俺たちの未来を、切り開くことができる。


俺が、マルチツールのカッターアームを展開し、結晶の表面に当てようとした、まさにその瞬間だった。


ゴゴゴゴゴゴゴ……!


大地が、鳴動した。足元が激しく揺れ、立っていることさえままならない。


《マスター、危険です。地下から、巨大なエネルギー反応が急速に上昇しています。》


アイの絶叫。見ると、俺が立っている黒石の広場、そして、あの苔むした石垣が、轟音と共に動き出していた。石垣の石が、一つ、また一つと宙に浮き、周囲の岩石と共に、広場の中央へと集まっていく。

まるで、意志を持ったかのように。


岩石は、互いに引き寄せられ、融合し、一つの巨大な人型を形成していく。腕が生まれ、脚が生え、そして、巨大な頭部が形作られる。その全身は、俺が今、目の前にしている巨大結晶と同じ、青白い光を放つ魔素の結晶で覆われていた。


数秒後、俺の目の前に立っていたのは、身の丈10メートルはあろうかという、古代のゴーレムのような、巨大な魔獣だった。それは、さながらこの結晶を守る「守護者」だった。


守護者は、その巨大な頭部をゆっくりと動かし、俺を捉えた。その顔には、目も鼻も口もない。だが、その中心で、燃えるような赤い光が、明確な敵意を持って、俺を睨みつけていた。


《マスター、直ちに戦闘態勢に。対象の戦闘能力は、予測不能です。》


俺は、即座にその場から飛び退き、守護者との距離を取った。心臓が、警鐘のように激しく鳴り響いている。だが、不思議と、恐怖はなかった。むしろ、この絶体絶命の状況に、全身の血が沸騰するような、興奮さえ覚えていた。


「面白いじゃないか。この結晶の番人が、どれほどのものか、試してやる!」


俺は、右腕の触媒ブレスレットに意識を集中させる。守護者との、死闘の幕が上がった。

先手を取ったのは、守護者だった。その巨大な腕が、唸りを上げて振り下ろされる。俺は、それをバックステップで回避。岩の拳が、俺が先ほどまでいた場所の地面を叩き割り、轟音と共に、クレーターを作り出した。


「アイ、奴の動きを分析しろ! 弱点はどこだ!」


《分析中です。対象は、全身が高密度の魔素結晶で構成されており、物理的な弱点は見当たりません。》


ならば、こちらも最大の火力で応じるまで。


「斥力キャノン!」


俺は、最大出力の斥力フィールドを、黒い球体として撃ち出した。空間が歪むほどの衝撃波が、守護者の胴体に直撃する。だが、守護者は、その巨体を僅かに揺らがせただけで、一歩も引かなかった。すると、分厚い結晶の装甲が、斥力キャノンの威力を、完全に吸収してしまった。


「嘘だろ……」


俺の驚愕を意に介さず、守護者は、次なる攻撃に移っていた。顔の中心の赤い光が、輝きを増す。


《マスター、高エネルギー反応です。回避してください。》


次の瞬間、守護者の顔から、灼熱の光線――高密度の魔素ビームが、俺めがけて放たれた。俺は、咄嗟に横へ飛び、それを回避する。ビームは、俺の背後にあった崖に直撃し、岩を溶かしながら、巨大な穴を穿った。


物理攻撃だけではない。遠距離攻撃まで持っているのか。俺は、これまでに培った全ての力――音速撃(ソニック・ブロウ)、斥力ブレード、そして結界を駆使し、総力戦を挑んだ。アイのリアルタイム分析と、俺の戦闘経験が融合し、ギリギリの攻防が続く。


音速撃(ソニック・ブロウ)で関節部を狙い、動きを鈍らせようとする。不可視の弾丸が、守護者の肩を砕き、結晶の破片を飛び散らせた。


だが、破壊された箇所から、青白い魔素の光が触手のように伸び、周囲の地面に転がる岩石を絡め取る。岩石は、まるで強力な磁石に引き寄せられる砂鉄のように、轟音と共に守護者の傷口へと吸い寄せられていく。そして、高熱で融解したかのように赤熱し、瞬く間に元の結晶装甲へと再構築されていくのだ。


「冗談じゃないぞ……!壊した側から再生するのか!」


斥力ブレードで装甲を切り裂こうとしても、その刃は、分厚い結晶の前では、傷一つ付けることができない。


俺は、守護者の猛攻を、結界で受け止めながら、必死で活路を探していた。再生能力。あれを止めない限り、勝ち目はない。


《マスター。対象の再生プロセスを詳細に分析しました。再生は、体内に分散配置された、複数の小型制御ノードが、周囲の魔素と物質を収集・再構成しています。》


アイの分析が、俺に一つの可能性を示した。


「つまり、弱点は一つじゃない。全身に散らばっている、ということか?」


《はい。そして、それらのノードは、通常は分厚い結晶装甲の深部に隠されています。ですが、再生のために外部の物質を取り込む、その一瞬だけ、ごくわずかな時間ですが、エネルギーフィールドが薄くなるはずです。》


弱点は、部位ではなく、「タイミング」。俺は、守護者の攻撃の合間を縫って、その全身を凝視する。確かに、再生する瞬間、傷口の周辺にある複数の箇所が、微かに、しかし確実に輝きを増している。あれが、制御ノードだ。


だが、どうやって、あの無数のノードを、再生の一瞬という、コンマ数秒の間に破壊する?

「……そうだ。発想を変えろ。一つずつ壊せないなら、全部同時に壊させればいい」


俺は、一つの、あまりにも無謀な作戦を思いついた。


「アイ、俺の全魔素を、一本の『槍』に込める。それを、音速撃(ソニック・ブロウ)で、コアめがけて撃ち込む。やれるか?」


《……マスター、それは、あまりにも危険すぎます。斥力スピアを、音速で? そんなことをすれば、魔素反動(マナ・リコイル)で、マスターの右腕は……。》


「腕の一本くらい、くれてやる! これしか、勝つ方法は無い!」


俺は、アイの制止を振り切った。守護者が、再び、魔素ビームを放つ体勢に入る。今しかない。

俺は、残された全ての力を、右腕の触媒ブレスレットに注ぎ込んだ。ブレスレットが、悲鳴のようなきしみ音を上げる。


「形成しろ、俺の最強の一撃! 『刺突槍(ラグナスピア)』!」


俺の腕の先に、これまでにないほど高密度で、そして鋭利な、青白い光の槍が形成される。そして、それを、エネルギーの銃身が包み込み、音速へと加速させる。


守護者のビームと、俺の槍が、同時に放たれた。


灼熱の光と、青白い閃光が、盆地の中央で激突する。凄まじいエネルギーの衝突が、空間を歪ませ、爆風が、俺の体を吹き飛ばした。


「ぐ、あああああっ!」


右腕に、骨が砕けるかのような、激痛が走る。だが、俺は、朦朧とする意識の中、確かに、その光景を見ていた。


俺の槍が、守護者のビームをこじ開け、その胸の中心を、正確に貫くのを。


中心のコアらしきものを破壊された守護者は、その動きを止め、全身の結晶の輝きが、急速に失われていく。そして、大きな音を立てて崩れ落ち、元の、ただの岩石へと戻っていった。


静寂が、再び盆地を支配した。


俺は、満身創痍になりながらも、ゆっくりと立ち上がった。そして、砕け散った守護者の残骸を乗り越え、巨大な魔素結晶の前へと、歩みを進める。


ついに、たどり着いた。


俺は、震える左手で、マルチツールを構え、この旅の目的であった「高純度の魔素結晶」のサンプルを、一片、切り出した。


拳大(こぶしだい)のそれは、俺の手の中で、まるで新しい星のように、力強く、そして美しく輝いていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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