第135話ミライの船出
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シエルの危機が去り、街に新しい秩序が生まれた、あの日から数週間が過ぎた。俺たちが死闘を繰り広げた地下遺跡の存在は、五大ギルドと鉄血傭兵団の協力により、巧みに情報統制され、シエルの民衆が知ることはない。彼らにとって、あの日の出来事は、「異邦人カガヤが、謎の疫病から街を救った奇跡」として、語り継がれていくのだろう。
その日の午後、俺は、工房の全メンバーを、改装されたばかりの広い会議室に集めていた。ギド率いる忘れられた民たち、リコとレオに率いられた孤児たち、そして、俺の隣には、最高のパートナーであるセツナが、静かに立っている。
俺は、彼らの顔を一人一人見回し、そして、高らかに宣言した。
「本日、この日をもって、我が『カガヤ工房』は、新たに『交易商会ミライ』として、正式に発足する!」
わっ、と、大きな歓声が上がる。
「工房という小さな枠組みを超え、このシエルの、ひいては大陸全体の未来に貢献する、新しい形の商会だ。そして、その新たな船出にあたり、新人事を発表する!」
俺は、そこで一度、言葉を切った。皆が、固唾をのんで、俺の次の言葉を待っている。
「まず、製造部門の最高責任者には、ギドを任命する。彼の卓越したリーダーシップと、忘れられた民の皆さんの実直な仕事ぶりは、我が商会の礎だ!」
「はっ!」
ギドが、その屈強な体を折り曲げ、深く、頭を下げた。その顔には、誇りと、そして、一族の未来を背負う男の、重い責任感が浮かんでいた。
「次に、販売・広報部門の責任者には、リコを任命する。そして、レオ、君は、彼女の右腕として、現場を支えてくれ。君たちの持つ情報網と、スラムで培ったしたたかさは、誰にも真似できない、最高の武器だ!」
「ま、任せとけってんだ!」
リコは、胸を張り、得意げに鼻を鳴らした。その隣で、レオが、照れくさそうに、しかし力強く頷く。
そして、俺は、隣に立つセツナに向き直った。
「最後に、『交易商会ミライ』の経営戦略、及び、危機管理部門を統括する、最高執行責任者には、セツナを任命する」
その瞬間、セツナの肩が、微かに震えた。彼女は、驚いたように俺の顔を見つめる。
「カガヤ様、しかし、私には、そのような大役は……」
「君には、その資格も、才能もある。俺が保証する」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「君の冷静な分析力と、誰よりも仲間を思う心が、この商会の羅針盤となる。……これは、命令だ、セツナ」
俺の言葉に、彼女は、一度、唇をきつく結び、やがて、その瞳に、強い決意の光を宿した。
「……その御名、謹んで、お受けいたします」
彼女が、深く、頭を下げたその姿は、もはや「影」ではない。巨大な商会の未来を担う、若き経営者の、威厳に満ちていた。
◇
その夜、俺は、一人、執務室で、王都へ送る手紙を、二通、したためていた。
一通は、第二王子ゼノンへ。商会の設立と、ギルドとの提携を報告し、俺がシエルにおける、彼の新たな「力」となりうることを、暗に伝える。そして、セツナについては、「彼女は、自らの意志で、新たな任務を見つけました。王家の影としてではなく、一人の人間として。どうか、彼女の新たな門出を、祝福してやってはいただけませんか」と、一人の友人として、正直な気持ちを書き記した。
もう一通は、聖女セレスティアへ。彼女の神託への感謝と、シエルの危機が去ったことの報告。そして、このシエルで得た足場を元に、いつか必ず『世界の真実』を解き明かすという、俺自身の変わらぬ決意を、言葉を慎重に選びながら綴った。
「これで、ようやく、俺も、次のステップへ進める、か」
手紙を書き終えた俺は、仲間たちが待つ、祝宴の席へと戻った。そして、俺は、彼らの、喜びと期待に満ちた顔を見回し、力強く宣言した。
「みんな、聞いてくれ! これまでは助走に過ぎない。ここから、俺たちの本気の『商売』を始めるぞ!」
俺の言葉に、それまでの喧騒が、嘘のように静まり返った。
「俺は決めた。この『交易商会ミライ』を、この大陸の誰もが無視できない、巨大な力に育て上げる。経済力、情報力、そして影響力。それら全てを手に入れ、俺たちの『家』を、誰にも脅かされない、本当の『城』にするんだ。それが、俺の、商会長としての最初の仕事だ! みんな、ついてきてくれるか!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
ギドが、リコが、レオが、そしてセツナが、それぞれの瞳に決意の光を宿して応える。工房は、これまでにない一体感と、未来への熱気に満ちていた。
祝宴の熱気が、夜更けまで工房を温かく包み込んでいる。俺は、その喧騒から少しだけ離れ、工房の屋根の上から、シエルの夜景を見下ろしていた。眼下には、仲間たちの尽力で手に入れた、俺たちの「城」。そして、その向こうには、無数の灯りがまたたく、混沌と可能性に満ちた巨大な市場が広がっている。
宇宙商人として、数多の星を渡り歩いてきた。だが、これほどまでに心が満たされ、そして、守りたいと思える「居場所」を手に入れたのは、初めてだったかもしれない。
まだ、世界の謎は何一つ解けてはいない。邪神教「炎の紋章」の影も、王都で俺を断罪しようとする者たちの思惑も、依然として燻り続けている。ソラリスへの道も、今はまだ遠い。
だが、不思議と、焦りはなかった。隣には、最高のパートナーがいる。下を見れば、俺を信じ、慕ってくれる、かけがえのない仲間たちがいる。
商人カガヤの本当の戦いは、ここから始まる。このシエルという名の、巨大で、刺激的な市場で、俺は、俺たちの未来を、この手で掴み取ってみせる。俺は、静かに、しかし力強く、そう誓った。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
これで、第6章完結です。
幕間を挟み、第7章へと続きます。
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。
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