表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/266

第133話:星の理、人の絆

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

『――汝という存在の『理』そのものが問われる、究極の認証だ。――汝は、その資格を持つか?』


古代のAI「ガーディアン」からの問いかけが、俺の脳内に、そしてこの巨大な地下聖域の静寂に、重く響き渡った。資格。その一言に、この星の数十万年の歴史と、俺という異邦人の運命が、凝縮されているようだった。


その時、俺の意識を、地上の絶望が貫いた。


《マスター。緊急警報。地上防衛ラインの耐久度が15%を割り込みました。ダガン隊長の部隊に、多数の負傷者。推定維持可能時間は、もはや計測不能です》


アイの悲痛な報告が、俺の思考を灼く。セツナ、ギド、レオ、そしてリコ。命を削り、俺のために時間を稼いでくれている仲間たちの顔が、脳裏をよぎる。


《同時に、恒星炉の炉心温度が、第一臨界点を突破。周辺空間のエーテロン・スウォームが、連鎖的に崩壊を始めています! このままでは、シエル全域の生態系が、不可逆的な汚染に……》


時間は、ない。


「やるしかないだろう……!」


俺は、『恒星炉』の制御システムの設計図を睨みつけた。


「ガーディアン! 『論理錠』の構造を開示しろ! アイ、お前は、俺の思考と『ガーディアン』のデータを完全に同期させろ! 全ての演算リソースを、この一点に集中させるんだ!」


『――了解した、来訪者よ。我が父が遺した、最後の叡智を、汝に託そう』


「ガーディアン」の言葉と共に、俺の意識は、情報の奔流に飲み込まれた。それは、パスワードのような、単純なコードではない。『論理錠』とは、この宇宙の物理法則――重力、電磁気力、そして、この星特有の魔素エーテロンの量子力学的な振る舞いを記述した、超複雑な多次元方程式そのものだった。


「これが……この世界の『理』の、設計図……!」


だが、その方程式は、不完全だった。いくつかの重要な項が、欠落している。「ガーディアン」は、その方程式という「問い」は理解できる。だが、それを解くための「創造的思考」、すなわち「ひらめき」が、AIとしてのプログラムによって、固くロックされていた。


しかし、俺は、その欠落した数式を見て、息を呑んだ。それは、俺がいた宇宙の物理学者が、理論上存在すると予測しながらも、誰一人として証明には至らなかった、「万物の理論」の、失われたピースに酷似していたのだ。


「そうか……! この世界の『魔法』は、俺たちの世界の『物理学』と、表裏一体だったんだ!」


俺は、「ガーディアン」が提示するこの世界の理(魔法の法則)を、自らの科学知識(物理学の法則)で「翻訳」し、方程式の欠けた部分を、猛烈な勢いで埋めていく。


「ガーディアン」が「問い」を提示し、俺が「解法」を考案し、アイが、その解法を超膨大な「論理データ」へと変換する。三つの異なる知性が、一つの奇跡を起こすために、完全に融合した。


だが、それでも、最後のピースが、どうしても埋まらない。


『……駄目だ。このままでは、間に合わぬ』「ガーディアン」の思考に、初めて、焦りのような感情が混じる。『方程式が、完成しない。創造主の、最終的な思考ロジックが、どうしても……』


「くそっ、何が足りないんだ……!」


《マスター。炉心、第二臨界点に到達。炉心崩壊まで、残り90刹》


絶望的なカウントダウンが、脳内に響く。俺は、最後の手段に打って出た。


「アイ! 俺の意識を、カタリストを介して、『恒星炉』の炉心と、直接リンクさせろ!」


《危険です、マスター。未知の古代システムとの直接精神リンクは、マスターの自我を崩壊させる可能性があります》


「やるしかないんだ! 俺が、直接、星の民の思考を読み解く!」


俺が腕の触媒に意識を集中させると、俺の視界は、真っ白な光に包まれた。肉体の感覚が消え、俺の「意識」は、光の奔流の中へと、引きずり込まれていく。


無数のデータが川のように流れ、論理回路が森のようにそびえ立つ、異様で、しかし、息を呑むほどに美しい、電子の仮想空間。――古代AI「ガーディアン」の、精神世界。そして、そのさらに奥にある、『恒星炉』の、記憶の聖域。


俺は、そこで、創造主の「思考」を、追体験した。


彼は、この星の猿系獣人(人類)に、知性を与え、正しい道へと導きたかった。その純粋な「期待」。だが、同時に、彼らが力を持ちすぎることを、心のどこかで、恐れてもいた。その、拭い去れない「恐怖」。


期待と恐怖。愛と支配。その、あまりにも人間的な「矛盾」。それこそが、この完璧に見えた制御システムに、致命的なバグとして、残されていたのだ。


「そうか……。これが、答えか……」


だが、その答えにたどり着いた瞬間、星の民の、数十万年分の、あまりにも膨大で、あまりにも異質な思考の奔流が、俺の自我を飲み込もうと、襲いかかってきた。


俺の意識が、希薄になっていく。俺は誰だ? ここはどこだ? 何のために、ここにいる……?


精神が、情報の海に溶け、消滅しかけた、その時。暗闇の向こうから、一つの、強い光が、俺を照らした。


セツナの、真摯な瞳。リコの、勝ち気な笑顔。ギドの、無骨な優しさ。王都で俺の無事を祈るセレスティアの横顔、そして、共に茨の道を歩んだクゼルファの不用な優しさ。


彼らとの「絆」。それは、宇宙の真理を教えてくれるような、大それた力ではない。だが、それは、この情報の奔流の中で、俺が俺であるための、絶対的な「座標軸アンカー」となった。


「そうだ……俺は、カガヤ・コウだ。商人だ。……あいつらを、俺の仲間たちを、守るために、ここにいる!」


意識が、急速に覚醒する。俺は、創造主の思考の海の中から、確かな「解」を、掴み取っていた。


「アイ! ガーディアン! 聞いてくれ! 『論理錠』の最後のピースは、数式じゃない! 『問い』そのものだ!」


俺は、精神世界の中で、絶叫した。


「創造主の矛盾! 『汝らは、我々の子供か? それとも、我々の罪か?』という、創造主自身の問いかけ! そのパラドックスを、そのまま、炉心にぶつけるんだ!」


《……理解しました、マスター! それこそが、このロジカル・スタンピードを止める、唯一の解》


アイが、俺の概念を、超高速で論理データへと変換する。俺は、最後の力を振り絞り、その「問い」を、思考の光線として、『恒星炉』の炉心へと、照射した。


――ドクン。


一瞬の静寂。暴走していた黒い太陽が、その禍々しい脈動を、ピタリ、と止めた。赤い警告灯が、次々と緑の安定表示へと変わっていく。炉は、自己修復シーケンスへと移行し、穏やかな、青白い光を放つ、本来の姿を取り戻し始めた。


地下水脈への、汚染物質の供給が、完全に、停止した。


地上の工房前では、まさに暴徒が鉄血傭兵団の最後の壁を突破しようとしていた。その瞬間、街全体を覆っていた、あの息が詰まるような禍々しい魔素の圧力が、ふっ、と霧が晴れるように消え去った。 人々を苛んでいた、焼けるような渇きと体の芯から蝕むような熱が、すうっと潮が引くように和らいでいく。あの耐え難い苦痛の棘が、確かにその鋭さを失っていた。


「……あれ? 体が……?」


「喉の痛みが……、楽になった……?」


人々は、自らの体の変化に戸惑い、天を仰ぐ。空を覆っていた不吉な魔素の雲が、差し込み始めた朝の光を浴びて、ゆっくりと、霧散していく。


その光景に、誰もが、武器を落とし、ただ、呆然と立ち尽くしていた。


地下深く。俺は、全てのエネルギーを使い果たし、その場に、崩れ落ちた。朦朧とする意識の中、俺は、「ガーディアン」からの、最後のメッセージを受け取っていた。


『――汝は、資格を持つ者であった。礼を言う。…これは、我が父が、次なる来訪者のために遺した、最後の道標だ』


俺の網膜に、一つの「星図」と、古代文字で記された「ソラリス」という地名が、強く、焼き付けられた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

感想やレビューも、心からお待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ