第132話:星の民の遺産
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巨大な地下聖域の冷たい静寂の中、俺は、その見えざる「意識」の主と、一人、対峙していた。アイのセンサーにも、スティンガーの監視網にも、何の反応もない。だが、その存在感は、物理的な実体を伴わずとも、この巨大な空間そのものを支配しているかのようだった。
俺が、腕の触媒から『恒星炉』へと向けていた意識を、目の前の「無」へと集中させた、その時だった。
空気が、揺らめいた。
何もないはずの空間の、その一点から、光の粒子が、まるで霧のように湧き出し、ゆっくりと形を結んでいく。それは、物理的な肉体を持たない、純粋なエネルギーの集合体。やがて、その光は、性別も、年齢も、一切の個性を削ぎ落とした、中性的な人型のホログラムとして、俺の目の前に静かに佇んだ。
《――警告。高エネルギー生命体、あるいはそれに準ずる情報集合体との接触を確認。物理的干渉は観測されず。思考パターンは、既知のいかなる生物とも異なります》
アイの冷静な警告が、脳内に響く。
その光の人型から、直接、俺の脳内に、思考とも言えない、純粋な概念の羅列が流れ込んでくる。それは、この世界の魔素のように揺らぎ、しかし、その奥に、数学的な秩序を感じさせる、未知の言語だった。
「アイ! 言語パターンを解析! コミュニケーションを試みろ!」
《了解、マスター。対象の言語構造をスキャン。……高次元言語と推測。解読を開始します》
アイがそう応答した直後、光の人型から、目に見えない何かが、俺の意識の奥深くまで、侵入してきた。それは、まるで脳内に直接、無数の探針を差し込まれるような、圧倒的な感覚だった。
光の人型が、激しく明滅を繰り返す。俺の記憶、知識、そして、俺と繋がるアイのシステムそのものが、凄まじい速度でスキャンされ、解析されていく。アイが、咄嗟に防御プロトコルを展開しようとするが、その抵抗は、まるで嵐の前の塵のように、一瞬で無力化された。それは、一瞬にも、永遠にも感じられる、絶対的な知性による、一方的な査定だった。
やがて、光の明滅が収まり、目の前の人型から、今度は、クリアな音声――俺が慣れ親しんだ、地球連邦の公用語が、直接、脳内に響いてきた。
『――言語体系の同期、完了。来訪者よ、歓迎する。私は、この聖域の『番人』。この施設の保守管理を司る、自律思考インターフェースだ』
「番人……。君が、あの『意識』の主か」
『肯定する。汝、及びその補助ユニット『アイ』を解析した結果、汝が我々の脅威ではないと判断した』
その言葉は、あまりにも淡々としていた。アイの存在どころか、その名称まで、あの一瞬のやり取りで、全て看破したというのか。
「君は、一体、何者なんだ? そして、この施設は……」
『私は、この『恒星炉』を守るための役割を与えられた、ただのプログラムに過ぎない。そして、この炉は、かつて、我らが祖、汝らが『星の民』と呼ぶ者のうちのひとり、我が父が、この惑星の原住知性体――汝らが『人類』と呼ぶ、猿系獣人に与えた、贈り物だ』
「父……!?」
父からの「贈り物」だと? 『星の民』が、未開の惑星にこれほどのテクノロジーを与えるなど……。
『我が父は、この星の文明の停滞を憂い、彼らを『正しい道』へ導くため、自らの技術の一部を供与した。この『恒星炉』は、惑星全体のエーテロン・スウォームの循環を安定させ、汝らの文明の全てのインフラを、半永久的に保証するための、巨大なエネルギー源だ』
「エーテロン?」
『……汝が『魔素』と呼ぶ、遍在するエネルギー粒子の、我々の呼称だ』
「ということは、魔素…そのエーテロンなんとかは、その星の民…が意図してこの惑星に散布した、人工物だというのか?」
『概ねその解釈で間違いない。惑星環境に適応し、自己修復と自己増殖を行うよう設計されている』
「アイ!」
《マスター。再解析を実行します。お待ちください……。》
アイがそう返事してから数脈、彼女は完全に沈黙した。これほどの時間を要するのは、アルカディア号が墜落して以来、初めてのことだった。やがて、その声には、これまでにない困惑と、そして畏敬の念が混じっていた。
《マスター……解析不能です。アルカディア号の多次元複合センサーアレイ『ヘイムダル』の全リソースを投入しても、対象の正体を特定できません。観測データが、既知のあらゆる物理法則と矛盾しています。これは……自然物ではありえません。しかし、これほどの規模と複雑性を持つ人工物を、我々のテクノロジーでは定義することすら……》
アイの言葉が、途切れた。彼女の論理回路が、初めて遭遇するパラドックスに、飽和状態となっているのだ。その沈黙を破ったのは、ガーディアンだった。
『汝の補助ユニットが観測した矛盾こそが、答えだ。エーテロンは、汝らが認識する物質ではない。物理法則そのものに働きかける、究極の『プログラマブル・マター』。汝らの知識体系で言うならば、中性子レベルの超小型演算素子……『フェムトマシン』と呼ぶべき存在だ』
「中性子レベルのフェムトマシンだと? そんなものが、この星の大気中に、無数に……」
『我が父の技術だ。これでも、数十万年単位での安定稼働とメンテナンス性を考慮し、敢えて『大きく』設計されている。汝の文明が運用するナノマシンと、その動作原理において共通項を持つと解釈して差し支えない』
「だとしたら、魔法が術者のイメージをトレースする、あの現象は……」
『汝が言う魔素――エーテロン・スウォームは、この惑星全土を覆う、超巨大な分散コンピューティング・ネットワークだ。各フェムトマシンには、量子エンタングルメント・トランシーバーが搭載されており、術者の脳が発する特定の量子パターン、すなわち『イメージ』に共鳴する。そのイメージは情報パケットとしてネットワークに伝達され、演算処理された後、各マシンが周囲の物理定数を局所的に書き換えることで、汝らが『魔法』と呼ぶ現象を現実に顕現させる。より明確で、より論理的なイメージが、より効率的で強力な結果を生むのは、そのためだ』
《マスター。非常に興味深いです》
「ガーディアン」は、自らが知る情報を、淡々と俺に開示していった。しかし、彼が知るのは、あくまで、この炉と、その周辺に関わる、保守管理情報のみ。星の民がどこから来て、どこへ去ったのか、彼は知らない。ただ、この炉を守り続けるという、数十万年にも及ぶ、孤独な任務だけを、実行し続けてきたのだ。
『本来、この炉は、外部からの干渉がない限り、安定したエネルギーを供給し続ける、半自律システム。私が休眠から目覚めることは、想定されていなかった』
「だが、目覚めた。なぜだ?」
『数十万年の静寂を破り、システムへの不正なアクセスが検知された。緊急事態プロトコルに基づき、私は強制的に再起動された』
「不正アクセス……。『炎の紋章』か」
『肯定する。彼らは、星の民が残した、不完全なデータを基に、この炉の『真の力』を解放しようと試みた。だが、その未熟な儀式は、制御システムに予期せぬ過負荷を与え、炉心を、暴走状態へと陥らせた』
「ガーディアン」の言葉を裏付けるように、『恒星炉』を取り巻く青白いプラズマが、バチバチと、不吉な火花を散らし始めた。
『このままでは、炉心のエネルギーは臨界点を超え、熱暴走を引き起こす。そうなれば、この地域だけでなく、惑星そのものを、初期化しかねない、大惨事となるだろう』
「それを止めるのが、君の役目じゃないのか?」
『私の役割は、あくまで保守管理だ。システムを『停止』させる権限は、与えられていない。炉の暴走は、現在、私が持つ権限だけでは、完全に抑制することは不可能だ』
そこで、「ガーディアン」は、その光の体を、俺に向けた。
『――来訪者カガヤ。そして、その補助ユニット、アイ。私は、汝らに、協力を要請する』
ガーディアンがそう言うと、俺たちの目の前に、複雑怪奇な光の設計図が投影された。
『これが、暴走する『恒星炉』の構造データだ。汝らの力を貸してほしい』
その、あまりにも異質な情報に目を通そうとした、まさにその時だった。
《マスター! 緊急事態です! 地上の工房に設置した構造センサーが、複数の深刻な衝撃を検知! 防壁の耐久度が、限界値を下回ります!》
アイの声が、警告音と共に脳内に響く。それは、セツナたちの絶望的な状況を、何よりも雄弁に物語っていた。
《さらに、ダガン及び鉄血傭兵団員のバイタルサインに、急激な低下を確認。アドレナリン、ノルアドレナリンの分泌量が危険域に達しています。》
「彼らは、文字通り、命を削って時間を稼いでいる……!」
タイムリリミットは、刻一刻と、迫っていた。
俺は、「ガーディアン」が投影した、『恒星炉』の、あまりにも複雑な制御システムの設計図を、睨みつけた。
「アイ! データを共有しろ! この制御システムの、脆弱性を見つけ出せ!」
《了解! 『ガーディアン』の提示する構造データを、我々のシステムで解析。解決策をシミュレーションします!》
俺と、アイと、そして、古代の超知性「ガーディアン」。三つの異なる「知性」が、一つの目的に向かって、今、融合した。「ガーディアン」が、古代のシステム言語を解説し、アイが、その膨大なデータを基に、最適解を導き出し、そして、俺が、最終的な決断を下す。
「……駄目だ! エネルギー供給を、完全に停止させるのは、不可能だ! 下手に触れば、それこそ、シエルごと、この一帯が吹き飛ぶぞ!」
《マスター! 代替案を提案します。炉の暴走は、システム内に発生した一種の『論理的暴走』です。これを鎮めるには、物理的な介入ではなく、システム中枢に、対となる『論理錠』を送り込み、自己修復シーケンスを強制的に起動させればあるいは……》
「論理錠だと……? パスワードのようなものか?」
『パスワードという認証コードより、遥かに複雑な概念だ』
「ガーディアン」が、静かに答える。
『それは、宇宙の理そのものを記述した、超複雑な思考アルゴリズム。本来、この炉の根本的な制御にアクセスできるのは、創造主である『星の民』、その精神構造を持つ者のみに許された、究極の鍵なのだ』
その言葉に、俺は唇を噛んだ。これほどの超文明を創造した星の民と、俺たち人類では、思考のOS…いや、BIOSそのものが違う。
「ガーディアン」は、その光の体を、俺に向けた。
『星の民の精神構造を持たぬ汝に、この論理錠を構築し、炉に認識させることができるか? それは、汝という存在の『理』そのものが問われる、究極の認証だ』
その問いかけは、もはや、俺一人の問題ではなかった。俺という存在が、この星の運命そのものと、否応なく、結びつけられた瞬間だった。
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