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第131話:連合戦線

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

夜が明け、シエルの空が白み始めても、工房を取り巻く熱狂の渦は、その勢いを増すばかりだった。俺の宣言を受け、工房の仲間たちは、夜明けと共に、それぞれの戦場へと動き出していた。これは、この街を救い、俺たちの無実を証明するための、工房の総力を挙げた、最初の「連合戦線」だった。


地上戦線:鉄血傭兵団


工房の門前では、鉄血傭兵団が、まさに「鉄の壁」となって、暴徒の波を押しとどめていた。


「一歩も引くな! 俺たちの仕事は、カガヤ工房の全員を、傷一つなく守り抜くことだ! 団長との契約を、命に代えても果たせ!」


補給担当官であったはずのダガンが、今は前線の指揮官として、獅子奮迅の檄を飛ばしている。彼は、市民に致命傷を与えぬよう、盾と棍棒だけを巧みに使い、暴徒の勢いを殺し、時間を稼いでいた。


その統率された動きは、さすがシエル最強と謳われるだけのことはある。だが、相手は、恐怖と憎悪に駆られた、数千の民衆だ。その壁が、いつまで持つか、誰にも分からなかった。


情報戦線:スラムの孤児たち


シエルの裏路地を、レオが風のように駆け抜けていた。病に伏しているリコからリーダーの任を引き継いだ彼の顔には、もはや子供の甘さはない。


「西地区の暴徒、錬金術ギルドの息のかかったチンピラが扇動してる!」

「南地区に、黒いローブの連中が集まってるって噂だ!」

「衛兵の一部が、見て見ぬふりをしてる!」


スラムの孤児たちが張り巡らせた情報網は、街の隅々の情報を、リアルタイムでレオの元へと集約させていた。彼は、その情報を整理し、工房で作戦を練る俺の元へ、あるいは工房を守る鉄血傭兵団の元へと、次々と伝令を飛ばす。彼らの集める断片的な情報が、この混沌とした戦場で、俺たちの目となり、耳となっていた。


探索戦線:忘れられた民


工房の薄暗い書庫では、ギドが、羊皮紙に描かれた古い地図と、彼らの一族に伝わる古文書を、食い入るように見比べていた。


「……あったぞ。ここだ」


彼が指し示したのは、シエルの地下に広がる、古代の水道網の、さらに深部。忘れられた民の伝承にのみ記された、古代人が築いたとされる「神殿」への入り口だった。


「カガヤ様。伝承によれば、この神殿は、星の運行を司るための施設だった、と。そして、その動力源として、決して消えることのない『太陽の欠片』が、祀られていた、と……」


「黒い太陽……。間違いない、そこが汚染源だ」


俺は、ギドが指し示した古文書の地点をアイに認識させ、ナビゲーションシステムに目的地として設定させた。


〈アイ、ここまでの最短ルートを割り出せ〉


これで、目的地までのルートは確保された。


全ての準備は、整った。


俺は、セツナと、そして、仲間たちの前に立つ。


「俺が行く。必ず、この街を救ってみせる。だが、俺が地下にいる間、地上のことは、君たちに任せるしかない」


俺は、セツナの肩に、そっと手を置いた。


「工房と、リコたちを、頼んだぞ、セツナ」


「……御意に。カガヤ様こそ、ご武運を」


彼女は、俺の目から、決して視線を逸らさなかった。その瞳には、不安よりも、俺への絶対的な信頼が宿っている。


俺は、ギドが示してくれた、工房の地下倉庫の床下に隠された、古いマンホールから、一人、シエルの地下世界へと、その身を投じた。



シエルの地下は、迷宮だった。入り組んだ水路、崩れかけた通路、そして、時折姿を現す、この世界の様式とは明らかに異なる、古代の建造物の残骸。


「アイ。スティンガーによる、前方ルートのスキャニングを継続。生命反応、及び、構造的にもろい箇所を、リアルタイムで報告しろ」


《了解、マスター。ルート上の危険箇所を、三次元マップにマッピングします》


俺は、アイのナビゲーションと、自らの理術を駆使し、地下迷宮を慎重に、しかし、最短ルートで進んでいく。時折、地下に適応した魔獣に遭遇するが、今の俺の敵ではなかった。俺が明確にイメージする「理術」は、この世界のどんな魔獣をも、赤子のように無力化する。


数時間後。俺は、ついに、目的地である、巨大な空洞へとたどり着いた。


目の前に広がる光景に、俺は息を呑んだ。そこにあったのは、もはや「施設」という言葉では表現できない、荘厳で、そして、あまりにも異質な光景だった。


直径数百メートルはあろうかという、ドーム状の巨大な空間。それはまさに、巨大な地下聖域とでも言えるものだった。その中心に、それは、浮かんでいた。


黒い球体。


だが、それは、ただの黒ではない。あらゆる光を吸収し、その存在そのものが、空間を歪めているかのような、絶対的な「無」。その周囲を、プラズマのような青白い光が、幾重にも取り巻き、ゆっくりと回転している。


「……黒い、太陽……」


セレスティアの神託。忘れられた民の伝承。その全てが、今、目の前の、この圧倒的な存在と、一つに繋がった。


「アイ。あれが、『恒星炉』か?」


《……肯定します、マスター。観測される重力異常、及び、ニュートリノの放出パターンから、対象は、小型のブラックホールをエネルギー源とする、対消滅エンジンの一種と推測されます。我々の文明の基準でも、極めて高度な、そして危険なテクノロジーです》


あの黒い球体の中心で、俺たちの宇宙の物理法則を超えた、何かが起きている。そして、その暴走したエネルギーの一部が、「黒い霧」となって、シエルの街を、死の灰で覆おうとしているのだ。


俺は、ゆっくりと、その『恒星炉』に近づいた。数百メートル先からでも認識できるその威容は、近づくにつれて、ただの視覚情報ではない、物理的な圧力となって俺の全身を苛み始める。空気がビリビリと震え、肌が粟立つ。一歩踏み出すごとに、足元の空間が僅かに歪み、平衡感覚が狂わされるような、奇妙な浮遊感に襲われた。これは、単なる魔素の奔流ではない。重力そのものに干渉する、計り知れないエネルギーだ。


(これが……古代文明の力……。星を創り、そして滅ぼすことさえ可能な、神々の領域の技術なのか……)


科学者としての俺の魂が、畏怖と興奮に打ち震える。だが同時に、商人としての俺の直感がその圧倒的な力の危険性を、本能レベルで警告していた。これは、制御を失えば、この街どころか、惑星そのものを塵に還しかねない、究極の爆弾だ。


この災厄を止めるには、まず、この装置の構造を、完全に理解する必要がある。


「アイ、対象のエネルギーフィールドを、全スペクトルでスキャン。構造体の材質、制御システムの言語、そして、現在のエラーコードを解析しろ」


《了解。スキャニングを開始します》


俺が、腕の触媒に意識を集中させ、カタリストの出力を最大に引き上げようとした、その時だった。


ぞくり、と。


背筋を、氷のような悪寒が、走り抜けた。


それは、殺気ではない。敵意でもない。


もっと、純粋で、そして根源的な、何者かの「意識」。


まるで、深海の底から、巨大なクジラが、こちらを静かに見つめているかのような、圧倒的な存在感。


俺は、弾かれたように、背後を振り返った。


そこには、誰もいない。ただ、古代遺跡の、冷たい静寂が、広がっているだけだ。


アイのセンサーにも、スティンガーの監視網にも、何の反応もない。


だが、俺は、確かに感じていた。


この空間に、俺以外の、「誰か」がいる。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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