幕間5-3:鍛造された生命線
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王都アウレリアでの「王家付き特任研究顧問」という立場は、表面上、俺に絶大な自由と安全を保障してくれた。
第二王子ゼノンの庇護の下、必要な情報や資材、施設、人材ほぼ全てが要望通りに叶った。まさに、研究者にとっては夢のような環境。まぁ、それは同時に俺という異邦人を監視下に置くための、完璧な「金の鳥籠」でもあったが……。
しかし、王家の力は、フォルトゥナ王国、もっと言うと王都の内側でしか機能しない。そして、俺の次の戦場は、これから向かう混沌の地、シエルなのだ。アルカディア号の支援を直接受けられない旅路において、生命線となる携帯型のサポートシステムは、絶対不可欠だった。
決意を固めた俺は、王都を発つ数日前、ゼノン王子に一つの「研究提案」を持ち掛けた。
「殿下。私の提唱する『分離薬学』、そして『理術』の根幹は、万物に宿る魔素の性質を理解し、その流れを精密に制御することにあります。この理論を応用すれば、あるいは、旅先でも薬の調合や水の浄化を可能にする、画期的な携帯装置が作れるかもしれません」
俺は、アイがこの世界の技術レベルでも理解・再現可能ギリギリのラインで設計した、偽りの設計図をゼノンに見せた。それは、一見すると極めて複雑な錬金術の釜か、あるいは高位の魔術師が使う儀式用の触媒のようにも見える、意図的に古めかしく、そして神秘的にデザインされたものだ。
「これは…?」
「『携帯式エーテル変換炉』とでも呼びましょうか。特殊な魔石を『触媒』として、周囲の空間に満ちる魔素を強制的に収束させ、特定の物質――例えば、不純物を含まない純粋な水や、基礎的な薬効成分――へと『変換・抽出』する装置です。成功すれば、遠征中の騎士団や冒険者の生存率を飛躍的に高めることができるでしょう」
俺の説明に、改革派であるゼノンの瞳が輝いた。彼の興味は、この装置がもたらす軍事的、経済的なアドバンテージに向けられている。俺の真の目的など知る由もない。
「素晴らしい! さすがはカガヤだ! よかろう、その研究、王家が全面的に支援する! 必要な資材は全て用意させよう。王城の第一錬金工房を自由に使ってくれて構わん!」
こうして俺は、王家の全面的なバックアップの下、堂々と、俺の生命線となる新たなガジェットを製作する機会を得たのだ。
◇
王城の第一錬金工房は、薬師ギルドの研究室とは比較にならないほど、高度な設備が整っていた。魔力を動力源とする精密な研磨機、いかなる金属も溶解させる錬金炉、そして、王家が秘蔵する希少な鉱石や魔石の数々。
俺は、その工房に数日間籠もり、たった一人で製作に没頭した。もちろん、本当のパートナーは、常に俺の脳内にいるアイだけだ。
《マスター。外装ケースの素材には、ミスリル銀と金剛石の粉末を混合した合金を推奨します。軽量かつ、外部からの物理的・魔術的干渉を最大限に遮断できます》
「了解。だが、どうやってゼノンに説明する?」
《『エーテルの過剰な漏出を防ぎ、変換効率を高めるための、最適な配合です』と説明してください。事実、間違いではありません》
俺は、アイの指示に従い、王家に提供された最高品質の素材を、自らの手で加工していく。見た目は、この世界の職人が行う作業と変わらない。金床の上でハンマーを振るい、ヤスリで金属を削り、炉で素材を溶かす。だが、その一挙手一投足は、アイが俺の視界に直接投影する、ミクロン単位の設計図に基づいて行われていた。
ハンマーを振り下ろす角度と速度。ヤスリをかける回数と圧力。炉の温度を、魔力の流れでコンマ一秒単位で調整する。それは、この世界の者たちから見れば「神業」や「職人芸」の域だが、俺にとっては、科学的データに基づく、ただの精密作業に過ぎなかった。
最も重要な心臓部、リアクターコアの製作は、特に困難を極めた。
《マスター。コア内部に設置するエーテル粒子集束レンズには、あの『聖樹の雫』を保存していたエーテル・チャンバー内に残っていた、あの特殊な結晶構造を持つ素材を使用します。》
「あの時の、か。あれなら、高純度の魔素を安定して制御できる」
俺は、極細のピンセットと、先端をレーザーで先鋭化させた自作の工具を使い、髪の毛よりも細い魔力伝導性の金属線を、結晶の周囲に寸分の狂いもなく配置していく。それは、外科手術にも似た、極度の集中力を要する作業だった。一瞬でも気を抜けば、全ての素材がただのガラクタと化す。
◇
数日間にわたる死闘の末、ついにその装置は完成した。
掌に収まるほどの、黒光りする流線形のケース。中央には、内部のエネルギー状態を示す、青白い光を放つクリスタルが埋め込まれている。それは、この世界のどんな魔道具とも違う、洗練された、しかしどこか異質なオーラを放っていた。
《初期起動シーケンスに移行。システム、オールグリーン。マスター、この装置の正式名称を設定してください。》
アイに促され、俺は完成したばかりの装置を手に取った。当初考えていた「リトル・アルカディア」という名は、感傷的すぎる。何より、俺の正体に繋がる危険な名前だ。
俺はこの装置の本質を考える。これは、エネルギーを生み出す「炉」であり、物質を「変換」するものだ。だが、その全ての反応の引き金となるのは、核として組み込んだ、あの特殊な魔石――。
「……触媒か」
そうだ。これこそが、この装置の核心だ。何かを生み出すのではなく、そこに在るものを、別の価値あるものへと「変化させる」ための、きっかけ。
「アイ。この装置の名称は、『カタリスト』だ」
《了解しました。携帯型エーテル・リアクター『カタリスト』。正式に登録します》
俺は、完成したばかりの「カタリスト」を、旅支度を整えた鞄の奥深くにしまい込んだ。これは、俺がこの世界で生き抜くための、新たな力。そして、俺という宇宙商人が、この未知の市場に投じる、最初の「商品」であり「切り札」だった。
王都の鳥籠で鍛え上げられた、この小さな希望の光を手に、俺はシエルへの旅立ちの準備を、静かに終えるのだった。
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