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第12話:遠征前夜

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

失われた300の「目」。あまりにも大きな代償と、送り届けられた一条の希望。


あの日以来、アルカディア号の簡易ラボは、俺の人生で最も濃密な、創造と試行錯誤の舞台と化していた。メインモニターには、再構築された目標エリアの三次元マップが、常に表示されている。巨大なクレーター状の盆地。その中央に脈動する、巨大な魔素結晶。そして、その傍らに佇む、苔むした石垣の痕跡。


「アイ。長期遠征計画の最終案を提示しろ。課題は二つだ。空の脅威『グレイブ・ダイバー』の排除、そして、あの切り立った断崖絶壁の攻略。この二つをクリアできなければ、俺たちは永遠に目的地へはたどり着けない」


「了解しました、マスター。脅威分析と地形データに基づき、最適な装備とルートをシミュレートします」


俺たちの「遠征前夜」は、まず、徹底的な分析から始まった。モニターに、グレイブ・ダイバーの戦闘映像が繰り返し再生される。音もなく滑空し、黒曜石の刃と化した翼で、スティンガーたちを切り裂いていく、恐るべき空の狩人。


「斥力スピアや斥力ブレードじゃ、話にならないな。奴らの機動力の前では、当てることすら不可能だ」


俺は、既存の攻撃手段の限界を、冷静に分析していた。斥力キャノンは威力こそ絶大だが、エネルギー消費が激しく、連射も効かない。空を縦横無尽に飛び回る敵に対しては、あまりにも分が悪すぎる。


「マスター。グレイブ・ダイバーの飛行パターンを解析した結果、彼らの回避行動は、音速を超える物体に対する反応速度の限界を示しています。」


「つまり?音速を超えろって事か?」


「はい。斥力スピアや斥力ブレードを、音速を超えて射出することができれば、有効打となり得ます」


「超音速の斥力弾か……。だが、どうやって? 今の触媒ブレスレットから直接放つやり方では、エネルギーが拡散して、すぐに威力を失ってしまう」


「発想を転換します、マスター。問題はエネルギーの『出力』ではなく、『収束率』と『指向性』です。斥力フィールドを、より高密度に、そして一点に集中させることができれば、エネルギーの拡散を防ぎ、超音速での射出が可能となります」


アイの提案は、こうだ。斥力フィールドを、ただ放出するのではなく、特定の空間で共振・増幅させ、極限まで収束させてから撃ち出す。そのためには、魔素エネルギーの奔流を制御し、特定のベクトルへと導くための「導波管(ウェイブガイド)」の役割を果たす、新たな力場の形成理論が必要になる。


「……なるほど。斥力フィールドで斥力フィールドを包み込み、加速させる……いわば、エネルギーそのもので銃身を形成するのか。たしかに面白いな。やれるか?」


「可能です。ですが、そのためには、斥力フィールドを安定した弾丸状に圧縮する技術と、そのエネルギー奔流を制御するための、極めて高度な演算能力と精密な魔素コントロールが必要です」


俺は、ラボの片隅に無造作に積んであった、クエイク・ボアの強靭な大腿骨に目をやった。あれほどの巨体を支え、爆発的な突進力を生み出すあの骨は、単に硬いだけではない。魔素を効率的に伝達し、安定させる、天然の超素材だ。あの骨が持つ、魔素との親和性、エネルギーの伝達効率……その『特性』そのものをデータとして抽出し、俺の科学で再現する。それこそが、この世界の法則と俺の技術を融合させる、唯一の道筋だった。


そこから、俺の開発作業は熱を帯びた。ラボの分析装置で、クエイク・ボアの骨や、スカイ・レイザーの巣から持ち帰った鉱石が、どのように魔素を収束させ、増幅させるのかを徹底的に解析する。そして、そのデータを元に、アイが新たな「魔法」の制御プログラムを構築していく。それは、物理的な何かを造る作業ではなかった。俺の脳と、アイの演算能力、そしてこの世界の素材が持つ特性、その全てを融合させ、新たな「現象」を創造する、純粋な研究開発だった。


数週間後、俺はついに、その新しい「魔法」を完成させた。


「アイ、試射するぞ」


俺は、アルカディア号の外で、スティンガーに的を引かせて、高速で飛ばさせた。俺は、ただ、(まと)を見据え、右腕の触媒ブレスレットに意識を集中させる。


俺の腕の先、空間が陽炎のように歪み、斥力フィールドが筒状に形成されていく。エネルギーの銃身だ。そして、その内部で、第二の斥力フィールドが、弾丸状に極限まで圧縮される。


引き金を引く指は無い。俺の「撃て」という意思そのものが、トリガーとなる。


次の瞬間、俺の腕から放たれたのは、もはや青白い光の尾ではなかった。ソニックブームによる衝撃波で、周囲の空気が白く歪む。


「ぐっ……!」


凄まじい反動が、腕から肩、そして全身を駆け巡る。尋常じゃない衝撃だ。魔素の奔流が、俺の神経を直接焼き切るかのような、激しい痛み。数秒間、右腕の感覚が完全に麻痺する。

だが、モニターに映し出された結果は、その代償を払う価値が十分にあることを示していた。不可視の弾丸が、音を置き去りにして空間を切り裂き、遥か先を飛んでいた(まと)を、一瞬で蒸発させている。


「威力は充分だな。しかし……。右腕が一時的だが麻痺状態になるな」


俺は、痺れの残る腕をさすりながら、アイに報告した。


「解析しました、マスター。物理的な反動に加え、高密度の魔素エネルギーが逆流し、マスターの神経系に直接的なダメージを与えています。これを『魔素反動(マナ・リコイル)』と名付けます。連射すれば、腕の組織が回復不可能な損傷を負う可能性があります」


「対策は?」


「はい。発射の瞬間、腕の周囲にごく薄い斥力フィールドを展開し、逆流する魔素を相殺します。マスターの体内のナノマシンと、触媒ブレスレットの演算能力を同調させることで、反動を80%以上軽減できると予測されます。ただし、マスターの思考と完全にシンクロする必要があるため、精密な制御訓練が必要です」


アイの提案は、ちょっとやそっとの事ではできそうにないオーダーだった。しかし、それが実現すればまさに科学と魔法の融合と言えるだろう。外部に放つ力だけでなく、自分自身を守るためにも、この世界の法則を応用するしかない。


「……よし。一先ず、空の脅威への対策は、これでいいだろう」


俺は、痺れの残る腕をさすりながら、確かな手応えを噛み締めた。



次に、俺が取り組んだのは、断崖絶壁の攻略だった。


「アイ、あの崖を登るための装備が必要だ。ただのロープじゃ、話にならないよな」


「はい。斥力フィールドを応用し、マスターの体重を軽減させながら、垂直移動を補助するシステムの構築を提案します」


俺は、再びクエイク・ボアの素材に目を付けた。その強靭な腱を何本も撚り合わせ、魔素合金のワイヤーを編み込んだ、超強度のロープを開発する。そして、その先端には、どんな岩肌にも食い込む、鋭いアンカーを取り付けた。

さらに、腰に装着するベルトには、小型の魔素リアクターと、斥力フィールド発生装置を組み込んだ。アンカーを崖の上に撃ち込み、固定した後、この装置を起動すれば、斥力フィールドが俺の体を押し上げ、まるで無重力空間を移動するかのように、崖を登ることができるはずだ。


「『斥力ワイヤー』とでも名付けようか。これもテストだな」


「マスター。その命名は少し安直ですね」


「うっせえ……」




近くの崖で、俺は完成したばかりの装備を試した。アンカーを射出し、崖の上に固定する。そして、ベルトのスイッチを入れると、体がふわりと軽くなった。俺は、ほとんど腕の力を使うことなく、数十メートルの崖を、スルスルと登りきってしまった。


「ははっ、これならどんな崖でも散歩気分だな!」


俺は、眼下に広がる森を見下ろし、思わず笑みを漏らした。


全ての準備が、整った。

超音速の斥力弾を放つ新たな「技」――俺はそれを『音速撃ソニック・ブロウ』と名付けた。音の壁を突破する不可視の衝撃。現象をそのまま名にした、科学者らしいと言えば聞こえはいいが、正直、他に思いつかなかっただけだ。これに、斥力ワイヤー、魔素合金の小刀。燻製にした魔獣の肉、携帯用の浄水フィルター、医療キット。そして、何よりも、俺の半身である、アイの存在。


旅立ちの朝、俺は生まれ変わった装備に身を包み、アルカディア号のハッチの前に立っていた。


「アイ。俺がいない間、船の防衛と、新アルカディア号の基礎建造を頼む。何かあれば、すぐに知らせろ」


「お任せください、マスター。新たに編成した防衛用のスティンガー部隊が、常時警戒態勢を維持します。マスターのバイタルデータも、リアルタイムでモニタリングします。どうか、ご無事で」


その言葉を背に、俺は森へと足を踏み出した。目指すは、北東の未踏の領域。


新たなる方舟の心臓と、この星の深淵に触れるための旅路は、確かな目的地を得て、その第一歩を踏み出した。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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