第107話:最初の事業計画
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王城の一角、俺に与えられた豪華な翼棟は、研究を行うには申し分のない環境だった。第二王子ゼノンの計らいで、王立大図書館の貴重な文献や、薬師ギルドの薬草見本などが、惜しげもなく運び込まれてくる。俺は、表向きは「王家付き特任研究顧問」として、古代文明の研究に没頭していることになっていた。
だが、俺の真の目的は、そんな悠長なものではない。
サルディウスが王都に流す悪意に満ちた噂は、日に日にその毒性を増している。俺自身への風当たりが強くなるのはまだいい。だが、その毒が、俺の「守護者」としての契約対象である、セレスティアにまで及んでいることは、断じて許容できることではなかった。
彼女を守るには、そして、この世界の謎を解き明かすという俺自身の目的を果たすには、「力」が必要だ。王子の庇護という借り物の力ではなく、俺自身の力で、この盤面を覆すための、確かな力が。
その夜、俺はゼノンを自室に招き、一つの提案を持ち掛けた。
「殿下。現状を打破するための、具体的な計画があります」
俺は、アイが作成した詳細なデータを元に、俺が持つ知識と技術を、この国の利益に直接還元するための、壮大な事業計画を彼に提示した。
「まず第一に、『魔力枯渇病の治療薬の安定生産システムの構築』です」
俺は、ヴェリディアでティトゥス神官を救った、あの薬のレシピを改良し、誰でも、そして安全に、大量生産できるための工程表を提示した。
「薬草の成分抽出率を最大化するための最適な温度管理。不純物を排除するための、複数回にわたる濾過プロセス。そして、最も重要なのが、薬効成分を魔素と共に封じ込めるための、特殊なガラス瓶の精製法と、真空密閉技術です。これにより、薬の効果を損なうことなく、長期保存と長距離輸送が可能となります。これが実現すれば、魔力枯渇病は、もはや不治の病ではなくなります」
ゼノンは、期待に満ちた目で俺の言葉を聞いていた。
「次に、……」
俺はもう一つの計画を提示した。
「『古代文明の技術を応用した、新世代魔道具の開発』です。先日、遺跡で回収したガーディアンの残骸を解析した結果、彼らの動力源は、極めて効率的なエネルギー変換装置であることが判明しました。この原理を応用すれば、現在の魔道具とは比較にならないほど、燃費が良く、かつ高出力な道具が開発できます。例えば……夜道を照らすだけの街灯を、都市全体を覆う防御結界の増幅装置へと転用することも、理論上は可能です」
俺の提案を聞き終えたゼノンは、興奮を隠しきれない様子で、その瞳を輝かせていた。
「……素晴らしい!カガヤ、君はやはり、我が国にとっての『啓示』だ!その計画が実現すれば、民は病の苦しみから解放され、王都の守りは鉄壁となる。そして何より、その技術は、この国の力という天秤を、我ら王家へと傾ける、最大の分銅となるだろう!」
彼は、改革派の王子らしく、俺の計画の本質を、即座に理解した。これは、単なる技術革新ではない。この国の権力構造そのものを、塗り替える可能性を秘めた、壮大な政治的プロジェクトなのだ。
「よし、早速、関係者を集めよう!薬師ギルドと商人ギルドの長を、明朝、城に召集する!私の名において、君の計画への全面的な協力を約束しよう!」
ゼノンは、そう言って、意気揚々と部屋を後にした。その背中を見送りながら、俺は、この計画がそう簡単に進むとは思っていなかった。
相手は、宇宙の法則のように単純な物理現象ではない。利権と、伝統と、嫉妬とが、複雑に絡み合った、人間という名の、最も厄介なシステムなのだから。
翌日、王城の一室に、薬師ギルドの長である老師エルムズワースと、商人ギルドの長であるロスタム卿が、ゼノンの召集に応じて姿を現した。
エルムズワースは、いかにも頑固そうな、皺の深い顔をした老人で、その指先は長年の薬草研究によって黄色く染まっている。一方のロスタム卿は、贅沢な絹の服に身を包んだ、抜け目のない商人の顔をしていた。
俺は、ゼノンの紹介を受け、二人に俺の計画の概要を説明した。治療薬の安定生産には、薬師ギルドが持つ薬草の知識と、熟練した薬師たちの協力が不可欠であること。そして、その薬を王国全土に滞りなく届けるためには、商人ギルドが持つ広範な流通網が必要であることを。
俺の説明を、二人は腕を組んで、黙って聞いていた。
やがて、口火を切ったのは、薬師ギルド長のエルムズワースだった。
「……カガヤ殿、とやら。あなたのそのお話、夢物語としては、実に興味深い」
彼の声には、敬意ではなく、明らかな侮蔑の色が滲んでいた。
「しかし、薬の調合とは、神聖な儀式に他ならぬ。薬草を摘む月日、それを乾燥させる風、そして調合する者の祈り。それら全てが合わさって、初めて真の『癒し』が生まれる。あなたの言う、温度がどうの、濾過がどうのという、無味乾燥な『作業』で、人の魂を救う薬が作れると、本気でお思いか?」
「魂を救うかどうかは、私には分かりません。ですが、肉体を蝕む病から救うことはできます。事実、私の作った薬で、多くの人々が救われている」
俺の反論に、今度は商人ギルド長のロスタムが、鼻で笑った。
「その『奇跡』の薬とやらが、本当に安全であるという保証は、どこにあるのですかな?万が一、その薬で民に健康被害が出た場合、その責任は、我ら商人ギルドが負うことになる。そのような危険な賭けに、我らの大切な商会を晒すわけには参りませんな」
彼らの言い分は、あまりにも稚拙で、非論理的だった。だが、彼らの本心は、そこにはない。
薬師ギルドは、その秘伝とされてきた調合技術が、俺の「標準化」によって価値を失い、既得権益を脅かされることを恐れている。商人ギルドは、王家が主導する新たな流通網が、自分たちの独占市場を破壊することを、何よりも警戒しているのだ。
そして、その両者の背後には、まだ異端者としての断罪を諦めていない、教会の影がちらついている。
「両名とも、控えよ!」
ゼノンが、ついに痺れを切らし、王子の威厳をもって彼らを一喝した。
「カガヤ殿の計画は、この私が、ゼノン・エゼ・フォルトゥナの名においてその実行を保証するものだ!これは、要請ではない。命令である!速やかに、協力体制を整えるように!」
王家の命令。それは、絶対だ。
二人のギルド長は、顔を青くし、不承不承ながらも、その場では協力の姿勢を見せた。
だが、その瞳の奥に宿る、冷たい抵抗の光を、俺は見逃さなかった。
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