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第105話:星空の誓い

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

王城の一角、俺に与えられた豪華な翼棟のテラスで、俺は夜空を見上げていた。

王都の煌びやかな灯りが、夜空の星々の輝きを少しだけ霞ませている。それでも、この惑星イニチュムの空には、地球では決して見ることのできない、異質な星座たちが壮大な物語を紡いでいた。


「……綺麗、ですね」


背後から、鈴を転がすような、穏やかな声がした。振り返ると、そこには、簡素なワンピースの上に薄いショールを羽織ったセレスティアが、少しはにかみながら立っていた。


「セレスティア。身体はもういいのか?」


「はい。おかげさまで。それよりも……眠れなくて。コウも、同じですか?」


彼女は、そう言うと、俺の隣に並んで、同じように夜空を見上げた。

遺跡での一件以来、俺たちはこうして、監視の目を盗んでは、密やかな交流を続けていた。俺たちは、共に世界の真実を探究するかけがえのないパートナーであり、共犯者だった。


「あの『星見の間』で見た光景を、時々、思い出すんです」


彼女が、ぽつりと呟いた。


「あの、無数の光の渦……。あれは、本当に、この空の向こうにあるものなのですか?」


「ああ。あるよ」


俺は、彼女に『星見の間』で見た宇宙の光景を、改めて説明し始めた。


「俺たちの世界では、あの光の一つ一つを『恒星』と呼ぶ。自ら燃え、輝く、巨大なガスの塊だ。そして、俺や、セレスティアが今立っているこの大地は、『惑星』。恒星の周りを、その引力に引かれて回り続ける、いわば大きな岩の塊だ」


俺は、アイに指示して、手のひらの上に、太陽系を模した簡易的なホログラムを投影した。中央に輝く太陽と、その周りを回る地球をはじめとするいくつかの惑星。セレスティアは、その手の中に生まれた小さな宇宙に、はっと息を呑んだ。彼女の宝石のような碧色の瞳が、驚きに見開かれ、ゆっくりと軌道を描いて動く光の粒を、食い入るように見つめている。


「そして、その恒星が、何億、何千億と集まってできているのが、あの渦巻き……『銀河』。俺たちは、その銀河という巨大な島宇宙に浮かぶ、ちっぽけな塵のような存在に過ぎない」


俺の言葉と、目の前の光の模型に、セレスティアは宝石のような碧色の瞳を輝かせた。


「まあ……!では、あの『星見の間』で見た光景は、神々が住まうという、別の銀河の姿……?」


「おそらくは。そして、エルフの女王が遺した『約束の地への道標』とは、そこへ至るための、スターチャート……宇宙の地図なんじゃないかと思っている」


彼女は、俺の説明に、深く、そして静かに頷いた。彼女にとって、それは神話の世界の出来事ではなく、自らがこれから向き合うべき、現実の物語なのだ。


「……私たちが生きるこの世界は、こんなにも……ちっぽけな、存在だったのですね」


その壮大な真実に圧倒されたのか、彼女の顔から、ふっと表情が消えた。その様子を見て、俺は思わず声をかける。


「壮大すぎて、少し、怖くなったか?」


俺が気遣って尋ねると、彼女はゆっくりと首を横に振った。そして、俺の目をじっと見つめ返した。


「いいえ。むしろ……心が、躍るようです。私の知らない世界が、こんなにも広がっているなんて」


その言葉とは裏腹に、俺は夜空を見上げながら、故郷への郷愁と、この星での根源的な孤独を感じていた。その、ほんのわずかな心の揺らぎを、彼女は見逃さなかった。


セレスティアは、俺の隣に一歩近づくと、静かに俺の手を取った。


「コウ。あなたは、もう一人ではありません」


その声には、聖女としての慈愛ではなく、一人の人間としての、強い意志が込められていた。


「わたくしの『神託』は、星々の海を渡る、孤独な旅人の姿を視せました。あの時のわたくしには、その意味が分かりませんでした。でも、今は分かります。もしかしたら、わたくしのこの力は、その星の海から来たあなたと出会うために、この世界に与えられたのかもしれません」


彼女の言葉に、俺は息を呑んだ。


「神託は言いました。『星より来たりし異端者こそが、汝を苦しみから解き放つ鍵である』と。でも、きっと違うのです。コウがわたくしを救う鍵なのではなく、コウとわたくし、二人が揃って初めて、この世界の真実の扉を開ける、たった一つの鍵になるのです」


彼女は、俺の手を強く握りしめた。


「だから、コウ。わたくしは、あなたの孤独も、その背負う運命も、半分、引き受けます。それが、あなたのパートナーとしての、わたくしの誓いです」


その言葉は、もはや単なる協力者としてのものではなかった。それは、自らの運命と、そして俺の未来を、等しく引き受けるという、魂の誓いだった。


俺たちの間に、静かだが、決して壊れることのない、心の絆が結ばれた瞬間だった。


「……ああ。約束だ、セレスティア」


俺は、彼女の小さな手を、強く、そして優しく、握り返した。


この夜、王城のテラスで交わされた誓いは、これから始まる永い戦いの中で、俺たち二人を支え続ける道標となるだろう。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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