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第104話:王子の躍進と新たな取引

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

旧王都遺跡から辛くも生還し、第二王子ゼノンに事の顛末を報告してから、三日が過ぎた。


俺を取り巻く環境は、そのわずかな期間で劇的に変化していた。俺が身を寄せる場所は、教会の客室から、王城の一角に用意された、公爵の邸宅にも引けを取らないであろう豪華な翼棟へと移されていた。


「聖女の守護者」という肩書はそのままに、新たに「王家付き特任研究顧問」という、何とも大げさな役職まで与えられた。教会にとって不都合な真実を暴いてしまった俺の身を案じた、という第二王子ゼノンの配慮はありがたいが、その真の狙いは、俺の身柄と知識を教会から王家の管理下へと完全に移し、独占することにあるのだろう。


部屋の窓からは、手入れの行き届いた王城の庭園と、その向こうに広がる王都の街並みが一望できる。まさに「金の鳥籠」再びと言ったところか。安全と引き換えに、俺は彼の駒となり、この国の巨大な権謀の盤上に、正式に配置されたのだ。


「まあ、悪くない取引ではあるか」


俺は、革張りのソファに深く身を沈めながら、独りごちた。アイを通じて、この三日間で王宮と教会がどう動いたか、その概要はすでに把握している。


《マスター。第二王子ゼノンは、マスターからもたらされた情報を最大限に活用し、王宮内での政治的影響力を大幅に拡大させることに成功しました》


アイの報告によれば、ゼノンは例の御前会議で、俺たちがもたらした情報を巧みに利用し、あの大審問室での襲撃事件を「教会の警備体制の脆弱性」と、今回の炎の紋章の襲撃を「王国を蝕む新たな脅威の顕在化」と位置付けたようだ。


彼は、捕虜とした「炎の紋章」の狂信者たちの尋問記録(もちろん、アイの心理分析を元に俺が作成したレポート付きだ)を提示し、彼らが単なる狂信者ではなく、明確な思想と組織、そして背後関係を持つ危険な集団――「邪神教」と呼ばれる宗教組織であることを明らかにした。そして、その邪神教が、四大公爵家の一部と繋がりを持っている可能性を、巧妙に示唆したのだ。


保守派であり、教会との協調路線を重んじるライオス王子は、当初、ゼノンの報告を「教会への越権行為だ」と批判した。だが、王国の安寧を揺るがしかねない「邪神教」と「貴族の陰謀」という二つのカードを突きつけられては、彼も沈黙せざるを得なかった。宰相グレイヴンに至っては、早々にゼノンの主張を支持し、自らの保身を確保している。老獪な男だ。


結果として、病床の国王はゼノンの報告を裁可し、彼に、邪神教の調査と、その鍵を握る「古代文明の遺産」の研究に関する全権を委任した。カガヤという異邦人の処遇を巡る問題は、いつの間にか、王国の安全保障と未来の発展に関わる最重要課題へとすり替わっていたのだ。


「見事な手腕だな、王子様は」


《はい、マスター。彼の行動は、極めて合理的かつ戦略的です。マスターという『未知の変数』を利用し、膠着していた政治状況を、一気に自らに有利な局面へと転換させました》


そして、ゼノンの躍進は、当然ながら他の権力者たちにも大きな影響を与えていた。


まず、四大公爵家。

彼らの動きは速かった。最初に公式な形で接触してきたのは、やはりクゼルファの実家である南の公爵家だった。南の公爵家当主アディル・アディ・ゼラフィムは、ゼノンを通じて、「娘が世話になった礼」という名目で、俺の研究活動への全面的な支援と、高価な贈答品の数々を申し出てきた。その真の目的が、俺が持つ「魔力枯裂病の治療技術」にあることは明らかだったが、その手際は実にスマートだった。


他の三家も同様だ。東の公爵ラゼルナは、希少な魔道具の材料となる鉱石の提供を。西の公爵ハトラムは、古代文献の収集と解読への協力を。そして、邪神教との繋がりが疑われる北の公爵ドラクシアさえもが、牽制のためか、あるいは本心か、「邪神教討伐のための軍資金」を献上すると申し出てきた。


彼らは皆、ゼノンという唯一の窓口を通して、俺という新たな利権の泉に群がっている。俺は、いつの間にか、この国の誰もが無視できない、価値ある「資産」となっていたのだ。


一方、教会、特に筆頭異端審問官サルディウスの動きは、今のところ沈黙に包まれている。


《マスター。サルディウスは現在、表立った活動を停止しています。しかし、彼の配下にある審問官たちが、王都の各地区で、マスターに関するネガティブな情報を流布しているとの報告が複数挙がっています》


「だろうな。奴がこのまま黙って引き下がるはずがない」


サルディウスは、俺を社会的に孤立させ、その価値を貶めることで、再び断罪の機会を創り出そうとしている。光の当たる場所で戦えないと悟った彼は、より陰湿で、粘着質なやり方で、俺の足元を掬おうとしているのだ。


王家、教会、四大公爵、そして邪神教。

俺は、この複雑に絡み合った権力闘争の渦の中心にいる。ゼノンの庇護という安全は得た。だが、それは、彼の意のままに動く駒になることと引き換えだ。


「……アイ。アルカディア号の修復シミュレーション、進捗は?」


《はい、マスター。自己修復機能は依然として稼働中ですが、主動力炉の完全な修復には、惑星イニチュムに存在しない超高密度のエネルギー資源、あるいはそれに代わる代替技術が必要です。現状のままでは、修復完了まで、推定172年を要します》


「そうか……。この星の技術体系では、やはり難しいか……。だが、方法はゼロじゃない。あの遺跡で見た古代の技術力……あれほどのものが、かつてこの星には存在したんだ」


俺は、ソファから立ち上がり、窓の外に広がる王都を見下ろした。


ゼノンの駒として動くことも、一つの手だ。彼の力を利用すれば、俺が求める資源や情報を手に入れることは、以前よりずっと容易になるだろう。


だが、それで本当にいいのか?


俺は、カガヤ・コウ。これでも宇宙商人としてやって来た自負がある。誰かの庇護の下で、誰かの計画のために動くのは、どうにも性に合わない。


それに、セレスティアとの約束もある。彼女の力の謎を解き明かし、彼女を教会の道具という立場から解放する。そのためには、王子や貴族の思惑に左右されない、俺自身の「力」が必要だ。


政治的な影響力。人々を動かす求心力。そして、何より、それら全てを支える、圧倒的な経済力。


俺は、この王都で、この金の鳥籠の中で、ただ守られているだけの存在では終われない。


目的を果たすには、結局、俺自身の力が必要だ。そして、力を手に入れるための最も効率的な手段を、俺は知っている。


――商人としての、俺のやり方でな。


そのための第一歩として、まずは、王都の権力者たちが喉から手が出るほど欲しがっている、「魔力枯裂病の治療薬」の安定供給ルートを、俺自身の手で確立することから始めるか。


俺の脳裏に、新たなビジネスプランが、ゆっくりと形作られ始めていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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