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第102話:星見の間の攻防

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「――俺たちのやり方でな」


俺の不敵な言葉が、星々の光に満たされた『星見の間』に響き渡る。だが、その言葉とは裏腹に、状況は絶望的だった。唯一の出入り口は分厚い隔壁で閉ざされ、五十を超える武装集団が、じりじりと包囲網を狭めてくる。


リリアンナは、古代エルフの女王が遺した悲壮な歴史の重みに打ちひしがれ、セレスティアは、自らが背負うことになった「希望」という名の宿命に、その身を震わせている。そして、斥候のカゲは、すでに影の中に溶け込み、敵の配置と戦力を分析していた。寄せ集めのパーティは、最大の危機に直面していた。


「愉快だ……実に、愉快だ!」


包囲網の中から、一人の男がゆっくりと前に進み出た。他の狂信者たちとは明らかに違う、禍々しい装飾が施された仮面と、豪奢な黒い鎧。彼が、この集団の指導者なのだろう。その声は、拡声器を通したかのように、この広大な空間によく響いた。


「我らが数千年追い求めた『聖域』に、我らより先に到達する者が現れるとはな。しかも、一人は歴史の敗者であるエルフの末裔、一人は愚かな教会の偽りの聖女、そして……もう一人は、どこの馬の骨とも知れぬ異邦人か。神々の悪戯も、度が過ぎる」


彼の言葉に、リリアンナがハッと顔を上げた。


「あなたたちは……いったい何者なの!?なぜ、この場所を知っているの!」


「我らか?我らは、お前たちエルフが歴史から抹消した、『真実』を受け継ぐ者たちだ」


仮面の男は、嘲るように言った。


「お前たちが今しがた見た『継言』など、敗者が自らを慰めるために遺した、偽りの歴史に過ぎん。我らは、その欺瞞を正し、この世界を真の理の元へと導く、いわば『調律者』だ!」


その時、俺の脳内にアイからの警告が走った。


《マスター、危険です。彼の鎧、及び武器から、高レベルの魔素反応を検知。あれは、ただの武具ではありません。この遺跡で観測されるものと同等レベルのテクノロジーが用いられています。》


どういうことだ?この遺跡と同等のテクノロジー?


俺の疑問に答えるかのように、仮面の男は右手を掲げた。その腕に装着された手甲が、俺の触媒と同じように青白い光を放ち、周囲の空間から魔素を強制的に吸収し始める。


「まずは、その穢れた記録を消去し、その後、ゆっくりとお前たちを塵にしてくれよう」


仮面の男がそう言うと、彼の背後に控えていた狂信者たちが、一斉に襲いかかってきた。


「させん!」


俺は、腕の触媒から魔素の衝撃波を放ち、先頭集団の足を止める。その隙に、カゲが天井の闇から黒い猟犬のように音もなく舞い降り、二人の狂信者の首筋を的確に切り裂いた。彼の動きは、影そのもの。一撃離脱を繰り返し、敵の陣形を巧みに乱していく。


「セレスティア!リリアンナさん!石碑のそばを離れるな!」


俺は叫びながら、二人を守るように前衛に立った。リリアンナは、恐怖を押し殺し、古代エルフの女王のメッセージを再生した石碑を、両腕で抱えるようにかばっている。セレスティアもまた、自らの恐怖と戦いながら、その両手に癒しの光を宿し、いつでも俺とカゲを支援できるよう、気丈に前を見据えている。


だが、敵の数はあまりにも多い。カゲの暗殺術も、俺の理術による迎撃も、いずれは数の暴力に押しつぶされるかもしれない。


《マスター。その動きから解析しました。敵の目的は、マスターたちではありません。石碑です。》


アイの分析通り、狂信者たちの攻撃は、俺たちを排除しつつも、明らかに中央の石碑へと狙いを定めていた。


「くそっ!あの記録を、消させるわけにはいかない!」


仮面の男が、再び右手を掲げる。今度は、先ほどとは比較にならないほどの魔素が、彼の手甲に集束していく。


「消えろ、偽りの歴史と共に!」


凝縮された魔素の奔流が、破壊の光となって、石碑へと向かって放たれた。


「結界!」


俺は、ありったけの力で防御壁を展開する。だが、高濃度の魔素を利用したヤツの力は、俺が遺跡で倒したガーディアンの比ではない。結界は、凄まじい衝撃と共に砕け散り、俺は床に叩きつけられた。


「コウ!」


セレスティアの悲鳴が響く。


もはや、これまでか――。


俺が諦めかけた、その時だった。


「――お願い……!」


石碑の前に立っていたセレスティアが、祈るように、その両手で再び石碑に触れた。守りたい、と。ただその一心で、彼女の持つ全ての力が、癒しの光となって石碑へと注ぎ込まれる。それは、先ほどとは比較にならない、彼女の魂そのものを燃やすかのような、純粋なエネルギーの奔流だった。


『星見の間』全体が、彼女の祈りに応えるかのように、激しく共振した。


キィィィィィン!!


魂の芯を直接揺さぶるような、甲高い共振音が鳴り響く。


そして、星々を映し出していたはずの空間が、一瞬にして、真っ白な光に包まれた。


《マスター、警告。空間内のエーテル粒子が、臨界点を超えて励起しています。》


俺たちが目を開けると、そこはもはや銀河を映す壮大な仮想現実ではなかった。


壁も、床も、天井も、全てが鏡のように輝き、俺たちの姿を無限に反射している。そして、俺たちの身体は、まるで水中にいるかのように、ゆっくりと宙に浮いていた。


「こ、これは……何……?」


セレスティアが、戸惑いの声を上げる。


仮面の男も、狂信者たちも、この予期せぬ事態に動きを止めていた。


「すごい……。神話は、真実だったのね……」


リリアンナが、畏敬の念に打たれたように呟いた。


その時、俺たちの周囲の空間が、ぐにゃりと歪み始めた。狂信者の一人が、悲鳴を上げる間もなく、その身体がゴムのように引き伸ばされ、やて光の粒子となって霧散していく。


「馬鹿な……!な、なんだこれは!?」


仮面の男が、初めて狼狽した声を上げた。


重力、時間、空間。この部屋の中では、それら全てが、防衛システムによって、無秩序に書き換えられていた。それは、まるで、セレスティアの祈りを引き金に、防衛システムが暴走を始めたかのようだった。


俺は、この千載一遇の好機を逃さなかった。


「アイ!この空間の物理法則の変化を計算しろ!」


《了解ですマスター。計算開始。……完了。マスター、触媒を通して、エーテル粒子の指向性を制御可能です。》


アイの言葉を聞いて、俺は、宙に浮いたまま両手を広げた。そして、この空間を満たす膨大なエネルギーを、俺の理術によって、一つの方向へと収束させていく。


俺が狙うのは、破壊ではない。制御だ。


俺は全神経を腕の触媒に集中させる。これは一世一代の賭けだ。セレスティアが引き金となり暴走した、時空間そのものを書き換えるほどのエネルギー。それは、何の指向性も持たない、純粋な破壊の嵐だ。だが、現象には必ず「法則」がある。俺がすべきことは、アイが読み解いたその法則に、ほんのわずかな干渉を加えることで、この破壊の奔流のベクトルを捻じ曲げること。一歩間違えれば、俺たち自身が時空の歪みに飲み込まれて消滅する。


《マスター、時空座標の歪み率、許容範囲を超えます。あと15秒で演算能力の限界です。》


アイの警告が脳内に響く。俺は歯を食いしばり、暴れるエネルギーの奔流に、自らの意識を同調させていく。嵐の目を、中心を、その核となる一点を探し出す。あった!


「――静まれ」


俺の言葉は、命令ではなかった。それは、祈りに近い、懇願だった。そして、その言葉は、この暴走するエネルギーを制御するための、唯一の『解』だった。


その瞬間、無秩序に歪んでいた空間が、ピタリと静止した。


いや、違う。静止したのではない。全ての歪みが、一つの巨大な波となって、狂信者たちへと殺到したのだ。


それは、音もなく、光もなく、ただ空間そのものが津波となって彼らを飲み込んでいく、抗いようのない力の奔流だった。狂信者たちは、悲鳴を上げる間もなくその奔流に飲み込まれ、次々と鏡のような壁に叩きつけられ、意識を失っていく。


残るは、仮面の男、ただ一人。


彼は、自らの手甲から防御壁を展開し、かろうじてその奔流に耐えていた。


「小賢しい真似を……!だが、我らは、こんなところでは終わらん!」


彼は、そう叫ぶと、懐から黒い球体を取り出し、床に叩きつけた。


その瞬間、彼の身体が、まるで闇に溶けるかのように、その場から掻き消えた。


《マスター。短距離の空間転移です。追跡は不可能。》


静寂が戻った『星見の間』には、意識を失った狂信者たちと、呆然と立ち尽くす俺たちだけが残された。


俺たちは、絶体絶命の危機を、辛うじて乗り切ったのだ。


だが、勝利の余韻に浸る暇はなかった。


仮面の男が遺した言葉。「偽りの歴史」。


彼らは、いったい何を知っているというのか。


俺たちの目の前に広がる謎の深淵は、さらにその深さを増していた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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