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第11話:空からの目

お読みいただき、ありがとうございます。

しばらくの間は、朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

※ タイトル変更しました。(旧タイトル:宇宙商人の英雄譚)

高純度の魔素結晶があるかも知れない、あの謎めいたパルスの発信源を目指す。

俺とアイは、アルカディア号のコックピットで、これから始まる大規模な偵察任務の最終準備を進めていた。メインモニターには、半径50キロの探査済みエリアと、その遥か先に赤くマーキングされた未踏の領域――スティンガー73号機が消息を絶った、あの場所が映し出されている。


「アイ、全ドローンの最終チェックを完了しろ。ミッションのプライオリティは、第一にパルス発生源の特定。第二に、周辺の地形と生態系のデータ収集。そして第三に、可能であれば、一体でも多く生還することだ」


「了解しました、マスター。300機を超えるスティンガーⅡ、システムオールグリーン。いつでも発進可能です」


俺は、ハッチの外で静かに出番を待つ、昆虫サイズの大群を見つめた。一体一体は非力で、その知能も限定的だ。だが、300を超える数が一つの意志の下で連携すれば、それは、この広大な森を隅々まで見通す、万能の「目」となる。


「スティンガー部隊、発進。フォーメーション『ワイド・スプレッド』。目標、セクター9-R。これより、我々の世界の『地図』を、さらに広げる」


俺の号令と共に、300を超える小さな光の点が、アルカディア号から一斉に飛び立った。彼らは、森の木々を巧みに避けながら、編隊を組んで北東の空へと吸い込まれていく。その光景は、まるで、銀河を旅する宇宙船団のようで、俺の心をわずかに昂らせた。


コックピットのメインモニターが、16のメイン区画に分割される。通常は各部隊のリーダー機の映像が映し出されているが、いずれかのドローンが異常を検知すれば、その映像が即座に優先表示される仕組みだ。アイが、それらの膨大な情報を統合し、滑らかな三次元マップを構築していく。鬱蒼とした森、蛇行する川、切り立った崖。俺たちがまだ知らない、この惑星の素顔が、少しずつ明らかになっていく。


飛行開始から数時間。ドローン部隊は、既知のエリアを抜け、ついに未踏の山岳地帯へと差し掛かった。木々の背丈は低くなり、代わって、鋭く尖った岩肌が剥き出しになった、荒涼とした風景が広がる。


「マスター、目標エリアに接近。これより、各個体のセンサー出力を最大に引き上げ、パルスの発生源を特定します」


アイの言葉と共に、ドローンたちは編隊を解き、より広範囲に散開して、低空での精密探査を開始した。モニターに表示される魔素の分布図が、目まぐるしく更新されていく。


その時だった。


「警告。 スティンガーⅡ、12号機、28号機、45号機、急速なエネルギー反応の接近を検知。」


アイの警告と同時に、三つの区画の映像が、突然、激しいノイズと共に途絶えた。


「何だ!?」


「上空です、マスター。 未知の飛行型魔獣による襲撃です。」


他のドローンのカメラが、その正体を捉えた。翼竜と猛禽類を合わせたような、禍々しい姿。その翼は、肉や皮膜ではなく、まるで黒曜石を削り出したかのような、鋭利な刃で構成されている。アイのデータベースが、瞬時に識別コードを付与する。


「識別コード:グレイブ・ダイバー。極めて高い飛行能力と、その翼自体を武器とする、高脅威度の魔獣と推測されます。」


グレイブ・ダイバーの群れが、まるで戦闘機のように、次々とドローン部隊に襲いかかる。彼らは、音もなく上空から滑空し、カミソリのように鋭い翼で、スティンガーたちを文字通り「切り裂いて」いく。クエイク・ボアの皮で強化した装甲も、その絶対的な切れ味の前では、意味をなさなかった。

モニターの区画が、次々と暗転していく。仲間がやられる、断末魔の映像。それは、俺の神経を直接削り取るような、凄まじいストレスだった。


「くそっ! このままじゃ、全滅するぞ!」


「マスター、このままでは、目標エリアに到達する前に、観測能力を全て失います。作戦の変更を」


俺は、歯を食いしばり、決断を下した。


「全機に告ぐ! フォーメーションを破棄! これより、単独での強行偵察に移行する! 敵の攻撃を避けながら、何でもいい、パルス発生源のデータを一つでも多く送れ! 」


それは、生還を度外視した、特攻命令に等しかった。だが、これしか、道はなかった。


アイが、残ったスティンガーⅡたちの飛行ルートを、生存確率とデータ収集効率が最大になるよう、瞬時に再計算する。スティンガーⅡたちは、散り散りになりながら、死の弾幕を掻い潜り、目的の地を目指した。


ある機体は、グレイブ・ダイバーの追撃を振り切ろうと、渓谷の狭い岩間をアクロバティックにすり抜けていく。またある機体は、自らを囮とし、他の仲間が先へ進むための、わずかな時間を作り出した。


そして、ついに、数機のスティンガーⅡが、目的のエリアへと到達した。彼らが最後に送ってきた、ノイズまみれの映像。だが、その断片的な情報の中に、俺とアイは、信じられないものを発見した。


全てのスティンガーⅡからの通信が途絶え、コックピットに、重い沈黙が訪れた。三百を超えていた光点は、今や、全てが闇に飲まれていた。失ったものは、あまりにも大きい。


だが、俺は、悲しみに浸ることを自分に禁じた。彼らの犠牲を、無駄にはしない。


「アイ……残されたデータを、統合しろ。彼らが、命懸けで送ってきた情報を、俺に見せてくれ」


「……了解しました、マスター」


アイの声にも、どこか、哀悼の念が込められているように聞こえた。メインモニターに、断片的なデータが再構築され、一つの統合された情報として表示されていく。


まず、脅威の分析。グレイブ・ダイバーは、この山岳地帯一帯を縄張りとする、極めて好戦的な魔獣であること。その巣は、切り立った断崖絶壁にあり、容易には近づけないこと。

次に、地形データ。目的の場所は、巨大なクレーターのような盆地になっており、外部から完全に隔絶された、特異な環境であること。


そして、最も重要な、パルスの発生源。


再構築された映像の中心には、巨大な結晶体のようなものが、大地から突き出すようにして存在していた。それは、俺が洞窟で発見した魔素結晶とは比較にならないほど巨大で、内側から、まるで心臓のように、力強い魔素の光を脈動させていた。新しいアルカディア号の心臓となる、高純度の魔素結晶。それは、確かにそこにあった。


だが、俺の目を釘付けにしたのは、それだけではなかった。

最後のドローンが撃墜される、ほんのコンマ数秒前。そのカメラが、偶然捉えた、結晶体の根元の映像。


そこには、明らかに人工物と思われる、苔むした石垣のようなものが、映り込んでいたのだ。風化し、崩れかけてはいるが、それは、誰かが石を積み上げて造った、壁の一部であることは間違いなかった。


「……いたのか」


俺は、思わず、声に出していた。


「この星にも……俺たち以外の、誰かが」


庭師は、まだ、この庭のどこかにいるのかもしれない。


俺は、モニターに映し出された、巨大な結晶体と、その傍らに佇む、小さな石垣の痕跡を、食い入るように見つめていた。


目的地は、分かった。そこに何があり、どんな危険が待ち受けているのかも、おおよそ把握できた。

犠牲になったスティンガーたちが、道しるべとなってくれたのだ。


「アイ」


俺は、静かに、しかし、燃えるような決意を込めて言った。


「長期遠征のための、装備リストを洗い直せ。グレイブ・ダイバー対策と、あの絶壁を攻略するための、新しいツールを開発する。準備が整い次第、俺が、直接あそこへ行く」


新たなる方舟の心臓と、この星の深淵に触れるための旅路は、確かな目的地を得た。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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