第101話:忘れられた約束
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セレスティアが石碑に触れると、空間は未知の銀河を映す壮大な仮想現実へと変貌した。神託で視た光景にセレスティアは言葉を失い、リリアンナは伝説の『天球の儀』だと呆然と見つめる。アイも地球連邦の記録にない大発見だと興奮する中、カガヤは、この圧倒的な技術力と、故郷との絶望的な距離を再認識するのだった。
「リリアンナさん、何か分かる事はありますか?」
俺の問いに、リリアンナはハッと我に返り、石碑の表面を食い入るように見つめる。
「……あるわ。『約束の地への道標』と……そして……ここ、『継言けいげん』と……。この二つは、他の文字とは違うわ。かなり古いけれども、古代エルフ語ね」
彼女の声は、信じられないものを見るかのように震えていた。
「約束の地……?それは?」
「そうね。我々エルフの間に伝わる、最も古い創世神話にそんな話があるわ。神々が、私たちの祖先に、いつか大いなる知恵と調和を成し遂げた時、神々の故郷へと至る道が開かれる、と……。まさか、これが……本当にあるなんて……」
リリアンナの言葉は、この「星見の間」が持つ、もう一つの意味を明らかにした。これは、エルフが自ら観測した星図ではない。神々が、彼らに究極の目標として与えた、神々の故郷へのロードマップなのだ。
「では、もう一つの『継言けいげん』とは?」
俺が尋ねると、リリアンナは考え込むように首を傾げた。
「分からないわ。ただ、何かの記録であることは間違いないでしょうけど……」
〈アイ、その『継言』の記録データを引き出せるか?お前の専門分野だろ〉
《マスター、システムの大部分はロックされています。ですが、聖女セレスティアが石碑に接触している状況であれば、その『継言』と名付けられた深層アーカイブへの限定的なアクセスが可能かもしれません。試みますか?》
〈ああ、頼む!〉
《マスター。私が石碑の情報を引き出すためには、石碑に接続する必要があります。マスターも石碑に触れてください。》
俺はセレスティアに、石碑に触れ続けるよう頼んだ。彼女も、自らの力がこの古代の遺物を動かす鍵であることを理解し、真剣な表情で頷く。そして、俺もセレスティアの傍により、石碑に触れる。
ひやりとした石の感触。その瞬間、俺の脳内に、情報の洪水が叩きつけられた。それは意味をなさないエネルギーの奔流、あるいは純粋なノイズの嵐だった。
《マスター。暗号化の形式が、地球連邦のどの体系とも異なります。論理的なロックではない……純粋なエネルギーパターンによる障壁です。》
「くっ……!」
俺は、脳を直接かき混ぜられるような感覚に、思わず歯を食いしばる。
《共振周波数を探ります。マスター、接続を維持してください。私の演算能力の補助として、マスターの脳の並列処理機能を使用します。》
アイの言葉と共に、ノイズの嵐はさらに激しくなる。無意味な光と音が、俺の意識を奪おうと襲いかかってくるようだ。だが、俺は必死に意識を保ち、アイのためのコンジットであり続けた。
数秒が、永遠のように感じられた。
《……見つけました。周波数パターンを特定。ノイズフィルターを起動……データストリームの再構築を開始します。》
やがて、俺たちの目の前の空間に、神々しい気品を纏った、古代エルフの女性の、半透明なホログラム映像が浮かび上がった。彼女の背後では、都市が炎に包まれ、悲鳴と怒号が微かに聞こえる。彼女は、悲痛な、しかし毅然とした表情で語り始めた。それは、後世に残る同胞に向けての、最後のメッセージだった。
【最後の記録】
「……これを聴いている、遠い未来に生きる我らが同胞よ。私は、エルフを束ねる女王フィネラーラ。もし、あなたが再びこの『星見の間』を開くことができたのなら、それは、我らが血脈が、まだ絶えていなかったという証……」
リリアンナが、息を呑む。その瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
「我々は、神々との約束を果たすことができなかった。我らが築き上げたこの黄金の都は、今、炎に包まれている。その炎は、「石の民」――我らが知恵を持たぬ獣と見下していた者たち――の、嫉妬と暴力によって燃え盛っている……」
映像の背景で、人類らしきシルエットが武器を手に、エルフの都市を破壊している様子が一瞬映し出される。
「彼らの、生存のための泥臭い団結力と暴力性は、少数のエルフが誇る洗練された魔法を凌駕した。大地を覆い尽くし、我らの魔法を、その圧倒的な数と狡猾さで打ち破った。数百年続いたこの戦乱……我々は……敗れたのだ。これ以上の抵抗は、我らという種の、完全な滅びを意味するだろう……」
女王の声は、悔しさと絶望に震えていた。
「故に、我らは決断した。神々の遺産、そしてこの『星見の間』を、彼らの手に渡してはならない。我らは、この約束の地への路を自らの手で封印し、歴史の闇に隠遁する。いつか、再び我らが神々との約束を果さんとする、その時まで……」
彼女は、ふと、セレスティアがいる方向へと、そのホログラムの瞳を向けた。まるで、数万年の時を超えて、彼女の存在を感じ取っているかのように。
「だが、希望は残されている。我らが血脈の中に、神々の御業に最も近い魂を持つ者が、いつか現れると、古の予言は示している。その者こそが、我らの忘れられた約束を、再び星々の海へと繋ぐであろう……。希望を継ぐ子らよ、どうか、我らの夢を……」
そこで、記録は途切れた。激しいノイズと共に、女王の姿は光の粒子となって消えていく。
後に残されたのは、圧倒的な静寂と、それぞれが抱える、言葉にならない感情だけだった。
リリアンナは、自らの種族が背負ってきた悲壮な歴史と、託された夢の重みに、言葉もなく、ただその白い頬に涙を伝わせた。セレスティアは、自分がその「希望」である可能性に戸惑い、そしてこれまで感じたことのない使命感の間で、その身を震わせていた。
そして俺は、この世界の歴史の、根深い断絶と歪みを理解した。エルフと人類。神々に選ばれた者と、それを妬んだ者。その対立構造が、今もなお、この星を支配しているのだ。
俺が、仲間たちに言葉をかけようとした、まさにその時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
凄まじい地響きと共に、俺たちが通ってきた唯一の出入り口が、分厚い隔壁によって完全に封鎖された。
「何だ!?」
《マスター! 多数の武装集団が、急速にこちらへ接近中! 彼らは、我々とは別のルートからこの遺跡に侵入した模様!》
アイの警告と同時に、斥候のカゲが音もなく俺の隣に現れ、低い声で告げた。
「……『炎の紋章』だ。数は、五十を超える」
狂信者集団。彼らもまた、この「真実」を求め、あるいは独占するために、この場所へたどり着いたのだ。
彼らにとって、この真実を知ってしまった俺たちは、何としても排除すべき存在に違いない。
絶体絶命の状況。
俺は、呆然とする仲間たちに向き直り、腕の触媒を起動させながら、不敵に笑ってみせた。
「どうやら、招かれざる客のお出ましのようだ。歓迎してやろうじゃないか。――俺たちのやり方でな」
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