第98話:忘れられた真実への扉
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万世の沈黙を破って開かれた石の扉の向こう側は、俺たちが知る世界の理が通用しない、異次元そのものだった。
壁や天井を構成する未知の素材は、それ自体が淡い光を放ち、内部に刻まれた幾何学的な紋様が、まるで生きているかのように明滅を繰り返している。空気は、高いエネルギーの存在を示す微かなハミング音で満たされ、肌を撫でる濃密な魔素の奔流は、これまでに感じたことのない純度を持っていた。
「……これが、旧王都遺跡……」
セレスティアが、目の前に広がる光景に息を呑む。リリアンナもまた、千年の時を生きてきた彼女でさえ見たことのない古代文明の威容に、知的な興奮で瞳を輝かせていた。
「素晴らしい……。まるで、神々の御業を直接目の当たりにしているようだ」
第二王子ゼノンが、畏敬の念を込めて呟いた。彼の言う通り、この光景は、人の手によるものとは到底思えなかった。
《マスター。内部の環境データをスキャン。大気中のエーテル粒子濃度は地上の約17倍。粒子は極めて安定しており、高効率のエネルギー変換が可能です。しかし、これは同時に、ここに存在するあらゆるものが、このエネルギーに鋭敏に反応することを意味します》
アイの分析は、この美しい光景の裏に潜む危険性を警告していた。
「さて、私はここまでだ」
不意に、ゼノンが口を開いた。
「え?殿下はご一緒されないのですか?」
セレスティアが驚いて尋ねる。
「無論だ。これより先は、王家の者でさえ足を踏み入れたことのない未知の領域。何が起こるか分からん。私がここで万が一のことがあれば、王国のパワーバランスが崩れ、かえって君たちの足枷となる。私は地上に残り、君たちの探検が外部に漏れぬよう、万全の体制を敷く。それが、私の役目だ」
彼の判断は、王族として、そしてこの探検の支援者として、あまりにも理に適っていた。彼は、単なる好奇心で動いているわけではない。明確な目的と、そして王族としての責任を負っているのだ。
「カゲ」
ゼノンが短く呼ぶと、斥候のカゲが再び音もなく彼の隣に現れた。
「お前は、彼らと共に行け。何があっても、聖女様とリリアンナ殿、そしてカガヤ殿を守り抜け。これは、我が名において下す、絶対の命令だ」
「……御意に」
カゲは、深く一礼すると、再び俺たちのパーティへと合流した。
こうして、俺たち四人の探検は始まった。ゼノンに見送られ、俺たちは未知のテクノロジーが輝く広大な通路へと、慎重に足を踏み入れた。
道は、まるで巨大な生物の体内を進むかのように、有機的な曲線を描きながら奥へと続いている。数十メートルはあるだろうか、高い天井からは、水晶のように透明な奇妙な植物がいくつも垂れ下がり、その体内を光の粒子が脈打つように流れていた。
「リリアンナ殿。これは一体……?」
「さあね。私の知るどの古代文献にも、このような光景の記述はないわ。まるで、文明そのものが一つの生命体のよう……」
彼女がそう答えた、まさにその時だった。
《マスター、前方、床に圧力センサー。複数。特定の順序で踏まない場合、両側の壁から高エネルギー反応が予測されます》
アイの警告と同時に、カゲがスッと手を挙げて俺たちの歩みを制した。その鋭い目が、前方の床に刻まれた微かな紋様の違いを見抜いていた。
「……罠だ」
その呟きに、俺は頷いた。
「ああ。論理パズルのようだな。」
〈アイ、正しいシークエンスを割り出せ〉
《了解しました、マスター。床の紋様のパターンを分析……。古代エルフの素数数列との一致を98.7%の確率で確認。解法を表示します》
アイが割り出した正解のルート――踏むべき床の紋様の順序――が、俺の脳内に直接流れ込んでくる。俺は即座にそれを理解し、カゲに指示を出した。
「カゲ。三歩前方の渦巻紋、次に右へ一歩、鷲の紋、左斜め前方、太陽の紋……」
カゲは、俺の言葉に一瞬だけ視線を向けたが、一切の疑問を挟まず、ただ静かに頷いた。そして、俺が告げた順序通りに、まるで重力を感じさせないかのような、しなやかな動きで床の紋様を踏み抜いていく。最後のパネルを踏み終えると、通路の奥でカチリ、という小さな音が響き、罠は解除された。
「見事だな」
俺の賞賛に、カゲはただ無言で一礼するだけだった。
しかし、安堵したのも束の間だった。
通路の奥から、無機質な駆動音が響き渡る。闇の中から現れたのは、球体と多面体を組み合わせたかのような、幾何学的な形状の存在だった。それは、金属とも石ともつかない、滑らかな黒い素材でできており、表面には壁と同じ紋様が青白い光を放っている。宙に浮いたまま、一切の無駄な動きなく、俺たちへと向き直った。
自律型ガーディアン。古代の防衛システムだ。
「カゲ、下手に動くな!」
俺は叫び、咄嗟にセレスティアとリリアンナの前に立った。
ガーディアンの中心部にある単眼のようなレンズが、俺に焦点を合わせる。その瞬間、レンズから高密度の魔素の塊が、レーザーのように射出された。
「結界!」
俺が展開した防御壁が、魔素のレーザーをかろうじて受け止める。だが、衝撃は凄まじく、結界に亀裂が走った。
《マスター!あのガーディアンは、周囲のエーテル粒子を直接吸収し、攻撃に転用しています!防御は不利です!》
ならば、攻撃しかない。
俺は、ガーディアンの動きを観察し、そのエネルギーの流れを読む。それは、ただ破壊のための力ではない。計算され尽くした、効率的な防衛プログラムだ。ならば、そのプログラムの予測を超える動きで、懐に飛び込むしかない。
俺は、アイの予測を元に、敢えてセオリーから外れた回避行動を取った。ガーディアンの予測の網をすり抜け、一気にその懐へと飛び込む。そして、腕の触媒から、凝縮した魔素の力を、短く、鋭く、衝撃波として放った。
「喰らえ!」
衝撃波は、ガーディアンの滑らかな装甲を叩き、その内部構造に直接ダメージを与える。ガーディアンの動きが一瞬、不自然に硬直した。
《マスター、内部のエネルギー循環コアに損傷を確認!今です!》
俺はその隙を逃さなかった。再び衝撃波を放ち、同じ箇所を正確に撃ち抜く。
ゴッ、という鈍い音と共に、ガーディアンの内部から青白い光が漏れ出し、やがてその動きを完全に停止させた。
「……ふう。厄介な相手だったな」
俺が息を吐くと、リリアンナが感嘆の声を漏らした。
「見事なものね、カガヤ殿。あなたの動きには無駄がない。力と知恵が、完璧に調和している感じね」
彼女の賞賛を背に、俺たちは再び奥へと進む。
だが、俺たちの行く手を、今度は半透明の、ゆらめく光の壁が塞いでいた。
エネルギー障壁。物理的な攻撃は、まるで水面に石を投げるように、波紋を広げるだけで全く通用しない。
「これは……私でも、手が出せないわね」
リリアン-ナが、悔しそうに呟いた。
《マスター。障壁のエネルギーパターンを分析。特定の高周波エーテル粒子との共鳴によってのみ、中和されるタイプのものです。私の計算では、その波長パターンは……聖女セレスティアが『癒しの光』を発動する際の波長と、99.8%の確率で一致します》
「何だって?」
俺は、セレスティアへと向き直った。
「セレスティア様、この壁に向かって、君の力を……癒しの光を、放ってみてくれないか?」
「え?は、はい!」
彼女は戸惑いながらも、光の壁へと両手をかざした。彼女の体から、あの温かい光があふれ出し、障壁へと注がれていく。
すると、信じられないことが起こった。
光の壁が、セレスティアの光に共鳴するかのように、同じリズムで明滅を始めたのだ。そして、まるで鍵と鍵穴が合わさるように、障壁は中央から静かに消滅し、新たな道が開かれた。
「……なんでだ?」
俺は、思わず呟いていた。
〈なぜ、聖女の、彼女の生体エネルギーが、この古代文明の遺物と完璧に同調するんだ……?〉
新たな、そしてより根源的な謎が、俺の心に深く刻まれた。
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