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第97話:始祖の霊廟

お読みいただき、ありがとうございます。

朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

王立大図書館での密やかな会合から二日後の夜。俺たちは、王城の一室に再び集まっていた。第二王子ゼノンが「打ち合わせのため」という名目で用意した、人払いのされた書斎だ。


「準備はいいかね、諸君」


ゼノンが、テーブルに広げられた古地図を指し示しながら、俺たちの顔を順に見渡した。彼の瞳には、王族としての落ち着きと、未知への冒険に乗り出す子供のような興奮が同居している。


「これから我々が向かうのは、王城の地下、最下層に位置する『始祖の霊廟』。建国王が眠るとされる、王家にとっても最も神聖で、そして最も機密性の高い場所だ。そして、更にその奥、封印されし間だ。当然、警備は厳重を極める。公爵たちでさえ、父王の許可なく立ち入ることは許されない」


「では、我々はどのようにしてその警備を?」


俺が尋ねると、ゼノンは悪戯っぽく笑い、隣に立つリリアンナに視線を向けた。


「そのためのリリアンナ殿だ。彼女は、この王城の、公の記録に残されていない隠された道を、誰よりも知っている」


「隠された道、ですか?」


「うむ。この城がまだ石ころだった時代から、この大地を見てきた方だからな」


ゼノンの言葉に、俺は思わずリリアンナへと向き直った。


「失礼ですが、リリアンナ殿は……いったい、おいくつで?」


その問いに、リリアンナは積まれた古文書から顔を上げ、悪戯な笑みを紫色の瞳に浮かべた。


「あら。女性に年齢を尋ねるのは、あなたの故郷では礼儀作法なのかしら、『星の旅人』さん?」


その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。『星の旅人』――それは、セレスティアが神託で口にした、俺を指す言葉のはずだ。なぜ彼女が、それを知っている?


俺は探るようにゼノンとセレスティアに視線を送るが、ゼノンは驚いた様子もなく、セレスティアはただ静かに微笑んでいる。どうやら、この呼び名は、少なくともこの場にいる者たちの間では、すでに共有されているらしい。


「……そう警戒なさらずに。これから共に世界の謎に挑むのですから、私の素性くらいは明かしておきましょうか」


リリアンナは、ふわりとローブの袖を揺らした。


「私は、ハイエルフのリリアンナ。そうね……この地に最初の砦が築かれていたのを初めて見たのが、もう千年以上も前の話になるかしら。今あるこの王城は、五百年ほど前に建て直されたものだけれど」


千年。その、俺の常識を遥かに超越した時間の単位に、俺は言葉を失った。この王城ですら、彼女の見てきた歴史のほんの一部に過ぎないというのか。俺の知る科学では説明のつかない、生命の神秘がそこにはあった。


《マスター。彼女の生命維持システムは、極めて低い代謝率と、エーテル粒子による効率的な細胞自己修復機能によって成り立っていると推測されます。地球連邦の生命科学の常識を超える、貴重な研究対象です》


アイの冷静な分析が、俺を現実へと引き戻した。


「では、参ろうか」


ゼノンのその一言で、俺たちの探検は始まった。


リリアンナが、書斎の壁に掛けられた巨大なタペストリーの裏にある、隠されたスイッチに触れる。すると、ゴゴゴ……という低い音と共に、本棚の一つが静かに横へとスライドし、闇に続く石の階段が現れた。


「カゲ」


ゼノンが短く呼ぶと、部屋の隅の影が揺らぎ、斥候のカゲが音もなく俺たちの前に立った。ただ一礼すると、先に立って階段の闇へと溶けるように消えていった。その仕事ぶりは、常に完璧だった。


俺たちは、カゲの後に続く。ひやりとした空気が肌を撫でる。道は、魔法の光を放つ苔によって、ぼんやりと照らし出されていた。壁は、ただ湿った石が剥き出しになっているだけだ。しかし、所々に、この通路の建設者たちが残したと思われる、奇妙な幾何学模様の印が刻まれている。それは、公の歴史とは全く関係のない、異質な知識体系の断片なのかもしれない。


〈アイ。この通路の構造、記録しておけ。後で役に立つかもしれないからな〉


《了解しました、マスター。マッピングを開始します》


どれほど下っただろうか。やがて、道は開け、巨大な空間に出た。


そこが『始祖の霊廟』だった。中央には、大理石で作られた巨大な石棺が安置されている。だが、俺たちの目的はそれではない。


「こちらだ」


ゼノンが指し示す霊廟の最奥。そこには、一枚岩をくり抜いて作られたかのような、継ぎ目のない巨大な壁がそびえ立っていた。


「これが、旧王都遺跡への入り口。王家の秘術と古代の魔法によって封印されている」


リリアンナが壁に近づき、その表面に刻まれた微細な紋様にそっと触れた。


「……ふむ。これは、単なる魔法的な封印ではないわね。特定の魔力パターン、つまりは生体エネルギーの波形を認証キーとする、極めて高度なセキュリティシステム。面白い。実に面白いわ」


彼女が、古代エルフ語でいくつかのキーワードを唱えると、壁の紋様が淡い光を放ち始めた。


《マスター。壁の内部から、高レベルのエネルギー反応を感知。これは、認証シーケンスの開始を意味します。リリアンナ殿の詠唱は、システムの起動トリガーのようです》


「カガヤ殿、セレスティア様」


リリアンナが、俺たちを振り返った。


「この扉を開けるには、二つの異なる、しかし根源を同じくする力が必要なようです。カガヤ殿の『理術』の力と、聖女様の『癒し』の力。それを同時に、この紋様の中心に注ぎ込んでください」


俺とセレスティアは顔を見合わせ、頷いた。


俺は腕の触媒に、セレスティアは自らの胸に手を当てる。俺たちの体から放たれた、科学の光と奇跡の光が、二つの螺旋を描きながら壁の中心へと吸い込まれていく。


その瞬間、壁全体がまばゆい光を放ち、地響きと共に、巨大な石の扉が、万世の沈黙を破って、ゆっくりと内側へと開いていった。


扉の向こう側から、空気が流れ込んでくる。それは、この城のどの場所とも違う、完全に純粋で、濃密な魔素が肌を撫でる感覚だった。


そして、俺たちの目の前に広がっていたのは、洞窟でも、石造りの部屋でもなかった。


そこは、魔素そのものが光を放ち、壁や天井を構成する未知の素材が、幾何学的な模様を内側から輝かせている、広大な空間だった。空気は、高いエネルギーの存在を示す、微かなハミング音で満たされている。床には、水晶のように透明な奇妙な植物が生い茂り、その体内を光の粒子が脈打つように流れている。


《マスター……これは……。》


アイの声が、珍しく興奮に揺らいでいた。


《建設素材は、自己修復機能を持つエネルギー伝導性ポリマー。内部のエネルギー署名は、既知のいかなる文明パターンとも一致しません。これは、完全な未知のテクノロジーです。》


目の前に広がる光景に、セレスティアは息を呑み、リリアンナは知的な興奮にその瞳を輝かせている。そして俺は――俺、カガヤ・コウは、元研究者として、そして現・宇宙商人として、この惑星で初めて、自らが追い求めるべき真の「宝」を発見したことを、確信していた。


失われた古代文明の、荘厳で、神秘的で、そして圧倒的に美しい遺物。俺たちが開けたのは、単なる遺跡への扉ではなかった。


この世界の、忘れられた真実へと至る、最初の扉なのだ。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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