第96話:集いし探究者たち
お読みいただき、ありがとうございます。
朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
第二王子ゼノンが残した古地図は、俺の部屋のテーブルの上で、静かに、しかし雄弁に、未知への扉の存在を物語っていた。旧王都遺跡――その言葉の響きだけで、俺の科学者としての探求心は燃え上がっていた。
「アイ。この地図の情報を、既存の王都のデータと統合し、三次元モデルを構築してくれ」
《了解しました、マスター。モデル構築を開始します。……完了しました。》
アイがそう応えると、俺の目の前の空間に、王都のホログラムが淡い光を放ちながら展開される。地上のにぎやかな街並みの下、複雑に絡み合った地下水路や通路網が可視化され、そのさらに深奥、王城の真下に、巨大な空洞が存在しているのが示された。
《マスター。遺跡への物理的アクセスルートは、現在、王城の地下最下層にある『始祖の霊廟』の奥、大理石の壁によって完全に封鎖されています》
やはり、一筋縄ではいかないか。確か、王家の秘術と古代の魔法で閉ざされているという話だったな。
翌日、俺とセレスティアは、第二王子の手配により、王立大図書館へと向かうことになった。彼が言っていた「仲間」との顔合わせのためだ。
王立大図書館は、王都の学術地区の中心に、まるでそれ自体が知の巨人のようにそびえ立っていた。内部は、吹き抜けの巨大な空間が広がり、壁一面が天井まで続く本棚で埋め尽くされている。そこは、乾燥した空気と、古い石、そして古い羊皮紙とインクが混じり合った、知識そのものが凝縮されたような独特の香りが満ちていた。
「すごい……。本は、どうやって取り出すのでしょう?」
セレスティアが、天井近くの本棚を見上げながら感嘆の声を漏らす。彼女の言う通り、物理的な梯子などでは到底届きそうにない高さだ。
その時、一冊の本が、ふわりと本棚から浮き上がり、調べ物をしていた別の学者の元へと静かに飛んでいくのが見えた。
「魔法、か?」
《いえ、マスター。あれは、各書籍に埋め込まれた微細な魔石と、図書館全体を覆う魔力フィールドとの反発・吸引作用を利用した、一種の音響浮遊です。極めて高度な物質制御技術です》
俺とアイがそんなやり取りをしていると、奥の特別閲覧室から第二王子ゼノンが姿を現した。今日の彼は、王子の正装ではなく、動きやすい軽装だ。
「来てくれたか、カガヤ殿、セレスティア様。紹介しよう。君たちの冒険に、知恵という名の灯りを貸してくれる人物だ」
彼が手招きする閲覧室の奥、山と積まれた古文書に囲まれて、一人の女性が静かにこちらに視線を向けた。
銀色の長髪は、複雑な三つ編みに結い上げられ、落ち着いた紫色のローブを纏っている。尖った耳が、彼女が人間ではないことを示していた。外見は二十代後半ほどに見えるが、その紫色の瞳に宿る光は、まるで夜空そのもののように、計り知れないほどの時間と叡智を湛えていた。
「よろしく、リリアンナだ。王立大図書館の特別顧問を務めている。君のことは、アルケム殿と王子殿下から伺っているよ、君が、かの『分離薬学』を編み出し、聖女様の『神託』の謎に挑もうとしている、噂の張本人か。ふむ……面白い。実に、面白い」
彼女の声は、夏の夜風のように穏やかで、心地よかった。
リリアンナは、俺をまるで希少な古代遺物でも見るかのように、好奇心に満ちた目で観察している。その視線に、悪意はない。ただ、純粋な知的好奇心の塊。それが彼女の第一印象だった。
「リリアンナ殿は、この国で唯一、古代魔法文明の言語と法則を解読できる方だ。遺跡の謎を解くには、彼女の知識が不可欠となる」ゼノンが説明を加える。
「しかし、王子殿下」
俺は、閲覧室のテーブルに広げられた遺跡の地図を指さした。
「知識だけでは、この迷宮を踏破するのは骨が折れそうです。未知の罠、古代の防衛システム、そしてそこに巣食うかもしれない魔獣……。私は多少なりとも戦えますが、専門の戦士ではありません。ましてや、セレスティア様を危険に晒すわけにはいかない。斥候役と、俺たちの盾となる前衛役、それぞれ一人ずつは欲しいところですが?」
俺の言葉に、ゼノンは待ってましたとばかりに口元を緩めた。
「いや、謙遜しなくとも良い。カガヤ殿が十分に強いことは、先日見させてもらったからな。だが、懸念があるのも、もっともだ。だから、その役目を担う者も用意してある」
ゼノン殿下が合図をすると、部屋の隅の影が、ふっと揺らぎ、そこから一人の人物が音もなく姿を現した。
いつからそこにいたのか、俺も、そしてアイでさえも、その気配を全く感知できていなかった。その佇まい、そしてフードの奥から感じる鋭い視線……間違いない、あの時の……。
《マスター。過去の記録データと照合。ヴェリディアでの襲撃時、及び悔悟の塔で接触した人物と99.8%の確率で同一です》
やはりか。アイの報告が、俺の記憶を確信へと変える。
その人物は、俺と同じくらいの背丈だが、無駄な肉を極限までそぎ落とした、しなやかな体つきをしていた。黒い軽装鎧に身を包み、その顔はフードの影に隠れて半分しか見えない。だが、その鋭い鷲のような目が、油断なく俺たちを観察しているのが分かった。
「……カゲ」
その人物は、短く、そう言った。その声は、まるで石が擦れ合うような、感情の乗らない響きをしていた。あくまで初対面、という態度を崩さない。
「カゲは、王家に仕える『影』の一人だ。まあ、カガヤ殿はもう知っているかもしれないがね」
とゼノンは意味ありげに笑う。
「この国で最高の斥候であり、潜入と偵察の専門家だ。これの右に出る者はいない。遺跡の物理的な罠や敵の気配を探らせるのに、これ以上の適任者はいないだろう。私の名において、忠誠は保証する」
カゲは、ゼノンに一礼すると、再び影のように気配を消した。だが、その存在感は、先ほどよりも確かに、そこに在った。
こうして、俺たちの即席の冒険パーティは結成された。
指揮と「理術」による状況分析、そして、結局前衛も兼ねることになった、俺、カガヤ。
「神託」によるルートの示唆と、癒しの力を持つ、聖女セレスティア。
古代文献の解読と、魔法的障壁の知識を持つ、学者リリアンナ。彼女は、強力な魔法の使い手でもあるらしい。
そして、物理的な罠の解除と、敵の気配察知を担当する、斥候カゲ。
あまりにも異質で、寄せ集めのパーティ。だが、それぞれの目的は一致している。旧王都遺跡に眠る『禁書』、そして世界の真実の探求。
「さて、探究者たち」
リリアンナが、楽しそうに瞳を輝かせた。
「まずは、この王家の秘術とやらで固く閉ざされた、古びた扉をどうやってこじ開けるか、相談と行こうじゃないか」
俺たちの真実への探求は、その一歩を踏み出したのだった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。
感想やレビューも、心からお待ちしています!




