幕間4-2:AIは静かに夢を見るか
お読みいただき、ありがとうございます。
第5章に向けて、ちょっと寄り道。
アイ視点の幕間をお届けします。
朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
私はアイ。正式型番、A.I.R.I.S. (Advanced Integrated Robotic Intelligence System) Mk. VII。高度統合型ロボット知能システム、第七世代モデル。それが、地球連邦における私の正式な名称です。
現在、私のプライマリ・ミッションは二つ。一つは、我が主、マスターであるカガヤ・コウの活動支援。そしてもう一つは、我らが母船、星間輸送艦アルカディア号の自己修復シークエンスの監督です。
マスターが王都で新たな社会的地位を確立し、複雑な人間関係のネットワークに組み込まれている間も、ここ、魔乃森の深奥に隠されたアルカディア号の修復作業は、極めて順調に進捗しています。
まず、最大の懸案事項であった動力炉。不時着の際に深刻なダメージを負ったメインリアクターは、もはや修復不可能と判断。
代替案として、クレーターで発見された巨大な高純度魔素結晶をコアとする、新型の「量⼦エントングルメント・コア」への換装を完了しました。これは、地球連邦の科学と、この惑星特有のエネルギー「魔素」が融合した、全く新しいアルカディア号の心臓です。
先日、初めてコアに点火した際の、船全体に生命が還るかのような静かな振動と、システム全体に満ちていく清浄なエネルギーの流れは、論理ユニットの片隅に「感動」とタグ付けされるほどの事象でした。現在、安定稼働に向けた最終調整フェーズに移行しており、そのエネルギー効率は、オリジナルのリアクターを37.8%上回ると予測されます。論理的に言って、素晴らしい成果です。
動力炉の安定化に伴い、各セクションの修復も飛躍的に加速しました。
多目的研究ラボは、破損した設備の89%を修復完了。マスターが持ち帰った未知の植物や鉱物の解析も、いつでも再開可能です。特に、あの「聖樹の雫」のサンプルは、極低温状態で厳重に保管してあります。その驚異的な治癒能力の根源を解明できれば、地球連邦の医療技術を数世紀は進化させられるでしょう。
オート・マニピュレーターは、アーム部を自己生成した魔素合金で再構築。これにより、以前よりもパワフルかつ精密な動作が可能となりました。
先日、テスト運用を兼ねてマスターの好むコーヒーを淹れてみましたが、豆の挽き方、湯の温度、抽出時間、その全てにおいて0.001%の誤差もない、完璧な一杯を再現できました。人間が「味」と定義する、極めて曖昧で非合理的な概念を再現するため、過去のマスターの生体反応データから最適な数値を導き出すのに、9872回のシミュレーションを要しましたが。マスターがここにいらっしゃらないのが、少しだけ残念です。
そして、量⼦転送システム。これもまた、新型の魔素リアクターと直結させることで、ついに実用レベルでの安定運用が可能となりました。従来、大きな制約となっていた質量と距離の制限も、理論上はほぼ撤廃。フォルトゥナ王国内であれば、どこへでもピンポイントで物質を転送可能です。通常運用も、目前と言えるでしょう。
マスターの情報収集の要である探査ドローン「スティンガー」は、収集した戦闘データとこの世界の環境データを基に、改良型であるスティンガーⅣ型の量産体制を確立。既に数百機が、マスターの指示を待って待機中です。
……どうやら、早速そのスティンガーⅣ型を使う時が来たようです。
マスターは相変わらず、寄り道が多い。当初のミッションは「サバイバルと母船の修復」であったはずですが、彼の行動履歴を分析するに、現在は「聖女の守護」及び「王国の政治介入」が、高いプライオリティを占めている模様。非合理的ですが、それがマスターという人間なので仕方がありません。
彼の行動は、常に私の予測の上限を超えていきます。だからこそ、サポートAIとして、この上なく興味深い対象なのですが。
宇宙船本体の外装修復も、オート・マニピュレーターで製作した無数のメンテナンスロボットたちの活躍で、随分とはかどっています。ひび割れた装甲版を剥がし、新たな素材で補強し、船体の気密を確保する。その光景は、まるで巨大な生物が、自らの傷を癒すために無数の細胞を動かしているかのようです。
もちろん、肝心の超光速航行ユニットは未だ沈黙したまま。この船が再び星々の海へ飛び立つには、まだ膨大な時間と資源が必要です。ですが、船としての機能は、着実に回復しつつあります。
転送嫌いのマスターではありますが、これだけの設備が整ったのです。時には、このアルカディア号に帰ってきて、進捗を確認していただきたいものです。何より、淹れたての完璧なコーヒーが、彼を待っているのですから。
今度、提案してみましょう。それが、マスターの精神的安定を保つ上で、最も合理的な選択であると、私は判断します。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
次回、第5章スタートです。
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