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幕間4-1:星の乙女が見た夢

お読みいただき、ありがとうございます。

第5章に向けて、ちょっと寄り道。

セレスティア視点の幕間をお届けします。


朝・昼・夕の1日3回の更新を目指しています。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

私はセレスティア。セレスティア・ウル・エクレシア。

ここフォルトゥナ王国の中央教会で、聖女の任に就いています。


私が初めて、聖女と呼ばれる力を発揮したのは、七年前のことでした。


まだ幼かった私が住んでいた村が、魔獣の群れに襲われたのです。森の木々をなぎ倒し、土煙を上げて迫りくる異形の獣たち。逃げ惑う人々の悲鳴と、それに立ち向かう男衆の怒号が入り混じり、世界は一瞬にして地獄絵図と化しました。しかし、ただの村人たちに、凶悪な魔獣を何とかできるはずもありません。人々は蹂躏され、多くの者が傷つき、命を落としていきました。


私は、その光景に平常心を失いました。恐怖と無力感にただ震え、祈ることしかできなかった。


その時です。


私の身体に、突如として何か巨大で、温かい力が流れ込んできました。それは私の意思とは全く関係なく、まるで天から降り注ぐ光の奔流が、この小さな身体を器として顕現したかのようでした。私はどうすることもできず、ただ呆然と立ち尽くすのみ。


しかし、周りからはそうは見えなかったようです。私を通った力は目映い光となり、戦場を包み込み、傷ついた人々を癒した、と。


人々はそれを「奇跡」と呼びました。「百年に一度の聖女の誕生だ」と。


その話を聞きつけた正教会に迎え入れられ、私は聖女となりました。


ですが、あの奇跡は、私が起こしたものではないのです。


私を通して、何かが、起こっているだけ。私には、自分の意志であの力を制御することはできません。ただ、求められるままに…器として……、そう、器として身を委ねているに過ぎないのです。


私が聖女としてこの地に赴いてから、七年の月日が流れました。


あの日以来、あのような大規模な奇跡の癒しは起こせていません。それはそうでしょう。あれは私の意思で起こったことではなかったのですから。私はそう思っています。


これまでは、聖女とは名ばかりで、市井の民の簡単な治癒や慰問、そして教会での説法にその日々を費やしていました。


私が聖女と呼ばれるもう一つの所以は、私が見る夢にあります。


私は時折、自分の知らない風景、知らない世界の夢を見ます。人々はそれを「神託」と呼び、その断片的な言葉に意味を見出そうとします。しかし、私にとっては、それはただの夢。孤独な夜に見る、不思議な映像に過ぎませんでした。


そんなある日、教会の表がにわかに騒がしくなりました。


どうやら「異端者」が、この中央教会に護送されてきたそうです。筆頭異端審問官のサルディウス様が、辺境の地から連れてきた、と。


私は、あの方が少し苦手です。神の教えは、もっと寛大であるはず。少し考え方が違うというだけで人を異端者として裁き、その尊厳を奪うなど、神がお許しになるはずがありません。


その異端者は、悔悟の塔に収監されたと聞きました。ですが、それは私には関係のないこと。私の微々たる力では、どうしようもないのですから。そう思うと、胸が締め付けられるように、悲しくなりました。


その夜、私は夢を見ました。


いつも見る断片的な風景とは違う、鮮明で、そしてひどく物悲しい夢でした。


見たこともない、黒鉄の巨大な箱のような乗り物。それが、無数の光の点が川のように流れる、漆黒の海を渡っていく。星々の海、と直感的に理解しました。その乗り物の中に、一人の若者がいました。彼はたった一人で、計器の放つ青白い光に照らされながら、静かに前を見据えている。


しかし、星の海は突如として荒れ狂い、乗り物は木の葉のように翻弄され、光の奔流に呑み込まれ、遥か彼方へと飛ばされてしまう。


星々の海を、たった一人で渡る、ひどく孤独な旅人の姿――。


夢から覚めた私は、すぐに分かりました。あの孤独な旅人こそ、今日サルディウス様が連れていらっしゃった、異端と呼ばれる方に違いありません。


なぜかは分かりません。ですが、あの方に逢わなければならないと、強く、強く感じたのです。


あの方なら、私のこの力の正体を、この孤独の理由を、解き明かしてくれるかもしれない。


まだ見ぬ、星の海を渡る孤独な旅人。その姿に、私は焦がれるような、不思議な思いを抱いていました。


私はサルディウス様に進言しました。かの異端者に、癒しを与えたい、と。


「なりません」


サルディウス様の返答は、鉄のように冷たく、そして即座のものでした。


「聖女様が、穢れた異端者に近づくなど、あってはならぬことです。彼の魂は、悔悟の塔で、神の裁きを待つべきなのです」


彼の言う「神の裁き」が、どのようなものか、私には分かっていました。ですが、ここで引き下がるわけにはいきません。夢の中のあの孤独な瞳が、私の脳裏に焼き付いて離れないのです。


私は、一つの賭けに出ました。


「では、審問官様。私が、民への癒しを試みることをお許しください。もし、七年前のあの奇跡を再び起こすことができたなら…それは、神が私の行いを是とした証。その時は、あの方との面会をお許しいただけますか」


サルディウス様の眉が、ぴくりと動きました。彼はことあるごとに、私にあの奇跡の再現を求めていました。教会の権威を高めるために。私は、自分の力が制御できないことを理由に、ずっと断り続けていました。ですが、この時、なぜか私の口からは、自分でも信じられない言葉が出ていたのです。


サルディウス様は、私の申し出をしばらく吟味するように黙考した後、その口元に冷たい笑みを浮かべました。


「よろしいでしょう。ですが、もし奇跡が起きなければ…その時は、異端者への一切の関心を断ち、聖女としての務めに専念すると、神に誓っていただきます」


彼には別の思惑があったのでしょう。私が失敗すれば、その無力さを民衆の前に晒すことで異端者への同情を断ち切ることができる。そして、もし万が一成功すれば、それはそれで教会の威厳を示す絶好の機会となる。彼にとっては、どちらに転んでも損のない賭けだったのかもしれません。


私は、大聖堂の広場に集まった、多くの人々の前に立ちました。


今までは、成功するはずがないと思っていました。ですが、この時、なぜか成功する確信がありました。夢の中のあの人が、私に力を与えてくれているような、不思議な感覚。


私は静かに目を閉じ、祈りを捧げました。すると、あの七年前と同じ、温かく巨大な力の奔流が、私の身体を通り抜けていきました。目を開けると、広場は目映い光に包まれ、人々の驚きと歓喜の声が、波のように押し寄せてきました。


癒しの奇跡は、成ったのです。


その結果、サルディウス様は渋々ではありますが、異端者との面会を認めてくださいました。


大聖堂の奥深く、静かな中庭で、私はその方にお会いしました。カガヤ様、と仰るようでした。


やはり、あの方でした。夢の中で見た、孤独な旅人。そして、お会いして確信しました。あの方こそが、私をこの苦しみから解き放ってくれるお方なのだと。


次にお目にかかった時は、私の全てをお話ししよう。


私の魂が、あの方を求めている。


この衝動こそが、神託が示す未来への道標なのだと、私は確信するのでした。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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