第10話:新たなるアルカディア
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あれから、更に数週間が過ぎた。
俺のサバイバル生活は、もはや「サバイバル」と呼ぶのが躊躇われるほど、安定し、洗練されていた。クエイク・ボアの狩りは日課となり、斥力スピアで急所を貫き、ナノマシンに解体させる一連の流れは、呼吸をするのと同じくらい自然な作業となっていた。
魔獣肉の摂取によるものか、あるいは過酷な環境がそうさせたのか、俺の身体能力は地球にいた頃とは比較にならないほど向上していた。五感は研ぎ澄まされ、森の僅かな空気の揺らぎでさえ、脅威の予兆として感じ取ることができる。
「マスター、アルカディア号の自己修復システムへ、本日収集した鉱物資源を投入します。修復率、0.03%上昇。現在までの総修復率は1.87%です」
アイの淡々とした報告を聞きながら、俺はアルカディア号の残骸を見上げた。ナノマシンが、船体の裂け目を健気につなぎ合わせていく。その光景は、希望であり、同時に、途方もない現実を俺に突きつけていた。
「なあ、アイ。このペースで、完全に元通りになるまで、あとどれくらいかかる?」
「……試算します。マスター。この惑星で入手可能な資源のみを利用し、現在の船体――全長150メートルの多用途長距離輸送艦を完全に復元する場合、必要な年月は、およそ387年です」
「……だよな」
387年。それは、もはや天文学的な数字と言っても過言ではない。要は無理ゲーなのだ。
しかし、俺は、その途方もない年月に絶望する代わりに、不思議なほど冷静に、その事実を受け入れていた。元々、地球へ帰るという選択肢は、俺の中では限りなく薄れていた。俺の目的は、この星で生き抜き、この「設計された生態系」の謎を解き明かすこと。
ならば……
「全てを復元する必要はないな。俺たちがこの星で生きていくために、本当に必要な機能だけを抽出して、新しい『アルカディア号』を造るんだ」
俺の宣言に、アイは肯定した。
「マスターのプランに同意します。どの機能を優先的に復元しますか?」
「まずは、この船を再び空に飛ばすことだ。飛ばない宇宙船は、ただのデカい箱だからな。メインエンジンである『プラズマ・インパルスエンジン』と、姿勢制御用の『バーニアスラスター』は必須だ。この際、ワープドライブは後回しでいい」
「了解しました。プラズマ・インパルスエンジンは3基中1基が修復可能です。バーニアスラスターも、船体各所のものを再利用できます。これらにより、大気圏内の限定的な飛行は可能となります。次に、生命維持に関するモジュールはどうしますか?」
「ああ、そうだな。最優先は『統合医療モジュール』だ。俺が死んだら、元も子もないからな」
「了解。医療モジュールの中枢部はほぼ無傷です。魔素リアクターからの安定した電力供給があれば、完全な機能回復が可能です。ナノマシンによる自己修復と、マスターの体内メンテナンスも継続できます」
次に、俺は簡易ラボを見渡した。ここが、俺たちの力の源泉だ。
「当然、『多目的研究ラボ』も必須だ。この世界の謎を解く鍵は、ここにある」
「ラボの大型分析装置は損傷が激しいですが、先日採取したスカイ・レイザーの巣の鉱石を利用すれば、より高感度なセンサーを代替製造できます。むしろ、性能は向上するでしょう」
俺は頷き、思考を続ける。
サバイバル生活で、俺は自らの非力さを痛感してきた。
「精密作業や大型資材の加工には、『オート・マニピュレーター』が要る。それと、採取した素材を安全に保管・運搬するために、『量子転送システム』もだ」
「オート・マニピュレーターは、魔素合金でアーム部を再構築することで、以前よりパワフルかつ精密な動作が可能になります。量子転送システムは、エネルギー消費が最大のネックでしたが、魔素リアクターと直結させることで、質量と距離に制限は生じるものの、実用レベルでの運用が可能となります」
そして、俺自身の強化。この危険な世界で生き抜くには、俺個人の能力向上も欠かせない。
「俺自身の戦闘能力を引き上げる、『神経同期学習システム』も復元したい。お前のデータベースにある戦闘データを、俺の身体に直接インストールできれば、生存率は飛躍的に上がる」
「可能ですが、マスターの身体は魔素の影響で、地球人標準から逸脱し始めています。システムとの完全な同期には、精密な再調整が必要です。これには、マスターに一時的に高い負荷がかかりますが、実行しますか?」
「望むところだ」
最後に、俺たちの「目」と「耳」となる物。あの謎のパルスの正体を突き止めるためにも、これは絶対に必要だ。
「そして、『長距離スキャンアレイ』と、多次元複合センサーアレイ『ヘイムダル』。この二つがなければ、俺たちは永遠にこの森の迷子だ」
「マスター。その二つのモジュールは、最も損傷が激しく、ほぼ全てのパーツを新規で製造する必要があります。特に、ヘイムダルの中枢を担う超高感度センサーの再構築は、現状の素材では不可能です」
アイの言葉に、俺は眉をひそめた。だが、彼女はすぐに続けた。
「……ですが、スカイ・レイザーの巣から採取した、あのエネルギー伝導率の高い鉱石。あれをコア素材として利用すれば、あるいは……。成功すれば、以前のヘイムダルを遥かに凌駕する、超広域探査システムが完成する可能性があります」
全てのピースが、ハマった。
俺は、目の前の空間に、新しい船の設計図を思い描いた。全長150メートルの巨大輸送艦ではない。今の俺たちに必要な機能だけを、無駄なく凝縮した、全長30メートルほどの、小型で高機能な探査艇。船体には、魔素合金や魔獣の素材が使われ、この世界の環境に溶け込むような、有機的で力強いフォルムを持つ。
「アイ。新しい船の設計を頼む。船名は、変わらず『アルカディア号』だ。だが、それはもう故郷への帰還船じゃない。俺たちがこの未知の宇宙を生き抜くための、新しい方舟だ」
「了解しました、マスター」
アイの言葉と共に、俺の目の前に、新しいアルカディア号の設計図が、青白いホログラムで描き出されていく。その光景に、俺は言いようのない高揚感を覚えていた。
その時、アイがふと、報告を付け加えた。
「マスター。新しいアルカディア号の建造計画ですが、現状の素材では、決定的に不足しているパーツが一つだけあります」
「何だ?」
「ヘイムダルセンサーの中枢を担う『量子エンタングルメント・コア』です。その再構築には、現在我々が持つ魔素リアクターの結晶よりも、さらに純度が高く、安定した魔素結晶が不可欠となります」
「……さらに高純度の結晶、か」
俺は、思わず天を仰いだ。また壁だ。一つ問題をクリアしたと思えば、すぐに次の、より高い壁が現れる。この星は、まるで俺たちを試しているかのようだ。
「何か手がかりは無いのか、アイ。地質データでも、ドローンの観測記録でも、何でもいい。何か、異常な数値を示している場所は?」
俺は、藁にもすがる思いで尋ねた。
「これまでの探査範囲内では、該当する鉱脈やエネルギー反応は確認されていません。ですが……」
アイは一瞬、言葉を切り、モニターの表示を切り替えた。そこに映し出されたのは、スティンガー73号機が最後に送ってきた、あのノイズ混じりのデータだった。
「……先日、通信が途絶したスティンガー73号機が観測した、あの特異なパルス。あれを、もう一度解析してみる価値はあるかもしれません。あれがただのノイズでないとしたら……」
「そうだ、あれだ」
俺の脳裏に、あの不自然なほど規則的なパルスが蘇る。あれは、俺の科学者としての勘に、確かに何かを訴えかけていた。
「アイ、そのパルスデータを、高純度魔素結晶が生成される際の理論上のエネルギー特性と照合しろ。万に一つの可能性でもいい。何か、相関関係が見つかるかもしれない」
「了解。再解析を開始します」
アイのプロセッサが、猛烈な速度で回転を始める。俺は、固唾を飲んでモニターを見守った。数分が、永遠のように感じられる。
「……マスター。驚くべき相関関係を発見しました。あのパルスのエネルギー特性は、高純度の魔素結晶が、強力な地磁気と魔素フィールドの下で、自然に生成される際の共振パターンと、94.2%の類似性を示しています」
その言葉に、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。偶然か? いや、違う。これは、この星が俺に示してくれた、道標だ。
ドローンが消息を絶った、あの不吉な場所。そこが、俺たちの未来を切り開く、希望の地である可能性が高い。
「謎の解明」と、「未来の創造」。二つの目的が、今、一つの線で結ばれたのだ。
「……決まりだな」
俺は、描き出されたばかりの新しいアルカディア号の設計図と、モニターに表示されたパルスの発信源を、交互に見つめた。それは、途方もないリスクを伴う、大きな賭けだった。だが、この星で生きるということは、常にそういうことなのだ。
「アイ、長期遠征の準備を始めるぞ。目的地は、スティンガー73号機が最後に通信を絶った、あの場所だ」
新たなる方舟のコンパスは、謎のパルスが示す先を、確かに指し示していた。
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