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第1話:絶望、そして奇蹟

SFと異世界ファンタジーを融合させた物語に挑戦してみました。

拙い部分も多いかと思いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。

宇宙は、その深淵において常に沈黙している。星々の誕生も、その死も、音もなくただ光と闇のスペクタクルを繰り返すだけだ。

俺、カガヤ・コウは、そんな静寂を愛していた。自らの城である星間輸送艦「アルカディア号」のコックピットで、淹れたてのコーヒーの香りに包まれながら、計器類が奏でる穏やかなハミング音を聞く。それが、俺の日常であり、全てだった。


「マスター。次のワープポイントまで、あと標準時間で3.7時間です。目的地、プロキシマ・ケンタウリ系第三惑星の交易ステーションには、予定通り到着する見込みです」


俺の隣、空間に浮かび上がった青白い光の人型――俺の唯一の相棒であるAI「アイ」が、いつも通りの冷静な声で報告する。正式型番A.I.R.I.S. Mk. VII。アルカディア号に搭載された高度統合型ロボット知能システム。透き通るような青い光で形作られた彼女のホログラフィックアバターは、普段と変わらず俺の隣に浮かんでいる。予算の都合で実体がないホロタイプになったのは、今となってはご愛敬、俺にとってはどんな人間よりも信頼できるパートナーだった。


「了解。たまにはコーヒーでも飲むか、アイ? レプリケーターの新作ブレンドが、なかなかイケるぞ」


「私は感覚器官を持ち合わせておりませんので、その申し出は論理的に無意味です。ですが、マスターのその非合理的な気遣いには、感謝します」


相変わらずの減らず口だ。俺は苦笑し、再び計器に目を戻した。地球連邦宇宙科学アカデミーの研究職を飛び出し、全財産をはたいて手に入れたこの中古の輸送艦。それは、官僚主義と欺瞞に満ちた研究の世界から俺を解放してくれた、自由の翼そのものだった。星々を巡り、未知の鉱物や工芸品を運ぶ。リスクは高いが、誰にも縛られない。そんな気ままな宇宙商人の暮らしが、俺には何より性に合っていた。


そう、ほんの数時間前までは。


その「時」は、何の前触れもなく訪れた。超空間跳躍――ワープの最中だった。通常、亜光速で航行するアルカディア号が、物理法則を超えて星系間を移動するための、人類の叡智の結晶。そのワープ空間が、突如として悲鳴を上げたのだ。


『警報! 警報! 未知の重力干渉を検知! 空間座標、不安定!』


アイの声ではない。アルカディア号そのものが発する、断末魔のようなアラート音だった。

視界がぐにゃりと歪む。コックピットの窓の外、色とりどりの光の川となって流れていたはずの超空間が、まるで黒いインクをぶちまけたかのように、禍々しい闇に染まっていく。


「なんだ、これは!? アイ、状況を!」


「マスター、原因不明の空間の歪みです。クライン・ワープコアが、未知のエネルギーに過剰反応しています。制御不能」


アイのホログラムが、激しく明滅を繰り返す。彼女の声に、初めて「焦り」というノイズが混じった気がした。


「くそっ、機体が持たねえ!」


安全ハーネスが肉に食い込み、内臓が悲鳴を上げるほどのGが全身を押し潰す。俺は必死に操縦桿を握りしめ、この宇宙の嵐から抜け出そうともがいた。だが、全長150メートルを超える俺の城は、もはや木の葉のように弄ばれるだけだった。


どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも思える暗闇と衝撃の後、アルカディア号は、まるで巨大な獣が獲物を吐き出すかのように、乱暴に通常空間へと放り出された。

そして、その時、目の前のメインモニターに映し出されたのは、息を呑むほどに美しい、巨大な碧い惑星だった。だが、その美しさを味わう暇などない。俺たちの船は、その惑星の強大な重力に捕らわれ、燃え尽きようとする流星のごとく、その大気圏へと突き進んでいたのだ。


「マスター、主推進機関は完全に停止。復旧には数日を要します。補助スラスターも限界です。このままでは確実に地上へ墜落します」


「脱出ポッドは!?」


「機能しません。重力圏に捕らわれているため、大気圏離脱も不可能です」


アイの言葉は、冷徹な死の宣告だった。プラズマの奔流が船殻を舐め、無数の破片が彗星の尾のように煌めきながら剥離していく。通信は途絶し、星図上の座標も意味をなさない。俺たちは、広大な宇宙のどこかに、完全に孤立したのだ。


「何だよちくしょう! それってもうダメって事じゃないか! そういうのじゃなくて、生き残る確率ってやつを教えてくれよ!」


俺は、怒号にも似た声で叫んだ。諦めきれるものか。俺の人生、俺の魂そのものであるこのアルカディア号と共に、こんな見知らぬ場所で、ただの鉄屑になってたまるか。

俺の荒々しい感情を読み取ったのか、アイは一瞬の沈黙の後、新たな可能性を提示した。


「マスター。限りなく0に近いですが、0ではありません。生存の可能性は0.135パーセント。ひとつだけ、助かる可能性があります」


「何だ! 言ってみろ!」


「はい。この惑星の大気には、極めて高濃度の未知のエネルギーが含まれています。」


「未知のエネルギー?」


「ハイ。マスター。私のデータベースに完全一致する情報はありません。ですが……過去のデータバンクに、これと非常に良く似たエネルギーパターンの記録が一件だけ存在します。これを分析、利用できれば、墜落時の衝撃を緩和し、生存の可能性をわずかに高められると予測します」


酷似した未知のエネルギーパターン。その言葉に、俺の心の奥底で、忘れかけていた科学者としての探究心が、ちりりと音を立てた。アイの言う記録、それは間違いなく、かつてアカデミーで俺が追い求め、そして失望と共に捨て去ったはずの、あの『エタニティ・ゲート』プロジェクトのデータだ。理そのものを歪める可能性を持つエネルギー、あまりにも危険すぎるが故に封印された禁断の力。皮肉なものだ。俺が捨てた過去の研究が、今、俺の唯一の命綱になろうとは。


「ただし、これは理論上の仮説であり、リスクは極めて高いです」


アイが付け加える。だが、もう迷っている時間はない。絶望の底で、0.135パーセントという数字は、もはや奇蹟と呼ぶにふさわしい希望の光だった。


「クソッ!! やるしかねえな! アイ、指示をくれ!」


俺の決意に、アイのホログラムが、力強く頷いたように見えた。


「了解しました、マスター。脳波同期を最大に。私が直接、マスターの神経系統にアクセスし、機体の制御を補助します」


刹那、脳を直接殴りつけられたかのような、強烈な衝撃。意識が白く染まり、俺の五感が、アルカディア号の隅々にまで張り巡らされたセンサーと完全に一体化する。大気の焼ける匂い、風の唸り、船体が軋む悲鳴。その全てが、俺自身の痛みとなって伝わってくる。


「トラクタービーム、前方に反転、最大出力!」


アイの命令が、俺自身の意志となって機体を動かす。機首から不可視の力場が展開され、落下速度が、ほんのわずかに、しかし確実に和らいだ。


「転移装置起動! 衝撃直前、ピンポイントで磁場を発生させます!」


ワープコアの残存エネルギーが、最後の輝きを放つ。地面が、一瞬だけ遠ざかった。だが、焼け石に水だ。眼前に迫る、鬱蒼とした、黒に近い緑の森。衝突は、もう避けられない。


「異次元物質収容! 緊急回避シェルター展開!」


船体の一部が、空間に溶けるように半透明になる。アイが、コックピット区画だけでも守ろうとしているのだ。その必死の抵抗が、俺の意識に直接伝わってくる。

だが、そこまでだった。

あまりの衝撃とGに、俺の意識が、急速に闇の底へと沈んでいく。まるで、冷たい泥の中に引きずり込まれるように。その中で、俺は確かに、アイの最後の言葉を聞いた。


「生存確率......0.09パーセント。マスター、私......諦め......」


その声は、途中でノイズにかき消された。

轟音。閃光。そして、全てを無に還す、絶対的な暗転。

俺の意識は、そこで、完全に途絶えた。

お読みいただきありがとうございます。

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