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第九話:崩壊と決定的な喪失

第九話:崩壊と決定的な喪失


防御線は、潮が引くように崩壊していった。オーガの棍棒がバリケードを完全に破壊し、狂暴化したオークの波が橋になだれ込む。兵士たちの盾壁は破られ、狭い橋の上は血と肉片が飛び散る地獄と化した。


「退け!もう持たん!退けぇ!!」父の声が、遠くから聞こえた。彼は村の方へ向かう民を誘導しながら、自らも血牙の追撃を食い止めているのだろう。その声は、この混乱の中で私が聞いた最後の、力強い父の声だった。


「ヴラド!トーマス!早く退却だ!」グリムが叫んだ。彼はオーガに重傷を負わされながらも、まだ必死に抗っていた。その巨体が倒れるのが見えた。トーマスは私の肩を掴み、無理矢理後ろへ引っ張ろうとする。「若様!生きて逃げなければなりません!このままでは無駄死にです!」


私は抗った。まだ戦える。まだ民が!しかし、私の視界に、恐ろしい影が飛び込んできた。


シヴァ・ブレイズホーン。


奴は橋の向こうから、悠然と、しかし凄まじい速さで近づいてきていた。その目は、父を探しているようだった。そして、見つけた。父が、わずかな兵士と共に、民の退却路を守るためにオークの群れと戦っている場所に。「聖シルヴァーノスの血脈め…最後に貴様を狩る栄誉、このシヴァ・ブレイズホーンが貰い受ける!」奴の低い声が響く。


「ククク…逃がすか、愚かな人間どもめ」シヴァの低い声が響く。奴の周りには、さらに狂暴さを増した精鋭オークたちが集まっている。


「父上!」私は叫んだ。シヴァは、獲物を見つけた獣のように父に襲いかかった。父は、聖シルヴァーノス帝国騎士団の紋章が刻まれた使い慣れた剣で迎え撃つ。その剣は、かつて帝国の敵を打ち破った聖なる力を宿していたはずだ。だが、シヴァの一撃は、その全てを凌駕していた。


「貴様のような、腐った血脈の王など不要だ!真の力こそが世界を支配するのだ!」シヴァの戦斧が唸りを上げる。父は必死に剣で受けようとしたが、その一撃はあまりにも重く、速かった。聖シルヴァーノス帝国騎士団の紋章が描かれた父の盾が、金属の悲鳴と共に砕け散る。父の体が、鮮血と共に、まるで布きれのように吹き飛ばされた。橋から、谷底へ。


「父上!!」


私は絶叫した。その瞬間、世界から色が消えたかのように感じた。燃え上がる村、倒れる兵士たち、そして橋の下へ消えていく父の姿。全てが、私の中に深い傷となって刻み込まれる。怒り、悲しみ、絶望、そして自身の、何一つ守れなかった無力感。心臓が張り裂けそうだった。目の前のオークに、無我夢中で剣を突き立てた。その時、体中にかすかな力が駆け巡り、私の剣が炎のように輝いた気がした。オークは悲鳴を上げて燃え尽きた。だが、それはほんの一瞬の、取るに足らない抵抗だった。


「若様!もう終わりです!逃げてください!」トーマスが私の腕を掴み、無理矢理後ろへ引っ張る。後ろからは、獲物を追うウォーグのような足音が迫っていた。撤退する途中、血牙のシャーマンたちが、倒れた兵士の死体に怪しげな光を浴びせ、それを操ろうとしているのが見えた。セレスティアルは、意識を失った兵士を庇いながら、よろめきながら逃げている。エララはまだ森の中から援護射撃を続けていたが、その矢の数も尽きようとしていた。


逃げながら、燃え盛る村を振り返った。私の家が、父の書斎があった場所が、炎の海に沈んでいくのが見えた。幼い頃、母と遊んだ広場が、血と瓦礫に覆われている。いつも笑顔で挨拶してくれた隣の家の夫婦が、オークに引きずられていくのが見えた。民を守れなかった。父を守れなかった。何も守れなかった。


泣きながら、私はわずかな生き残り(トーマスやグリム、そしてセレスティアルの姿を遠くに見つけながら)と共に丘を駆け上がった。燃え上がる故郷が、視界いっぱいに広がっていた。私の最初の指揮は、フォールクレスト領、そして大切な父を失うという、あまりにも大きく、そして取り返しのつかない代償を伴う敗北で終わったのだ。私の中に流れる微弱な神聖な力は、この混沌と絶望の状況の前には、全くの無力だった。ただ、心の中で、父の最後の声がこだましているように感じた。「ヴラド…忘れるな…聖なる帝国の…真の理想を…そして…民を…」その後の言葉は、絶叫にかき消され、聞こえなかった。だが、その「真の理想」という言葉だけが、焼けつくように心に残った。

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