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第七話:最後の抵抗の場所

第七話:最後の抵抗の場所


血牙部族の黒い波が、フォールクレスト領を蹂躪する。村は瞬時に炎に包まれ、悲鳴が響き渡る。混乱の極致の中、父である領主は、残されたわずかな手勢を集め、最後の抵抗を試みる決断を下した。目指すは、村の東、丘陵を抜けた先にある小さな橋だ。


「皆聞け!このままでは、皆殺しだ!あの橋まで退け!そこが最後の防衛線だ!」父の張り裂けんばかりの声が響き渡る。彼の周りには、恐怖に顔を歪めながらも、剣や槍を握り締め直す数十人の兵士や志願兵たちがいた。トーマスも、傷を負った腕を庇いながら、父の傍らに立っている。血まみれのグリムは、オーガに受けた傷を押さえながら呻き声を上げた。セレスティアルは、意識を失った兵士の手当をしながら、慌ただしく簡易な防御魔法陣に魔力を注ぎ込もうとしている。そして、私も。


あの橋は、フォールクレスト領の入口として、かつて帝国が築いた堅固な石造りの橋だ。幅は狭く、一度に大勢の敵が渡ることはできない。両側は急峻な崖と森に囲まれ、側面からの攻撃は難しい。地形的な優位性を活かせば、数の不利を覆せるかもしれない。いや、覆せると信じるしかなかった。村の魔法防御は完全に崩壊し、領主館も既に炎上している今、残された要害はそこしかなかった。セレスティアルが魔法陣を描こうとしたのも、この場所の地脈が、わずかながらも防御魔法を強化する可能性があると感じたからだろう。


「ヴラド」父が私を呼んだ。その目には、領主としての厳しさと、息子への愛情、そして決死の覚悟が宿っていた。「貴様に、この橋の防御部隊の指揮を任せる。トーマスが補佐する。決して敵を渡らせるな。民が安全な場所へ逃げる時間を稼ぐのだ」


私は息を呑んだ。指揮官。私が。こんな恐ろしい状況で。足が震えるのを感じた。しかし、燃え盛る故郷、響き渡る民の悲鳴、そして父の決意に満ちた顔が、私の背中を押した。父は私に任せたのだ。この、絶望的な戦いを。


「は、はい!父上!」私はかすれた声で答えた。


「よく聞け、ヴラド。戦術は状況に応じて変わる。だが、守るべきものは変わらない。民だ。そして…聖シルヴァーノス帝国の、真の理想だ」父はそう言い残し、他の部隊を率いて別の方向へ向かった。おそらく、村に残された民を誘導し、敵の注意をそらすための、命を賭した陽動だろう。


私はトーマスと共に、橋へ向かう兵士たちを率いた。彼らの顔には、恐怖と、それでも故郷を守ろうとする微かな希望、そして私という未熟な指揮官への不安が混じり合っているように見えた。彼らの命が、今、私の双肩にかかっている。重圧に押しつぶされそうになりながらも、私は剣を握り締め、前を向いた。この橋が、私たちの、そしてフォールクレスト領の最後の希望なのだ。

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