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第三話:不安の兆候と不吉な囁き

第三話:不安の兆候と不吉な囁き


フォールクレスト領を覆う不穏な空気は、単なる漠然としたものではなくなっていた。具体的な不安の兆候が、日ごとに、そしてより生々しい形で現れ始めたのだ。それは、まるで何かが、こちらの様子を窺っているかのようだった。


街道筋の小さな集落では、野盗に襲われ、家財を奪われただけでなく、若い娘が攫われたという報告が相次いだ。かつてはせいぜい数人の烏合の衆だった野盗が、今では数十人規模の集団を形成し、組織的に略奪を行っているらしい。彼らは元帝国兵だったり、他の土地から流れてきた無法者だったり、中には人間ではない者(オーガに雇われたゴブリンの斥候、スケルトンを操るネクロマンサー崩れなど)も混じっているという噂まであった。彼らの襲撃跡には、人間のものとは違う、異様な体液の痕や、不自然な腐敗臭、あるいは地面に刻まれた邪悪なシンボルなどが残されていることがあった。荒らされた農地や、無残に殺された家畜の姿は、民に深い恐怖と絶望を植え付けた。彼らは抵抗する術を持たなかった。助けを求める声は、遠い帝都には届かない。


森の奥からは、普段は聞こえないような異様な鳴き声が響いてくるようになった。それは獣の唸りとも違う、歪んだ、耳障りな、どこか魔法的な響きだった。夜になると、遠くの山々から、地を這うような不気味な咆哮が聞こえることもあった。それは、かつて鉄峰ドワーフクランのドワーフたちが地下深くで遭遇したという、邪悪なクリーチャーの遠吠えに似ていると、ドワーフのグリムが青ざめた顔で語った。彼が言うには、それは地脈を汚染する存在の咆哮だという。村の猟師たちは、森の中で奇妙な足跡を見つけたと話した。それはワイルドボアや狼のような普通の獣のものではなく、三本指の巨大なものや、硬い殻を引きずったような痕だった。普段は領地の境界線近くには現れないはずの、低レベルだが危険なモンスターの目撃情報も増えていた。コボルドの小集団が食料を盗みに村の近くまで来たり、夜営中の旅人がグリムロックに襲われたりしたという話も耳にした。これらのクリーチャーは、かつて魔法塔の結界によって遠ざけられていたものだという噂もあったが、今やその結界は失われ、辺境は無防備となっていた。


こうした具体的な危険の増加は、領民たちの間に広がる不安を一層掻き立てた。夜になると、人々は家に閉じこもり、小さな火の周りに身を寄せ合い、互いに顔を見合わせて囁き合った。「これは不吉な印だ」「血の月が昇る」「地が唸り、古きものが目覚める時が来たのだ」。それは祖母から孫へと語り継がれてきた、この辺境に伝わる古い伝承や予言の一節だった。かつては単なるお伽噺だと思っていたが、今では現実味を帯びて聞こえる。古い魔法塔が沈黙し、地脈を流れる魔力源流に異変があるという話は、土地の守護精霊が怒っている、あるいは邪悪な力が地脈を汚染している証拠だという者もいた。清流の水辺に住むハーフリングたちは、水から聞こえる歌が、悲鳴や嘆きに変わったと話していた。


私もまた、募る危機感を無視できなくなっていた。剣の訓練にさらに励み、父から戦術や帝国の歴史について学ぶ時間を増やした。トーマスは、辺境に古くから伝わる「獣の道」や、敵の目を欺くための隠密行動について、経験に基づいた貴重な知識を教えてくれた。夜、静まり返った部屋で耳を澄ますと、遠くから聞こえる異様な音や、風に乗って運ばれてくる焦げたような、あるいは鉄のような、あるいはもっと形容しがたい奇妙な匂いが、何かが決定的に、そして恐ろしい形で変わろうとしていることを、五感を通して告げているように感じた。それは単なる匂いではなく、異界からの影響や、邪悪な魔力の気配を含んでいるように思えた。このフォールクレスト領を包む平穏は、あまりにも脆く、そして、もう長くは続かない。その予感は、日に日に、冷たい確信へと変わっていった。夜空に浮かぶ月が、いつもより赤みを帯びているように見えたのは、間違いなく、気のせいではなかったのかもしれない。

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