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第二話:領主の苦悩と後継者

第二話:領主の苦悩と後継者


父は、この厳しい現実の中で領主としての責務を果たそうと、日々奔走していた。私の名前はアルドリア・ヴラド。父の息子であり、いずれこのフォールクレスト領を継ぐ者だ。私は父によく呼び出され、領地の現状や、かつての聖シルヴァーノス帝国の歴史、そして乱世において民を導く者の心構えについて聞かされた。父の書斎は、古びた地図や歴史書、そしてかつて帝国騎士団で使われていた戦術書などで埋め尽くされていた。それらの書物は、父が過去の栄光にしがみついているのではなく、滅びつつある世界の中で、なお光を見出そうと足掻いている証拠のように思えた。


「ヴラドよ、かつての帝国は、ただ武力で大陸を支配したのではない。法と秩序、そして何より民への慈悲で結ばれていたのだ。帝国が失ったものがあるとするなら、それはその心だ。それを忘れてはならん」と父は語った。父自身、若い頃は帝国騎士団で武功を立て、遥か異種族の地への遠征にも参加したそうだが、辺境に戻ってからは武力だけでなく、知略と仁徳でこの地を治めてきた。彼は、剣の力だけでは真の平和は築けないと信じていた。しかし、今はその父でさえ、直面する困難に疲弊の色を隠せない。白髪が増え、その目は常に遠くの、血牙部族の領域に近い山々を憂慮げに見つめている。肩には、かつての戦いで受けた古傷が痛みを発しているのだろう、時折顔を歪める。


中央からの徴税要求は年々重くなるのに、その見返りであるはずの兵士の派遣や物資の支援は完全に途絶えた。頼みの綱であるはずの帝都からの勅書は、いつも上からの命令ばかりで、辺境の現実を全く理解していないようだった。中には、辺境領主に対し、理不尽な要求をするものさえあった。街道筋では野盗の被害が増え、領地の治安は悪化の一途をたどっている。農作物の不作も相まって、領民たちの暮らしは苦しく、不満が募っている。「なぜ帝国は我々を見捨てるのか」「もう帝国の言うことなど聞けるか」という声も、もはや隠しきれずに父の耳に届くようになっていた。父はこうした状況に心を痛め、少ない手勢とわずかな財産をやり繰りして、どうにかして領民たちを守ろうと、寝る間も惜しんで対策を練っていた。彼の苦悩は、肌で感じられるほどだった。夜、父の部屋の明かりが遅くまでついているのを見るたび、私の胸は締め付けられた。


私は、父のように、仁徳と胆力を持って民を導く領主になりたいと願っていた。父から教わった剣術の訓練は日課だった。朝早く起きて庭で木剣を振るい、体を鍛える。父の側仕えであり、私の剣の師でもある古参の兵士、トーマスに見守られながら訓練に励むこともあった。トーマスは寡黙だが経験豊富で、剣の腕だけでなく、戦場での嗅覚にも優れていた。彼から教わるのは、剣の技だけでなく、敵の気配の察知の仕方や、地形の利用法といった実践的なことだった。訓練の合間には、村を歩き回り、領民たちと言葉を交わした。農夫や鍛冶師、子供たち。彼らの素朴な笑顔や、暮らしの中での苦労を知ることが、私にとって机上の学問よりも大切な学びだった。鍛冶場のドワーフ、グリムは、私に金属の性質や簡単な修理方法を教えてくれた。水辺のハーフリングたちは、歌と共に土地の物語を聞かせてくれた。皆、それぞれの場所で、この厳しい時代を生き抜こうと必死だった。


私の中には、父から受け継いだ血とは別に、どこか清らかな、かすかな力が流れているのを感じることがあった。それはまだ微弱で、具体的に何か強力な魔法を成せる力ではない。しかし、傷ついた小鳥をそっと撫でると驚くほど早く元気になる、森の中で道に迷いそうになった時に心が穏やかになり正しい方向へ導かれるような感覚を覚える、特定の状況で邪悪な存在に対して心がざわめき、肌が粟立つ、といった形で現れることがあった。それは、遠い祖先から受け継がれた、聖なる力の一端であると父は仄めかしたが、詳細は語らなかった。私たちの家系が、かつて聖シルヴァーノス騎士団の中でも特別な血筋であったという話は、父から聞いたことがある。父は、この辺境の厳しい土地で生き抜く術と、乱世にあっても失ってはならない心、そしてそのかすかな力を善のために使うこと、その全てを私に託そうとしていたのだ。父の背中を見ながら、私はその重責をひしひしと感じていた。そして、その託されたものが、いかに重いものであるかを、私はまだ理解していなかった。

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