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第1章 断罪と追放 第3話 -異界の歓迎-

 意識が戻った時、クリスタベルが最初に感じたのは、温かさだった。

「…生きている?」

 彼女はゆっくりと目を開けた。見知らぬ天井。彼女は柔らかいベッドに横たわっていた。部屋は薄暗く、壁には奇妙な青い結晶が埋め込まれ、かすかな光を放っている。

「お目覚めですか、お嬢様」

 低く落ち着いた声に、クリスタベルは身を起こした。部屋の片隅に、一人の男性が立っていた。黒い長髪に真紅の瞳、尖った耳を持つ彼は、明らかに人間ではなかった。

「あなたは…?ここは…?」

クリスタベルは混乱しながら尋ねた。

「私はザイル」男性は優雅に一礼した。

「魔族の一族、シャドウウォーカーの末裔です。そして、ここは魔界の境界領域、アビスの辺境都市グラスシャドウです」

「魔界…?」

クリスタベルは目を見開いた。

「そんな…私は海で溺れていたはず」

「その通り」

ザイルは頷いた。

「あなたは人間界の海で溺れていました。しかし、あなたの魔力が異界門を開き、私たちの世界へと導かれたのです」

 クリスタベルは自分の手を見た。確かに彼女は強い魔力を持っていたが、異界門を開くなど、考えられなかった。

「何か勘違いがあるのでは」

彼女は言った。

「私は人間です。帝国の追放者で…」


「人間?」

ザイルは不思議そうに首を傾げ、そして小さく笑った。

「あなたの血は、純粋な人間のものではありません。あなたの中には、古き魔族の血が流れている」

「何を言って…」

 クリスタベルの言葉は途中で止まった。鏡に映った自分の姿に衝撃を受けたからだ。銀髪は以前よりも輝き、瑠璃色の瞳は妖しく光り、そして—彼女の額には、小さな角が生えていた。

「これは…」

「あなたの真の姿です」

ザイルは静かに説明した。

「人間界では抑えられていた魔族の血が、この世界に入ったことで目覚めたのでしょう」

 クリスタベルは鏡に映る自分に触れた。これが本当の自分なのか?しかし、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、長年感じていた違和感が解消されたような気がした。

「では、私の母は…?」

「それは私にも分かりません」

ザイルは首を振った。

「しかし、魔族と人間の間に生まれた子は稀です。あなたの母が魔族だったか、あるいは先祖に魔族の血が混じっていたのでしょう」

 突然、部屋のドアが開いた。

「ザイル、彼女は起きた?」

 入ってきたのは、黒い鎧を身につけた女性だった。青い長い髪に金色の瞳、ザイル同様に尖った耳を持っていた。

「ルナーク様」ザイルは一礼した。「はい、先ほど目覚めました」

「よく来たな、人間界の娘よ」ルナークはクリスタベルを見つめた。「私はルナーク・ナイトシェイド。この街の守護者だ」

 クリスタベルは警戒しながらも、礼儀正しく頭を下げた。「クリスタベル・ノートンハイムです。…以前は」

「以前は?」ルナークは興味深そうに尋ねた。

「家名を剥奪されました」

クリスタベルは短く答えた。

「今は…ただのクリスタベルです」

 ルナークは彼女をじっと見つめ、そして意外なことを言った。

「この魔界では、力こそが全て。家名など関係ない。お前が持つ力は、魔界でも稀な才能だ」

「力…ですか?」

「魔力だ」

ルナークは答えた。

「お前が無意識に開いた異界門。その力は並のものではない。さらに、血の中に眠る古き魔族の力…」

 クリスタベルは混乱していた。彼女は確かに帝国でも強い魔力を持つと言われていたが、それが魔族の血によるものだとは。

「私は…どうすればいいのでしょう?」彼女は正直に尋ねた。

 ルナークは笑った。

「まずは休め。それから、お前の力の秘密を探る旅に出るといい。この魔界では、お前のような強者は歓迎される」

 彼女は扉に向かって歩きながら言った。

「明日、また話そう。この世界のことを教えてやる」

 扉が閉まり、クリスタベルとザイルが二人きりになった。

「ルナーク様はめったに人に興味を示しません」

ザイルはつぶやいた。

「あなたが特別だということです」

 クリスタベルは窓に近づき、外の景色を眺めた。そこには人間界とは全く異なる光景が広がっていた。空は暗い紫色で、二つの月が浮かんでいる。街は青く光る結晶と黒い石で作られ、様々な姿の魔族たちが行き交っていた。

「魔界…」

彼女はつぶやいた。

「ここで私は何を見つけるのだろう」

 窓から吹き込む風が、彼女の銀髪を揺らした。人間界での屈辱と悲しみ、追放と絶望。しかし今、彼女の前には新たな道が開かれている。

「ザイル」

彼女は振り向き、魔族の従者を見た。

「私に魔界のことを教えてほしい。そして…私自身のことも」

 ザイルは微笑み、深々と頭を下げた。

「喜んで、お嬢様」

 夜が更けていく中、クリスタベルは魔界についての話に耳を傾けた。彼女の新しい人生は、ここから始まるのだ。



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