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『帝国雑文物語録』古くは世界を支配したという帝国に一部だけ遺る古い書籍から観る物語群  作者: オリ・モウガイ(中身は穂上龍で古典的文章のサポートはGrok)
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蛇の手足-『帝国雑文物語録』

 『帝国雑文物語録』より引用す


 斯の物語は、民間の宗教伝承とも称すべきものにして、甚だ古き宗教観より成りしものなるべしと、当今の学者の多くは論ずるなり。


 古代、預言者の啓示により生じたる我が神の教義は、中世より近世に至るまで、諸君の知るところのごとく、法王およびこれを囲む帝国や王国の教会枢機卿らの政治的権勢、甚だ強大となり、往古、大陸西方の各地に存せし原始的信仰や伝承、ならびに宗教儀式は、古代における帝国の版図拡大とその辺境への進出とともに、「神の教義」として拡がりゆきぬ。


 斯くて、古代末期、内乱を制したる軍人皇帝らにより、「帝国皇帝こそ神の代理人たる預言者の正統後継者と定められ、法王猊下より“祝福”を受けて国家と民を治むるものなり」との、大陸西方に特有なる政治と宗教の構造、成立せり。


 やがて、蛮族と称せられたる異民族らが帝国版図に侵入せし中世初期に至り、帝国は遂に分裂し、諸王国生じ、我が皇統を維持せし帝国は、西方の一国家となりしこと、皆の知るところなり。

 

 斯の物語は、神の教義、すなわち『聖書』に背く「異端」として、当時、厳しく糾弾されたるものなるべし。


 されど、教会と神の権威失墜し、聖術や魔法なる超概念消えゆき、「科学」と称する新技術が生じ始めたる近代以降、地球世界の成り立ち、すなわち科学による生物進化の解釈、「人は猿より進化し、その猿はかつて海の生命なりし」との構造を、巧みに伝えしものなり。


 斯の物語の成立は、現今、多くの学者が古代にありと強く主張するところなれど、教会分裂の近世初期、宗教戦争の時代において、異端審問にかけられたる多くの学識ある人物らが唱えし「地球」「宇宙」「進化」の説が、不思議にも神の御名により記されたる『聖書』における「人間の原罪や業」と、見事に一つの形式にて現われたる物語なり。


 されば、我が預言者こそ、斯の物語に着想を得て「神の教え」を作り上げしものにあらざるか、との説を唱うる者も存す。


『蛇の手足』


 むかし、むかし、神の御心なお寛容にして、万物に融通の利きたる時代の物語なり。


「お嬢さん、一体なんでないているの?」


 白き月影、冷ややかに光を湛うる夜空の下、蛇は今日もノシノシと散歩せし折、一人の少女の泣くを見つけ、声を掛けたるなり。


 今日も常のごとく自慢の手足にてノシノシと歩みし蛇は、見知らぬ少女の泣く姿に驚き、声を掛けたるなり。


「大切な石を無くしてしまったのです」


 少女、蛇に答えて、ふたたび俯きて泣き始めぬ。

 蛇、甚だ困惑せり。

 石と言えども、世に数多あり、どの石なるや、皆目見当つかず。

 

 されど、少女の斯くも泣くほどのものなれば、さぞかし貴重なるものなるべしと、蛇は「では、私が探して参りましょう」と、懇ろに約束しぬ。


 斯の時代、神、未だ世界を粗略に定め給いし故、蛇の如き生き物は甚だ少なく、されど「石」に至っては、呆るるほど数多あり、探すに一苦労ありき。

 

 蛇、思案の末、他の者に助力乞わんと、水中に潜りぬ。斯の時代、魚の類、甚だ多かりき。


 蛇の話を聞く魚たち、様々に言えり。


「君にそんな事をする必要があるのかい?」、「どうでもいいよ」「疲れるなあ、一苦労だよ」と、魚の多くは水中に口を開閉するのみにて、蛇に協力を惜しめり。


 されど、百の魚あれば、一つは賢き者あり。その魚、斯く言えり。


「どうだろう?ここは一つ蛇の願いを聞いてやろうじゃあないか!」


 魚たち、互いに顔を見合わせぬ。

 

 蛇、その魚に謝意を述べたり。されど、その魚、大きく首を振ると、斯く付け加えぬ。


「僕たちが、その石を見つけて来たら、今度は僕たちのお願いを聞いてくれるかい?」


 蛇、暫し思案せしも、格別困ることなしと、「約束」しぬ。


 水より上がった蛇、早速「石」を探し始めぬ。

 炎暑の太陽の下、山に登り、森に入り、砂中に潜りしも、それらしい「石」は見つからず。


 夜に至り、困窮したる蛇、ふたたび水中に潜り、魚たちの許へ赴けり。

 魚たち、各々自らがこれぞと思う石を持ち来たりて、斯く言えり。


「きっと、このピカピカしたダイヤモンドに違いない」

「いやいや、この青い石だよ」

「そうではないな、こんな変わった形の物だよ」


 魚たち、様々に論じ合えり。


 蛇、益々困窮せり。

 斯かる折、前なる賢き魚、斯く言えり。


「それでは、君。僕たちはそれぞれ自分の石を、岸辺まで持って行くから、君はその女の子とやらを、岸辺まで呼んで来ておくれよ」


 蛇、承知して、少女を呼びにゆきぬ。


 蛇、少女を連れて岸辺に至れば、月光の下、魚の群れ、「石」を咥えて待ち居たり。


 蛇、少女を諭し、魚たちの咥える石を一つ一つ吟味せしも、どの石も少女のものにあらず。


 やがて、少女と蛇、あの賢き魚の前に至れり。

 

 この魚、既に知りたり。

 己が咥える「石」こそ少女のものなることを。

 

 蓋し、この魚、少女が「この石」を落とすを、確かに見たりし故なり。


 魚の差し出す「石」を見て、少女、大いに喜びぬ。

 蛇もまた大いに喜べり。


「石」を受け取ったる少女の背に、忽ち白き翼生じ、少女、天使と化せり。


 蛇、甚だ驚けり。

 

 その時、魚、念じて斯く言えり。


「では蛇君、約束だ。僕は君の手足と、水の外でも話す事のできる舌を貸して貰いたい」


 天使と化した少女、その翼にて徐々に浮き上がりぬ。


(私も連れていってください)


 蛇、斯く言わんとせしも、丁度その舌を魚に奪われ、ただ「シャー、シャー」と空しく音を立てるのみなり。


 天使と化した少女、月光の中、空高く、月に向かって飛び去りぬ。

 九十九匹の魚と、手足を失いし蛇、その姿を見送れり。


 下界を見し天使より話を聞きたる神、そろそろ下の世界を厳格に定むべき時と、掟を定め給えり。


「生き物たちは勝手に体の一部を交換してはならない」と。


 斯くて、蛇より手足を奪いし魚、もはやこれを返す必要なしとせり。


 水より出でし魚、悠久の年月を経て、種々に分化し、繁衍せり。

 やがて、蛇より手足を奪いしことも忘れぬ。


 その中の一なる人間、蛇を見れば甚だ嫌い、石を投げ、棒にて叩くことあり。


 蛇、己が手足ありしことすら忘れ、既に何も語れぬ舌をチロチロと動かしつつ、月光の夜、トグロを巻き、少女の再び来たらんことを、三日月のごとき眼にて待ち居るなり。



  終

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