『雑貨屋自慢の品』
ドワーフと称するは、矮小なる人種なり。
されど、斯く言うは近世医学にいう病理の小人にあらず。
古来、大陸に広く文化を興し、文明を築きたる亜人種なり。その体躯は頑健にして筋骨隆々、されどその手技の精妙さは、人の常を遥かに超ゆるもの多し。
古より中世に至るまで、細工物といえばドワーフの作たるもの、一流の品とされ、王侯貴族の愛玩する高級品として名高く、斯様な品を有することは一種の栄誉なりし。
然るに、中世よりドワーフの数は漸減し、今やその姿を見ること稀なる種族と化せり。
斯くの如き事実は衆目の一致するところなり。
この雑貨屋の物語は、斯様なドワーフの存在とその系譜を顧みるに、甚だ興味深きものあり。
ガリアン街道を北に進む道すがら、ゲフトと呼ぶ中規模の街あり。
このゲフトの北には大森林が広がり、その地下にはドワーフの民が洞窟を住処として独自の文化を育みし。
ゲフトは斯様な地勢を活かし、古来よりドワーフと人の交易盛んなる地なり。
ゲフトよりやや離れたる片田舎に、ただ一軒の雑貨屋あり。
この店の主は虚飾を好む男にて、村に唯一の店なるを恃み、ゲフト近辺にて流通するドワーフの細工物を仕入れ、独自の路を拓きて田舎の富豪や在郷の貴人に高値にて売り捌く。斯くして彼は巨利を得たり。
時折、好事の士を相手に、ドワーフの作たる在庫の品を「宣伝」と称し、ただ見せるのみの自慢をなす。斯様な振舞は、一部に憧憬を、一部に顰蹙を買う。蓋し、彼が掲ぐる値は、田舎の好事家が手にせんとするも及び難きものなり。
斯様な自慢が常となりし頃、彼の商売は最早雑貨屋の域を超え、富裕層に品を卸すを本業とす。
主はゲフト近辺にてドワーフの職人と相識り、数人を遠方より召きて、注文に応じ細工物を住み込みにて作らしむ。
斯くして彼は、好事家や目利きの士を相手に、ドワーフの細工物を誇るを無上の喜びとす。
好事家らは、ただ見るのみの品に内心忸怩たる思いを抱きつつも、無料にて佳品を目にせんとて集う。
親爺:「どうですか? これはドワーフが丹精込めた銀の髪飾りですよ。
ご覧なさい、シャラシャラと優美な音を立てて、美しい女性の魅力を非常に引き立たせる彫金の文様がある逸品です」
好事家の一人:「おおう、素晴らしいですなぁ。こんな逸品は見たことがないですよ。しかしお高いんでしょうなぁ」
親爺:「ははは! まあもう納めるお客は決まっておりましてね。
到底、そんじょそこらの田舎の御仁には買えませんよ。
おっと失礼。他意はございませんよ」
別の好事家:「ああ、羨ましいものですなぁ。それがしは若い頃に帝都の博物館に通い詰めたから目が利くとは自負しておりますが、残念ながら金が無い」
斯くの如く、主は好事家を集め、苛烈なる自慢を繰り返す。
ある時、住み込みのドワーフの職人が精魂込めて細工物の逸品を仕上げたり。
主はいつもの如く、近頃娶りし若く麗しき妻を従え、村の男らに見せびらかすかの如く接待をさせ、秘蔵のドワーフの品を披露す。
今回は殊更盛大に事を運ばんと、村はもとより近郷の好事家にまでビラを配り、集客を図る。斯くして、常にも増して多くの好事家や数寄者が集い、品を褒め、羨み、主の虚栄心は大いに満たさる。
その時、麗しき妻が現れ、「皆様方、茶などいかがにござりましょうか? 暫しごゆるりとお楽しみくだされませ。」と雅やかなる口調にて斯く言う。
この妻は、しばらく産後のため遠方の里に帰省せしが、一年前、玉の如き子を産み落とせり。主は老いて得たる長男を愛で、目に入れても痛からずと可愛がる。
斯様な長男、よちよち歩きながら母の後につき、僅か一歳余にして、幼き声にて「みなさま、とうとうの店へおいでなされ、ありがたうござる」斯く挨拶す。
斯の言、礼儀正しくも幼子らしい純真さを帯び、主は大いに喜び、子の賢さを褒め、集まりし客に紹介す。
親爺:「どうですか? ウチの息子は。
まだ2歳になってないのにもう言葉はキチンと喋れますし、こんなにお客に挨拶もできる。
私には過ぎた利発な自慢の息子ですよ!」
客らは感嘆し、麗しき妻の振る舞う高級なる茶を啜りつつ、親子に羨望の目を注ぐ。
その時、遠村よりビラを見て初めていでたる人相見の士が、親子をじっと見つめ、斯く言う。
人相見:「いや旦那さん。素晴らしい御長男ですな。
しかし、この見事な自慢のお子さんは、
若い美人な奥方が、ドワーフの職人につくらせた逸品ですよ」
斯の言に、主が何を返し、その後雑貨屋の如何なる運命を辿りしや、伝わることなし。されど、その推測は容易に成り立つものなり。
終