魔法の鏡に問う王妃
『帝国雑文物語録』より引用す。
この物語もまた、かの聖女アルネット・シーシアとその一行が旅の途次にありし時、アサシンなる少女、心臓穿ちのヴェルが暇潰しに興じつつ面白おかしく語りしものと伝ふ。
凡そ斯かる物語は、各地方に類似の説話散見せられ、また当時、魔法や聖術などと称せられし古の超常学体系がかすかに存せしこと、よく理解せらるる話なり。
されど、中世の末期より近世の初頭に当たりしアルネット・シーシアが帝国に存せし時代には、斯の物語に現るる「魔法の鏡」の如き魔法呪物、既に稀有なる存在たりしと推測せらるるは、興あることなり。
『魔法の鏡に問う王妃』
或る国の王妃、美しきも性情甚だ難ありと世に知られし女なり。
未だ若かりし頃の事なるが、自己に陶酔する心甚だしく、臣下は勿論、夫たる国王、子たる王子らに至るまで、王妃に大いに気を遣ひしと云ふ。
斯かる王妃、自らの問ひに真実をもて答ふと云ふ魔法の鏡を求め、探索を命じ、遂に之を得たり。
王妃、報奨金を鏡の探索に成功せし冒険者ら及び彼らとの中介を務めし商人に与ふ。
その額、30億ギルダムと云ふ。小さき砦の年間防衛費に相当する額なりと伝ふ。
上機嫌なる王妃、豪華なる自室に於て、華麗なる衣装を纏ひ、丹念に化粧を己が麗しき顔に施し、魔法の鏡に問ひかけたり。
王妃:「鏡よ、鏡。鏡さん。私は真実として訊きたいことがあるのです」
鏡:「はい。なんでっか?王妃さん」
斯の鏡、確かなる能力を有せし伝説の魔法の品なりしが、古代帝国時代、植民都市ノアエフ地方の南にて製作せられしものと見え、当時の魔法呪物製作師らの技の限界もあり、王妃にとりては甚だ下品かつ大衆的な言を操りしと云ふ。
王妃:「世界で一番美しいのは誰かしら?」
鏡:「それは中々難しい質問でんなぁ・・・強いて云うならば、それはワイら鏡でっしゃろ?
どんな美しいものも見事に映してしまうのやさかい、上等な鏡ほど世界で一番美しいモンでっしゃろ?違いませんかぁ?」
王妃、やや驚きしも、「尤もなり」と多少感心し、気を取り直して更に問ひたり。
王妃:「鏡よ、鏡。鏡さん。では世界で一番醜いものは誰かしら?」
鏡:「うーむ、まあそれも難しい質問でんなぁ。
強いて云うならば、やっぱりワイら鏡でんなぁ。
ワイら鏡は研磨が上等であればあるほど世の中のどんな醜いもんでも映してしまいますさかい、世界で一番醜いのもワイら鏡でんなぁ」
王妃、斯の鏡が噂に違はぬ古の魔法に基づきし見解を示すと感心し、「さて、斯の問ひに如何に答ふるか」と、最後に更なる問ひをなしたり。
王妃:「では鏡よ、鏡。鏡さん。この世界で可もなく不可もない、つまらない普通の者は誰ですか?」
鏡:「うーん、偉いおもろい事を訊きまんなぁ。王妃はん、アンタさんは鏡を見たことがないんでっか?」
斯の鏡、何故か今に存せず。
終