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1周目

 「新チームのキャプテンは小林でいく。」

夏の日差しが照りつけるグラウンドの一角に集合した僕らは監督からのその一言で新しいチームがスタートすることを実感した。

 ちょうど1週間前、先輩たちの夏はあっさりと終わっていった。地方大会の3回戦、ベスト8の一つ手前。

2年生の僕はスタンドで声を枯らしながら両手のメガホンを叩きつけていた。当然、僕以外の同学年で試合に出ているチームメイトも何人かいた。しかし、特別野球が上手いわけでもなくどれか一つにでも秀でた能力のない僕は背番号をもらえず後輩たちとスタンドにいる。

 9回が終わって5対3、初回に3点を取り流れを掴んだが、じわじわと相手に詰め寄られ、6回に同点に追いつかれてしまう。終わってみれば、初回以降は相手の投手に抑えられ追加点をあげれないままに2点差で先輩たちの夏は幕を閉じた。

 試合が終わり、会場の外で集まると先輩たちは泣いていた。試合に出ていた同学年や入学早々にベンチ入りを果たしていた上手い後輩も目に涙を浮かべている。しかし、僕はなぜか泣く気にはならなかった。

先輩たちが嫌いだったわけではない。むしろ、同じポジションでお世話になった先輩や、練習中に下手な僕に教えてくれた優しい先輩も確かにいたわけで、そんな先輩たちともう野球できなくなると思うと、悲しいと思っているはずなのだ、

なのに涙は出ない。まあ僕自身はスタンドで見てただけだし結局は試合に出てないしなあ。と、泣くに至らない理由づけばかり心のなかでしてしまう。部員のほとんどが感傷に浸っているなか、そんなことばかり考えてしまう自分を少し情けなく思い、試合に出れば何か変わっていたのだろうかと考えても仕方ない自問自答を繰り返してしまう。チームという輪の中に自分だけ入れていない気がして、僕は1人空を見上げた。

 高校生最後の夏、僕はベンチ入りを果たすもスタメンには選ばれず、試合に出てるチームメイトの補助をしていた。

 ベンチ入りを果たしたといっても、僕らの代は人が少なく、ベンチに入れる枠に十分おさまったため、背番号を貰えないわけがない。というのが現実だった。相変わらず僕は野球が下手でポジション争いにあっさりと負けてしまい練習試合でもメインの試合に出ることはなかった。

ベンチでの役割に徹するなか、一つ上の先輩たちと同じところ、ベスト8の一つ手前で僕たちの夏も終わった。

 3対2と惜敗だった。僕はベンチの仕事をこなしながら8回に監督から「最終回に代打で出すぞ。」と告げられ、固まった体を温めるために出番を信じてバットを振る。どんな形でも1人塁に出れば僕に回ってくる、どんな場面で来てもいいように準備をしていた。

しかし、最終回の攻撃、僕はネクストバッターサークルのなかで最後の夏が終わった。夏の公式戦出場記録なし、これが僕の高校最後の夏。

 試合が終わるとやはり皆、目に涙を浮かべ思い思いに感傷に浸っているようだった。僕もそのなかにいて、確かに当事者のはずだった。なのに感情が湧き上がってこない。

 実際、高校野球で目立った成果もなくほとんどの時間をベンチやスタンドで過ごし、最後の試合まで自分が出る直前で終わったのだから何も感じないのも当然かと思いつつも、そんなこと考える自分に嫌悪感を抱く。

 小学校5年生から始めた8年間の野球人生の最後、振り返るとずっと下手だった僕はまともに試合にも出られず、ただ惰性で続けていたんだろうなと思うと余計に心が渇いていく。

あっけなく終わる最後の夏。僕はまた空を見上げる。

 大学生になって僕はラグビーを始めた。

「野球をやるなら高校野球は絶対経験したほうがいい。」小学校のときになんとなく入ったクラブチームの監督に言われたこの一言で高校までそれとなく続けてきた野球も高校野球が終わってしまえばなんの未練もなくなっていた。

いや、諦めがついていたのほうが正しいのだろうか。とにかく僕は大学で野球をしようとは微塵も思わなかった。

ラグビーを選んだのもほぼ興味本位だった。ただ新歓で先輩に肩を組まれそのままご飯に連れていかれた。もちろんほとんどの部活やサークル団体が同じようなことをしていたが、色んなところを回って入るのをいちいち断るのも気が引けた。何より先輩と話があった気がしたし初心者歓迎の一言につられて早々に入部を決めてしまったのだった。

 ラグビー部での毎日はとても充実していた。体格だけはよかったなと、野球部で運動は続けていただけあって初心者のなかでもそこそこ動けていた僕は1回生から試合に出してもらえた。僕のポジションは人が少なく、できる人も限られるポジションだったので2回生からはスタメンとしてずっと選ばれ続けた。8年間続けた野球よりも、1年続けたラグビーのほうが向いていたとはなんとも皮肉なものだが、やはり試合に出れるということがとても楽しかったし、勝つための努力は日々に充実感を与え、毎日がいきいきとしていた。

 ラグビー部の引退は4回生の12月。4回生の春には本格的に就活が始まるため、就活をしながら部活をする必要がある。みんな予めこの日は部活に出れないとスケジュールにバツをつけるなか、僕はほぼ毎日練習に出た。後輩たちには若干驚かれたが、部活が楽しかった僕は働く先がとにかく決まればある程度どこでもよかったので出来る限り練習に出るようにしていた。それでも地元の金融系企業に内定が決まり、内心ホッとした自分がいた。流石にこれでどこにも内定がないのは自業自得と言わざるを得ない。とりあえず先の進路が決まったことに胸を撫でおろした。大学でのテスト週間も終わり、いよいよ本格的に最後のシーズンが始まる。引退まであと3ヶ月と迫るなか、部活内ではある事件が起きていた。

 これまで苦楽を共にしてきたはずだった同じ回生マネージャーがこのタイミングで部活をやめることになった。相談はキャプテンと顧問、一部のチームメイトにしかしておらず僕を含めたほとんどの人はLINEのグループから何も言わずに突然退出したのをみて驚きを隠せなかった。

 辞めるきっかけはチーム内での人間関係が原因だった。たった1人嫌な奴がいただけ。もちろんそれが本人にとってどれだけ重いのか、辞めるに至るまでにどんな積み重ねがあったのかはわからない。ただ、それでもそんなことで4年間過ごした年月を手放せることに疑問だけが頭のなかをまわっていた。しかも、本人からの言葉も直接ないまま自分より遥か遠いところで話だけ進んでる気がしてこれまで度々感じてきた虚無感が僕を襲った。部活という小さな社会のなかですら僕は脇役で何もないモブキャラにすぎないんだとそう言い放たれてるような気がして、夏の雲ひとつない青空の下、その爽やかな天候とは裏腹に僕は呆れながら澱んだ心で空を見上げた。

 あれから社会人になって、僕は一応就職が決まった地元の金融系企業で働いていた。パソコンを叩いて窓口のお客様を応対し、定時より少し残業をして家に帰る。

新入社員に対しての長期間の研修を終えやっと仕事の動きにも慣れ周囲との人間関係も構築でき始めていた時、社会人2年目の秋に転勤を命じられた。大体2〜3年で異動が出るというのを前もって聞いていたが、僕の場合少し早く感じる。新しい環境に少しの期待感と漠然とした不安を抱きながら転勤先での仕事をスタートさせた。

 結論からいえば、異動先は地獄だった。最初から上司には嫌われ気味で何をやってもダメだった。同じ係でも仕事内容が異なり、できることが何ひとつなく自分の無力さを思い知らされる日々。こんなことならもっと元いた場所で知識をつけさせて欲しかったと心で愚痴るがもうそんなことに意味はなく、ただひたすらに日常がすぎていく。働くことになんの感情も湧かず、自分の気持ちが、想いが、仕事という日常に淘汰され、毎日が虚無感に包まれる。

こんなはずじゃなかった、、、ぼんやりとどこで間違えたのか記憶を辿ろうとしても頭にモヤがかかったように上手く思考が働かない。

イマドキの若者は2〜3年で合わないと思ったらすぐ転職先を探すものだが、これまでできないなりにもずっと部活を続けてきた実績がある僕は辞める選択肢や後ろに下がる選択肢を持てないまま耐えることしか選べなかった。もちろんそれが間違っているわけではないが、楽しそうにしている同期や新たな新天地で頑張る学生時代の友人を見ると、なんで自分ばっかりこうなのだろうと妬みと羨望で心が埋め尽くされる。そんなことを考える自分が嫌で仕方なく、24歳を迎えた最初の朝、肌寒い冬空の下通勤電車の車窓から僕は理由もなく涙しながら空を見上げた。



 




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