66匹目 ハジメ、ダンジョン無双中⑫
ハジメ③
「ちゅう」
チュー三郎がハジメを案内した最後の場所。そこは、ダンジョン九十階層に位置する、謎の大きな扉だった。
「なんだ、これ? でかい扉? こん中になんか部屋があんのか?」
「ちゅ」
と、尋ねたハジメに入室を促しつつも、しかし自分はどこかへ去ろうとするチュー三郎。
彼らの道筋は、あれからものすごく順調に進んだ。八十六階層。例の右左、二つ穴のトンネル。
そこをネズミの指示通り右に歩いたハジメ。は、それからも何十何百個も立ち塞がるめんどくさい分かれ道を、本当に楽ちんなことに、スムーズに行けた。
今まで自分が色々迷路みたいに彷徨ったのが、嘘のようである。チュー三郎はよくやってくれた。最近滅多に見なかったし、主要キャラのくせにまともな台詞がないのだが。
その、今までの無能っぷりを挽回するくらいに、ハジメの道筋となって、案内してくれた。導いてくれた。
そして、チュー三郎の使命である『救世主』の確保。その人物、実は彼、ハジメだったりする。任務は例の奴隷管理システム『PIERCE』を破壊すること。と、ネズ耳奴隷たちを解放すること。
が、前者はザクロが無意識にやってしまっていた。後者は、これからチュー三郎とベルが活躍することになる。
なにげに、あんまりここのダンジョンへ来た意味がなかったハジメだ。主人公のくせに。まあ、ザクロのAED代わりにはなったかな? といったところだろう。
と、その脇役みたいな活躍しかしない主人公ハジメが、マスコットチュー三郎へと問う。
「この扉に入れってか? つか、お前はどこ行くんだよ。ベルはどうなったんだよ?」
「ちゅ、ちゅう」
「だあー。お前はチューチューしか言わねえな。まあいいや。お前もベルのこと好きなんだろ? あの子に悪いことはしないんだろ? なら、おれはお前の導きに従うまでだよ」
「ちゅう!」
盛大なため息を吐いた後、自得したハジメ。ネズミ語しか話せないチュー三郎に、人間語でぶつぶつ独り言みたいに言う。傍から見たら、完全に、寂しすぎて動物としか話せない可哀想な人だ。
しかし、そんなハジメにも爽やかに応じた、出来るネズミチュー三郎。拳を差し出すみたいに、自らのユニコーンの角をぐいと差し出す。
それを察したハジメ。その角の先っぽに刺さらないように、水平に慎重に拳を重ねた。
男の友情を交わすハジメとチュー三郎。二人は、ベルを守る心で繋がっている。ネズ耳少女の騎士組が、今ここに結成された。
■■■
「やあ。来ましたね」
「お前は……!?」
扉を開け、入室したハジメ。彼が見た景色は。
「どうも、昨日振りです。あなたでしたか。てっきり、チュー三郎さんが来ると思ってたんですがね」
「ビード!?」
部屋の中には、ビードがいた。ダンジョンのボス部屋みたいな広い空間。その奥の中央に設置された、鉄製の拷問用みたいな椅子。に、彼はどっしりと構えて座っていた。
傍らに、秘書みたいにくっ付いているのは、彼の相方獣人女子、イヌ耳少女・マロナ。例の変てこコスチュームを着用しているのは、もう言わずもがなだ。
ヤギ娘ドリーの時もそうだったが、この世界の悪役は椅子に座るという法則でもあるのだろうか。だとしたら、とてもわかりやすいジンクスというか、構図だけど。
「お前、なんでここに……というか、チュー三郎さん? って、あそっか、おれがベルをそう紹介したんだっけ? つか、そのベルさんは!? な、なんでお前がここにいるんだ!?」
狼狽して驚愕して混乱するハジメ。ベルやザクロ編で色々伏線はあったのだが、孤独な彼はなにげにノーヒントでここまで来たのだった。
だから、事態の把握に時間と精神力を要する。全然推理できないどころか、そもそも思考解析するための情報材料が、全く与えられていないハジメだった。
と、その哀れな男の質問と疑問を、一つずつ丁寧に紐解くかのように解説する白衣男ビード。
「このダンジョンは僕の研究施設でね。王都デレウロの国家的施設として、ちゃんとギルド協会の許可も得た正式なものだよ。勅令で僕が管理を任命されたんだ、獣人奴隷管理システム『PIERCE』──その本体の。もちろん、ここを僕の研究室として利用させてもらうのと引き換えにね。
研究所設計及び制作は、優秀なウサギさんがやってくれた。あの子は賢いよ。システムの防衛措置として、そのまま超高難易度ダンジョンを組み込ませたんだから。いや、元々実在していたダンジョンに、研究所を継ぎ足しで組み込ませた感じかな。
ダンジョンとシステム防衛。これほど相性が良いものもなかったよ、逆転の発想さ。あえて危険な位相に重要資材を設置することで、部外者からの防衛機能を昇華させる。管理するこちら側は、強力な警備員を雇えばいいだけ。その上、誰にも邪魔されない静寂な研究室も手に入る。
いやはや全く、斬新な発想だよな。ああいう子がきっと、人類の未来を切り拓いていくんだろう。本当に、大したウサちゃんだよ。国家認定魔素学博士兼獣人学部門大学名誉教授兼世界人類平和維持機関国際魔工業開発連合最高責任者兼魔族領関所特例許可受領人間通行手形のこの僕が、一目置いているんだから。
おっと、話が逸れたな。つまり、ここのダンジョンマスターは僕、ということだ」
「……そうか」
もうハジメは突っ込まない。色々と言いたいことを、ぐっと堪えた。
と、長台詞男は言う。
「本当、あなたでよかったですよ。もしここに来たのがチュー三郎さんだったら、始末するところでしたから」
「……なぜだ?」
ここはちゃんと問うハジメ。会話を進めるべきだと思ったし、なんか向こうが尋ねてほしいような雰囲気だったからだ。
思った通り、嬉々として答え始めたビード。この人は、喋るのが本当に好きな人らしい。
「いやあ、ネズミたちがね。『いつかチュー三郎が来て助けてくれる、助けてくれる』と、うるさいものですから。
そうそう、昨夜そのチュー三郎らしきネズミ獣人の少女を、ダンジョン内で捕捉したというクマちゃんの報告がありましたっけ。まあネズミたちに聴取したところ、彼らの知っているチュー三郎とは別人らしかったですが……ねえ?」
と、ビードの目が怪しくハジメを睨む。その気迫に、少し硬直したハジメ。
どうやら、ハジメがビードを騙したことがバレたらしい。ベルの名前をチュー三郎と嘯いたこと。昨夜の食堂の一件だ。
「──ってことは、やっぱりベルはここにいるんだな? このダンジョンに、捕まっているんだな!?」
ハジメは今の会話で気付いたらしい。昨夜、ベルは確かにここへ来た。そしておそらく今現在、幽閉されている。
『ネズミたち』というのは先ほど一階層で見たネズ耳奴隷たちのことで、『クマちゃん』というのは同じくそこで見た、例のチャイナ服クマ女のことであろう。
フラッシュバックする風景。の中に、ハジメは瞬時にそう推測した。ここら辺の頭脳パズルは得意だった。むしろ、今までヒントがあまりにも与えられていなかっただけで。
もしベルやザクロ、特にベルと同等量の情報を入手していたら、彼はもっと早く真相にたどり着いていただろう。まあ、そのハンデを加えてみても、ハジメが一番最初に真実の全てを悟ったということは、紛れもない事実なのだが。
勇者ハジメは完走したのである。この途轍もない途方もない、獣人奴隷解放編の謎を。その真相に。真実に。
「御名答。チュー三郎さん──もとい、ベルお嬢さんはこちら側で丁重に預かっています。まあ、あの方は無関係らしいので、安全安心にご返却いたしましょうか」
ビードはニヤリと笑った。ハジメが推理で当ててくれたのが嬉しいみたいに。客人とお喋りするのが、楽しいみたいに。
が、ハジメの動体視力は、見逃さなかった。語るビードの隣──今までずっと突っ立っていたイヌ耳少女マロナが、その時いきなり突撃の動作をしたことを。
一瞬の出来事。常人の目には留まらない速さで踏み出したマロナは、その後ろ腰に帯刀していたアーミーナイフを、ハジメへと差し向けた。獲物の頸動脈を冷静に掻っ切ろうとする。
「うおッ!?」
避けるハジメ。しかし、刃は首肉へとスレスレで掠った。反射で腕を払い、少女のナイフを落とさせる。金属が落下し、そのまま床を滑る音。ナイフは離れた位置に行った。
すぐに患部を確かめるハジメ。例の、謎の噛み跡の上に、傷は重なった。皮膚が若干デコボコしている。ぬるっと、少量の赤い温度が指を撫でる。全身の血が凍った。
「おや、避けましたね。さすがはC級冒険者。ここ超高難易度ダンジョンに、単身で降っただけのことはありますね」
パチパチと拍手をし始めたビード。マロナはハジメの横で立ち止まっている。次の指示が出るまで一ミリも動かない、といったふうに。
その軍帽が、今の攻撃の相対速度で脱げた。風圧によって、露わになった右のイヌ耳耳介。
──獣人ピアスだ。
ネズミ獣人奴隷に付けられていたリング、そのもの。
ギョッとしたハジメの目が一瞬取られた。が、すぐに大元へと向き直り、その極悪な嘘つきご主人様を糾弾するハジメ。
「ふっざけんなッ。やっぱり、ベルを返す気なんかないだろう!」
「またもや御名答──ふむ。実力は相当のものと見た。僕の作品といい勝負になれるかな?」
と、これまたニヤリと笑ったビード。ニコニコと爽やかな笑みである。顔立ちは良い、若い男だ。それが、ゆっくりとイヌ耳少女──一匹の獣人奴隷へと向かって、命令する。
「行け、マロナ」
イヌは突撃する。
三人のダンジョン単独行動編は、とりあえずここで一旦区切ります。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。




