6匹目 ネズミ、脱走中
しんだ
「チュー三郎! なんで、来ちゃ……あ」
少女はネズミを見るなり、にわかにそう叫んでハッとした。
ネズミの鳴き声に顔を起こした、檻の中の少女。
少し幼く見える──が、美人だ。
地べたに尻が裸のまま、直接座っている形だ。
「……人間の、ひと?」
こちらに気がついた。目が合う。
少女の瞳に、恐怖と敵意が映った。
身動ぎ、丸裸の玲瓏な脚が警戒し防御するように縮こまる。
その繊手は上方に両腕とも高く縛られ、背後の壁に縄できつく括りつけられている。
「ちゅ、ちゅう」
いつの間にかネズミは、ハジメの右隣のアンティーク風の机に乗っかっていた。燭台の置いてある机だ。
その天板にもう一つ、これも置かれた金属製の小箱を、ネズミはカリカリと引っ掻く。
「ちゅ……」
悲しげな声を出すと、ハジメの方を振り向いた。
どうやらネズミには開けられないらしい。
ハジメは小箱を開ける。蓋がずっしりと重い。中には小さな錆びた鍵のようなものが入っていた。
鍵を取る。たぶん、檻の鍵だ。
「あ」
少女が小さく叫ぶ。キョトン、と目を見張っている。
檻に歩き近づきながら、それにしても──とハジメは思考する。
ひどい、有り様だ。
その裸体は暗所にも見るからに痩せていて、身体中に痣や擦り傷、それに鞭で打たれた跡みたいなのが幾つもある。
およそ人間の仕打ちとは思えない、否、だからこそ人間の残虐性が垣間見える、惨憺たる光景だった。
と、気がつく。
少女の、肩ぐらいの少しクセのある柔らかな銀髪に紛れて、一対の人間ではない耳介が生えている。
あれはそう、まるで。……
「……ネズ耳?」
■■■
ガシャンッ。
鍵穴の方も錆び付いていて、手間取りつつ開けると、そんな音がした。
ネズミがちろちろと少女のもとへ駆け、その鋭利な門歯で彼女を縛る縄を食い千切る。
少女の腕は、解放された。
その表情は恐怖こそ残っていたものの、自分を救ったらしきハジメに対する敵意は薄れた。
が、代わりに困惑の感情が訪れる。
すると、ネズミがなにやら少女に耳打ちするようなポーズをした。
少女はそれを聞き取れているのか、『えっ?』とか『うん……』とか頷いている。
やがて、彼女の恐怖の色のほうも薄れてきたようだ。
「あの……ありがとうございます」
少女は口を開いた。
話しかける──ハジメに。
「ああ、いえ、その……」
女子の、裸である!
とはこの場合、思えなかった。
その姿態は凄惨で、目を背けたくなるほど、哀れ。
ハッとようやく気がついて、ハジメは真っ裸の少女に自分の着ているシャツを手渡した。
距離を取りつつ腕をめいっぱい伸ばして、引け腰になりながら。
「…………」
少女はうやうやしくそれを受け取ると、ペコリと小さく律儀に御辞儀をした。
なよやかな手付きで被る。
と、ちょろりん、とその腰に、可愛らしいネズミの尻尾のようなモノが生えているのが見えた。
着ると、彼女は立ち上がった。
小さな体軀に太腿の方まで、際どいワンピースのようにすっぽりと収まっている。
それはハジメにとって、むしろ丸裸のときより目を逸らしたくなる光景だった。
背徳、というか、罪悪、というか。
そのチラと覗くなめらかな太腿にも、小さな擦り傷が何個かある。
見てはいけないもののような、残酷と優婉との間に。
しかし、たしかに光る生命力が、少女には在った。
「あ、あの。これも……っ!」
言いつつ、動転しながらハジメはズボンも脱ぐ。
その白く艶かしい太腿も隠さねば、と思考したのだ。
ハジメは脱いだ。
が、勢い余ってパンツも脱げた!
「「あ」」
二人は同時に言った。
ハジメは呼吸が停止した。
少女の恐怖の色が、再び濃くなった。
「あ……の。ソレは、大丈夫、です……」
■■■
しんだ。