63匹目 ハジメ、ダンジョン無双中⑨
ハジメ②
「ハッ」
ハジメは目覚めた。異世界何度目の気絶だろう。そろそろカウンターを設置してもいいかもしれない。
・一日目、スライム逃走
・二日目、スライム臨死(イノシシ前)
・五日目、ネコ戦2(裏路地)拉致
・八日目、B級イノシシ、ワンマンプレー
・九日目(今日)、ダンジョン電撃ショック
──計五回。数え漏れがあったらごめん。
「平均して、二日にいっぺんは気絶してるわけか……とんでもねえな」
ハジメは独り言ちる。と、よいしょと起き上がった。
それと『気絶したように眠った』とかを含めると、たぶん倍くらいになる。まあそれは今はどうでもいい。
ダンジョン八十六階層。そこにハジメはいた。辺りは、未だ気絶おねんね状態の激強モンスターが、ゴロゴロ転がっている。異世界人がもしこの光景を見たら、それこそ卒倒して気絶するだろう。
が、そんなことは知らないハジメ。ピクニック気分で鼻歌でも歌いながら進み始める。気絶して、これまた強制的に休んだから、体力はまあまあ回復しているようだった。
ついでにまたもや科学的創作的見地で言うと、例の壁鉄鉱石鉱物魔素反照反応に、ハジメが体力回復できた秘訣があった。
ここは超高難易度ダンジョン。その空間に、気流や壁や地面や天井に、濃密な魔素が漂っている。で、じっとしていればMP、つまりこの世界で言うところの魔力が自動的に回復される仕組みであった。
が、こんな激強C級B級モンスターがうろちょろ跋扈している状況で、全く動かずにじっとしていられる者なんていない。全部のモンスターを倒すなんて、A級冒険者のザクロでも無理な話だ。それこそ、気絶させてその行動を止めでもしない限り……。
「うーん。また道が分かれちまってるな。ベルはどっちにいるんだろう?」
と、ハジメはここで分かれ道を発見した。二つの穴がある。
このダンジョンは、本当に迷路みたいなダンジョンだった。今までも行きつ戻りつでなんとかここまで進行させたが、そろそろ面倒くさくなってきた。
いつまで道は続くんだろう?
どこまでベルは連れてかれたんだ?
ハジメは正直うんざりだった。なんで自分がここまでしなければならないのか。
ベルを助ける為とはいえ、愛しのあの子に会いに行く為とはいえ、三百キロメートルも離れたダンジョンに起き抜けから疾走し、失踪した彼女のもとへと疾走し、たどり着いた。まあ疾走したのはザクロで、自分はそこに乗っかっただけだけど。でも、衝撃とか風圧とかがすごかった。
で、今現在も、今度は自分自身の足で疾走している。頑張って孤独に、あの世界一宇宙一銀河一キュートなネズ耳少女を捜索している。死ぬほど気絶するほど頑張っている。普通の人間ならできない、こんな単身で超高難易度ダンジョンに特攻するなんてこと。
それに、ベルといたらめちゃくちゃ疲れることばっかりだ。
あの子がいなかったらザクロに会うこともなかっただろうし、そしたらドミノ倒し的に、ヤギ娘ドリーともエンカウントすることはなかった。
たぶん例のじじいたちの家にでも匿ってもらって、冒険者じゃなくても普通に働いて、普通に異世界スローライフを送れていただろう。
まあ、高確率でどっかで野垂れ死んでいたかもしれんが。
でも、死ぬ確率ならたぶん今でも同じだ。今のところまともに冒険者はやっていないが、しかし毎日わりと死と隣合わせなことをやっている気がする。
ヒキニートだった自分にとって、この激動超特急の日々とそれに伴う消費カロリーは、結構キツイしんどいものがある。
「クソー。こうなったらベルに嫁になって責任とってもらわないとな。なんてな! ハッハッハ……」
図に乗ったハジメの声が、しかし寂しくダンジョンの虚空へと反響した。
どうあがいても、孤独な彼だった。自分一人、辺りは誰もいない。モンスターは道中ほぼ気絶させ尽くしているから、わんわんもガオガオも強つよなやつらは、今はいない。
眼前には、二つの道。右か左か、クソめんどくさい分かれ道。ハジメはイライラしながら叫ぶ。なにかと日々のストレスが溜まっている彼だった。
「つーか、こういう時に限ってチュー三郎がいねえのかよ!」
「ちゅう?」
「そうそうこんな鳴き声の……って、え!?」
振り返る──下だ。
「チュー三郎!?」
「ちゅう!」
『やっほー』とでも言いたげに挙手をしているのは、例の体毛灰色紫色混合角ネズミだった。いつの間にかハジメの足元へと来ていた。
その小ネズミは呆然と硬直するその男をスルーしつつ、眼前にそびえ立つ二つの忌まわしき穴道へと対峙する。
そして、クンクンと匂いを嗅ぐ動作をし、左側の穴道をその小さい顎で指し示して、
「ちゅ、ちゅう!」
『ここ!』とでも言いたげに鳴いた。
げっ歯類小動物の可愛らしい甲高い声が、薄暗いダンジョン内へと反響する。ハジメは目をパチクリさせてそれを見ていたが、やがて、
「おン前遅っせーよ! ハッハッハ、待たせやがってこのヤロー、可愛いなこのヤロー、もう! このこのこのーッ」
変なテンションでチュー三郎へとスライディングし、抱きついた。思いっきり頬ずりしキスしまくるハジメ。その手の中で熱烈に愛されながら、悶えるネズミ。
孤独だったハジメ。何時間も、独りでダンジョンを攻略してきたハジメ。この際、ネズミだろうがモンスターだろうが、知り合いがいるということは、とても心強かった。
それに、今一番会いたかったやつだ。これほど、現在の状況にピッタリな人物(ネズミ物?)は、いないだろう。全ての希望が見えた。もう全力でこいつの案内に乗っかろう。
「チュー三郎、チュー三郎! よーく来てくれたなぁお前。今までどこ行ってたんだよー。
さあ、ベルはどこだ? 案内しやがれ。おおよし、可愛いかわいい、チュッチュ、チュッチュ」
「ちゅやーッ」
「ぐぶふうッ」
ハジメはチュー三郎に吹っ飛ばされた。その頭のてっぺんのユニコーンみたいな角で、顔面を殴打された。と、彼の手から逃れたチュー三郎は、地面へと華麗に着地。一方、壁に激突したハジメ。瀕死状態。
「くっ……愛の鞭、しかと受け止めたぜチュー三郎……」
「ちゅうううう……」
チュー三郎は威嚇。たじろぐハジメ、口端に付いた血をピッと払う。
ちなみに、今のハジメの質問に答えておくと、チュー三郎。彼は、先ほどまでベルといた。
現在ここ八十六階層、ベルがダビィとゴブリンから逃げた場所は九十六階層。十階層違い、ニアピンだ。チュー三郎はハジメを呼びに、ここまで来たのである。
が、そんなことは知る由もないハジメ。取り直して、相棒のようなネズミの彼へと話しかける。
「で、ベルへと続く道は左だな? そっちへ進んでいいんだな?」
と、轟音。
■■■
ドゴーーーーーーーンッ。
「うわっ」
ハジメはびっくりして跳ね上がる。否、彼自身の意思により跳ね上がったのではない。ダンジョン自体が大きく揺れて、自動的に身体が宙へと少々浮いたのだ。
下階層から、なにかものすごい音がした。まるで、地面がまるごと崩落したような、大量の岩が崩壊し、落下したかのような音。と、地響きだった。
「な、なんなんだ?」
「ちゅ……!」
と、ここでピクンとネズ耳を立てたチュー三郎。何かに気づいたような、事態を察知したような様子である。
「ちゅう」
今日はなんだかおしゃべりな彼。そして今度は右側の道を指し示した。
「は? 右? さっきと変わってんじゃねえか。左じゃないのか?」
「ちゅう、ちゅ、ちゅう!」
『事情が変わった』とでも言いたげなチュー三郎。ハジメは眉をひそめつつも了承。
「なんか今ものすごい音がした気がするが……まあいいや。よし、おれは右を進むぞ。いいな?」
「ちゅ!」
肯定の動作チュー三郎。可愛くコクリと頷く。が、彼にとっては決意の表情。
ハジメは首を回し、腕を伸ばし、屈伸。ストレスを緩和するように、ストレッチ。深呼吸がため息に変換される。
「はあーメンドクセ。ま、ベルを助ける為だな、しゃーなしだ。うし、進むかあ……」
パンッと頬を叩いて歩み出す。右側の穴道だ。そこそこ疲れている彼である。異世界来て九日目。ストレス発散とかもしていない。
でも大丈夫だ、主人公ハジメよ。お前のストレスはもうそろそろの展開で、たぶんあと十話ほどで、めちゃくちゃ最高な形で発散されることになる。
嫁のごほうびタイムがくるぞ。めっちゃいい気持ちになれるぞ。むちむちムフフだぞ。期待して待っているが良い。




