62匹目 ハジメ、ダンジョン無双中⑧
ザクロ②
「クッ──ハハハハハハハハハハハ!」
クマ女の嗤い声が、ダンジョン一階層へと響き渡る。彼女はもう全身ズタズタで、骨も内臓もろくなものではないはずだ。なのに、嗤っている。
反対に、絶望の表情を浮かべるザクロ。その腕には、ネズ耳と脳漿をぶちまけた奴隷女性。顔面は、流れる血に塗れている。
「あ……ああ」
ザクロ。ネズミ獣人を抱くネコ獣人。もう蘇生直後の、異様な雰囲気は消え去っている。完全に、いつもの優しいザクロだ。優しくて、人を気遣って、誰かを傷つけることを何より嫌う、彼女である。
その彼女が──無関係な人を。
「殺した! お前、殺したよ! クッハハハハハハハハハ!」
「ああ、あああああああ…………!」
懺悔と後悔。いくらしても、し足りなかった。それほど罪深いことを、やってしまった。自分は、やってしまったのだと。
ネズ耳と頭脳を貫通したネコの手。血に塗れた手。今、その被害者を抱いている。
貫いた触感。柔らかかった肉。ネズ耳。彼女の、肉体。
嗤いまくるクマ女。慟哭すら上げられないザクロ。甚大なショックは、涙すらも遮る。
そして──動く、肉体。
「ああああ……痛い……痛い」
「「!?」」
──生きていた。ネズ耳獣人シダノは、生きていた。
痛みを訴えつつ、自分を抱え込んでいる人物に気がつく。
「あ……ネコ?」
「い、生きていたの!?」
「え。あれ。ここ……は?」
「あ……」
と、ボロボロと涙が溢れる。ここでやっと、ザクロの感情は溢れ出した。声すら出ず、ただ強く、しかし優しくシダノを抱きしめる、ザクロの腕。
シダノは激痛に悶えながら混乱している。が、それを、その泣いているネコの抱擁を受け入れた。
ぶちまけたのは、脳漿ではなかった。ギリギリ、危ない部分は免れたらしい。骨にも届いてなかった感じだし、普通に会話できる。脳に後遺症はなかった。
「クッハハハ……クレイジーな奴らめ」
と、クマ女が言う。彼女はザクロの猛攻を浴びて、地面にめり込んだ姿勢のままだった。もう四肢もほとんど砕いたから、一歩も動けないらしい。
むしろ、指先でシダノに命令できただけ、根性だった。だから、それが最後の動きであった。
「おら。トドメを刺せ。感動の生還劇には、悪役の死は不可欠なオチだろう? 殺せよ、私を。無差別に満身をぶち壊してくれたその腕で、私をただの標本としてみろ」
「……」
ザクロはシダノを安置し、クマ女の前に立った。安心したような表情になる、クマ女。
が、その首に手を当て、念入りにパワー調節した魔力で、電気ショックを浴びせるザクロ。
気絶させた。クマ女は動かなく、喋らなくなった。
■■■
「あの……助けていただき、ありがとうございます」
「いえ……元々、傷つけたのは私だからね。本当、ごめんなさい。あなたの、大切な身体を……」
「いいんです、気にしないでください。事情が事情ですので。悪いのは全部、メルダさんたちです」
「メルダ?」
ザクロはネズ耳女史・シダノの応急処置をしている。といっても、このダンジョンに薬草は自生してない。
そして、なにより痛恨のミスなことに、ザクロは回復薬を持っていなかった。
朝、ベルを追うことで頭がいっぱいで、持ち物を全く持参していなかったのである。ハジメみたいな、全財産所持とか、そんな余裕もなかった。
これはザクロ、彼女の特性でもあった。不意打ちに弱い。大切なことを見落とす。詰めが甘い。
だから、現在はクマ女のチャイナ服を破いて、その布でぐるぐる巻きにしているに過ぎない。
頭を止血されているシダノ。しっかりとした手つきで、適切に処理するザクロ。
なにげにザクロの、旅時代の経験が活かされるシーンでもある。無論、彼女はヒーラーではない。が、生きるうえでの最低限の知識、生存戦略は、身につけた。身に付けざるをえなかった、彼女だ。
「メルダさん。あのクマの女性です」
と、ザクロの疑問に答えたシダノ。二人して、気絶した例のクマ女を見遣る。地面にめり込んだまま、寝っ転がっている。服の裾が破けているのは、前述の通り。
死んではいないだろう。獣人だから。それを差し引いても、あの強さ、タフさ、生命力だ。放っておけば、じきに目覚める。回復しているかどうかは、わからないが。
シダノは説明する。親切丁寧に、事情を知らなそうなザクロへと教えるように。
「ここのダンジョンは、彼女たちに管理されているんです。だから、奴隷である私たちが、彼女──メルダさんの警備巡回に、駆り出された」
「『警備巡回』……もしかして、私?」
と、ザクロは自らを指差す。すでに応急処置は終えたようだ。
応じるシダノ。ネコとネズミ、二人の会話。
「あ、たぶんそうですね。侵入者ですよね?」
「まあ、侵入したっちゃしたけど。え、何? ここってそんな厳重なダンジョンなの? 一般人入場禁止?」
「まあ、ダンジョンは、ダンジョンなんですけど……あ」
「?」
ここで言い留まり、何かに気付いた様子のシダノ。にわかに、立ち上がった。それを不思議そうに眺めるザクロ。
「申し遅れました。わたくしシダノと申す者です。セジウム出身、ネズミ族です」
「ああ……」
なにかと思えば、ただの自己紹介だった。ザクロも倣う。座ったまま、ペコリとお辞儀して。
「私はザクロ。出身はわからないけど……ネコ獣人。うん、ネコ族のザクロよ。よろしくね、シダノ」
獣人区別語を種族名に言い直したのも、相手に倣った言い方なのか。わりと気が細かいザクロであった。
と、首を傾げたシダノ。
「ザクロさん。はて。聞いたこと……あるような?」
「ああ。私A級だから。それじゃない?」
「え!? A級!? あ、どうりで……」
「ふふっ。ネズミ族にも知られてるなんて、光栄だわ」
「はい、もちろん存じあげております。うちのデルタ様が、昨今B級になられたとの報告がチュー三郎からありましたから。冒険者界隈については、そこから……」
「え? チュー三郎が?」
「……え?」
顔を見合わせる二人。キョトンとしている。双方、『なぜあなたがその名前を知っているのか?』といった様相だ。
「チュー三郎を、ご存知と?」
「いやむしろ、なんであなたたちが知ってんの?」
「……もしや救世主とは、あなた様のことですか?」
「え? なにそれ、『救世主』?」
「はい。チュー三郎のお導きにより、ここへ来られたという……」
シダノはだんだんと明るい表情になる。瞳に、希望の光が差したような色を見せて。
しかし、ザクロはそんな期待を裏切ることになる。なんだか申し訳ない気もするが、勝手に期待したのは向こうだ。普通に真実を告げる。
「いやいや、知らないわよ。私はベルちゃん探しに来ただけで……」
「え? ベル様を?」
「……え?」
再度、見合わせる二人。先程とおんなじやり取りが繰り広げられた。ただし、立場はひっくり返されたが。
「ベルちゃん、知ってるの? シダノ」
「いえ、知ってるも何も、地下に幽閉されてますよ。私たち警備組も、さっきまでそこで、一緒に」
「ゆ、幽閉!?」
衝撃の事実に、ザクロは噴き出した。ゲホゲホと、先ほどまでの戦闘の名残が吐き出される。つまり、少量の血反吐だ。
「ああ! 大丈夫ですか!?」
「がふッ……大丈夫。ちょっといやかなりビックリしただけ。な、何? ベルちゃん捕まってんの?」
「あ、はいそうですね。──そうだ! 回復薬もそこにありますし、案内しますよ」
「へ? どこに?」
にわかに提案したシダノ。彼女の押せ押せな雰囲気は、やはり消えてないようだった。ベルもそれでタジタジしていたのだから。
で、今はその急激な展開に、ザクロがタジタジしている。そんな彼女の混乱な様子もわりと放置な感じで、シダノはその提案を、キラキラと明るい表情で告げる。
向かい合う二匹。ネコとネズミ。
ネズミの方は、とても興奮した感じで、目をキラキラと輝かせながら突っ立っている。
ダンジョンへと響く、ネズ耳女史の声。
「──ダンジョン地下百十八階層!」




