61匹目 ハジメ、ダンジョン無双中⑦
ベル②
「痛ッ」
ベシャ、と。ベルは落ちた。
ダンジョン。その小さい坑道を這いつくばって抜け出たベル。
おそらく別層に出たのだろう。穴は全体的に登り坂だったから、上階かもしれない。とにかく、先ほどの捕虜室から脱出できたことは確かであった。
チュー三郎の案内したネズミ穴。ベルが通った道。
それは、非常に狭かった。体格の比較的小さめなベルでも、その匍匐前進は困難を極めた。
天井の岩に、頭がガンガンぶつかる。歩み進める、その肘や膝や腕やつま先がとても痛い。
身体中が、もう傷だらけだった。擦り傷、打ち傷、生傷絶えない見るも無惨な柔肌。
少女ベルにまとわりつく、土とか砂とかの汚れ。なんなら小石がその傷口に刺さっているくらいに。
「うう……痛い」
ベルはその小石をピッと取り払いながら、再び歩み始めた。ようやく広い道に出られたらしく、普通に二足歩行でも大丈夫だ。天井も高い。
前方、チュー三郎に付いていく。少女の傷口からは、微かに血が滴っている。
「ちゅ!」
チュー三郎が、突如立ち止まった。ベルの行進を牽制する。
威嚇。彼はベルを庇うように全身の毛を逆立て、彼にとっては低い声、しかし実際はネズミの甲高い声で、唸り始めた。
気づき、バッと視線を上げるベル──人影が見える。
「侵入者ですね……よくぞここまで来ました」
──ウサギだ。ウサギ獣人が、いた。
二十代後半くらいの女性。なぜか柔道着をまとっている。髪はセミロング、薄ピンク色、でもって童顔巨乳。典型的なウサギっ娘そのものだ。
しかし、なぜに柔道着? の、奇妙な格好のまま、ベルへと襲いかかってくる。
「ひゃっ」
避けるベル。間一髪だった。ウサギが突進した角っこの地面は、ものの見事にえぐれている。そのウサパンチは振り返り、もう一発ベルへとかましてくる。
また頑張って避けるベル。ここら辺のフィジカルと動体視力は、イノシシの時もそうだったが、結構なベルのステータスらしい。二回外されたウサパンチ。三度目の正直。
とは、ならなかった。これも外れた。素晴らしい回避力ベル。弱小獣人にありがち設定『逃げるの得意能力』が、ネズミ獣人のベルにも、しっかり備わっているようであった。
「ふふ……三度も躱しましたね。しかし私の方も、やみくもに攻撃したわけではありません。行きます、『スキル』──」
と、振り返ったウサ女子はにわかに宣言する。と同時に、地面へとそのウサパンチをぶちかます。
「──【掘削】ッ!」
ドゴーーーーーーーンッ。
と、地面が崩壊した。どうやらウサ女子は、その三回の攻撃で地面の岩石にひびを与えていたようである。
そしてその弱まった部分に、最後トドメの一撃を叩き込み、完全にひびが行き渡った地面が瓦解し、崩落した。ということだ。
ちょうどこの時に、例のザクロ復活、ハジメダンジョン電撃ショック事件が起こっていた。
のだが、ウサ女子の方、地面崩落の衝撃が強すぎて、ベルには感知できなかった。
という補足も、付けておこう。
■■■
「痛ったーいっ!」
声が聞こえた。目覚めたベル。すぐに状況に気づき、バッと上体を起こさせる。
辺りを確認。瓦礫が積み上がっていた。奇跡的に助かったベルだった。その傍らに、ぐったりとしたチュー三郎。
どうやら、彼がベルを庇ってくれたらしい。少し傷が付いている。が、彼もまた無事だ。息があるのを確認、気絶しているだけと把握。
と、その元凶がボコッと瓦礫の中から首を出した。例のウサ女子だ。
どうしてそうなったのか、自分で仕掛けた罠に自分で嵌まったらしく、瓦礫攻撃をモロに受けていた。
完全なる自爆。今の『痛ったーい』の声も、彼女のものだった。
「あーもう、またやっちゃった。なんかこう、離脱が上手くいかないんだよなー、私まで巻き込まれちゃう。はあ……落ち込むよぅー」
「え……っと」
「あ! あなた侵入者ですよね! 捕まえちゃいますよー、少々お待ちください──あたっ」
瓦礫の中から首を出すそのウサ女子は、上半身を抜け出し、なぜか落ち込んでいた。
と、ベルの存在に気がつき、にわかに彼女を指さし、向かおうとした。
しかし、瓦礫に足が突っかかり、そのまま勢いよくコケてしまった。
……なんとも情報量の多い女性だ。
たぶん、ドジっ娘キャラなんだろう。これまたウサっ娘にありがち設定である。自分の地面崩落攻撃にも、自分で嵌まっていたし。
というか、自分で地面を攻撃したら、自分も落ちるのは必定であろう。なんらかの形で、最後だけ、遠距離攻撃すればよかったのに。そうすれば、自身が巻き込まれることなく、相手を落とし込めただろう。
まあ、そこら辺はどうでもいい。要は、このウサ女子は馬鹿である。ザクロが応対しているクマ女とは大違い。わりとラッキーな敵に当たったベルであった。
「あ、大丈夫ですか!?」
「ううー、抜け出せないよぅー」
「手伝います……ああ、これ足が入り込んでますね。ちょっとこの石どけますね」
「うーん。ごめんねー……」
「はい、抜けました」
「うわ、本当! すごいすごい、ありがとうございます! うひょー!」
「わぷっ」
ベルの助力によって無事瓦礫から脱出したウサ女子。は、その恩人へと、感謝と愛のハグをかました。
困惑するベル。突然のこと、いきなりの展開だった。
ウサ女子。結構おちゃらけたというか、それこそ足だけでなく、頭のどこかも抜けた感じの人である。
と、やっと気付いたようだ。その、自分がハグした相手が、このダンジョンの侵入者であったことに。
「ハッ。そういえばあなた侵入者ですね」
「え、いまさら」
「ちょっと連行してもいいですかね?」
「え……嫌です」
「うあちゃー。それは困っちゃうなー。どうしよ、ビード様にどう報告しよっかなー」
「ビード様?」
唇を指で撫でつつ思考するそのウサ女子の言葉に、引っかかる様子のベル少女。
思い出す。先ほど捕虜室で、バヤンが言っていた台詞。
『研究者ビード』──
さらに思い出す。昨日の食堂の件。ハジメの向かい側に座っていた、例の金髪白衣の男。
彼も、たしかビードとかいう名前だった気がする。隣のイヌ獣人少女、マロナの自己紹介で出てきた言葉だ。
で、彼も自らを研究職と名乗っていた。
なにか、閃きかけるベル。なにかが引っかかる。真相にたどり着けそうな気がする。
ビード。白衣。獣人研究者?
そしてここ──研究室ダンジョン。バヤンの言葉。
それに、イヌ耳少女、クマ女、ウサ女子。三人の女性のコスプレ格好。
と、その柔道着ウサ女子はにわかに自己紹介する。
「あ、申し遅れました。私の名前はダビィです! ビード様の研究助手兼、ここのダンジョン整備士やってます! えへ♪」
「え? あ、えっと……ベルです」
「ベルちゃん! よろしくね♪」
「え、あ、はい……」
──あれ? 今なにかにたどり着いた気がしたんだけど。
なんだか、そのウサ女子──ダビィの抜けた声が、全てを吹っ飛ばしてくれた。
と、モヤモヤするベルに、強制的に握手を交わしたダビィ。とても爽やかかつ何も考えてない顔で、ニコニコと笑っている。要は、馬鹿の子だ。愛すべき馬鹿枠。
「えっとー。じゃあベルちゃんどうしよっかなー。ねえ、私あなた捕まえたほうがいいですか?」
「それ、あたしに訊きます……?」
「うーん。でも任務はちゃんと遂行しないと怒られるからなー。でも、ベルちゃんは捕まえられたくないんでしょう? どうしよっかなー」
「……」
なんともくだらない二律背反。困惑ベル。今のうちに逃げたほうがいいんじゃないか、と考える。
と、唸るような声。
「グルルルルルル……」
「ん? ベルちゃんお腹すいたんですか?」
「いえ、違います」
「あーじゃあ私かー。てへっ」
「グえ、ぐえぐけ、グケケケケ……」
「うわすっごいお腹の音。おもしろ!」
「ち、違う……」
「うん?」
振り返るダビィ。その呑気な雰囲気を否定しつつ、恐怖に硬直したベル。唸りながら二人を覗く、大量のゴブリンたち。
「うわーゴブリンだ……」
ダビィの目が白くなる。現実逃避の模様。そんなふうに、小声で楽観視していた。
「ダビィさん、危ない!」
「ふぎゃ」
と、攻撃。ゴブリンの矢が飛んできた。庇うベル。今にも小便漏らしそうなダビィ。間一髪だった。
「うわあどうしよ……怖い怖い怖い」
「に、逃げますよダビィさん!」
「え、あ、はい……」
さっきと立場がまるで逆転した二人。手を引くベル、それに付いて逃げるダビィ。
追うゴブリンの群れ、忘れ去られたチュー三郎……。
「走って走って走って走って走って!」
「はいはいはいはいはいぃぃぃぃ!?」
「グブシャアアア! ぐけぐえくけうがうえくかかぐえくがアアアアア!」
「「ひゃああああああああっ」」
ゴブリンの群れは、女子二人を永遠に追いかける。逃げる、弱小獣人二人組。
そして、チュー三郎はどこにもいない。




