59匹目 ハジメ、ダンジョン無双中⑤
ザクロ①
「どうした? もう終わりか?」
「……ふう、ふう……ッ」
ザクロの呻き声。彼女は苦戦していた。鉄鉱石、その瓦礫にもたれ掛かっている。その姿、満身創痍。
ダンジョン一階層。ザクロはまだそこにいた。そこで、例のチャイナ服クマ女と激しいバトルを繰り広げていた。
と、クマ女が言う。心底愉しそうな、嘲笑するような表情。ザクロの頭部を片手で引っ掴み、強引に上を、自分の顔を向かせる。
「馬鹿はそっちの方だったなあ、くふふッ。奴隷を庇ってちゃあ、本気は出せないよなあ。お得意のビリビリバチバチも、皆に当たっちゃうもんなあ……」
「くッ」
払いのけるザクロ。すぐさま反撃。電撃を繰り出そうとする。
が、奴隷のネズ耳たちに、その端っこが当たる。ビリッと電流がうなり、一人気絶した。
「あっ……」
「あーあ。殺しちゃった、殺しちゃった」
「こ、殺してないッ」
「おっと」
「!? またか!」
バッと、連続後方倒立回転跳びしながら離れるザクロ。着地に少し失敗。ズキッと脚が痛む。
今ザクロは、なぜ後ろへ下がったか?
それは、クマ女の手に奴隷の一人、ネズ耳獣人の若い男が握られた。そして、それを盾よろしく掲げ、ザクロの攻撃を受け止めようとしたからである。
──ここで、彼女らの戦況を説明しよう。
まず、ザクロ。彼女は一切の雷術を使えなかった。
少しでも放つと、その拡散性の強い魔力攻撃は、たちまちネズ耳奴隷たちに当たってしまう。
だから、先ほどから彼女はずっと、近接格闘術を試みている。が、それだと相手の方が一枚上だ。どうやら、クマ女の方が取っ組み合いは得意らしい。分が悪いザクロ。苦戦。
対する、クマ女。こちらはなんの《術》も使わない。攻撃パターンとそのパワーは、全て肉体打撃に全振りしているらしい。そんな強烈なステータスだった。
彼女は卑劣な戦略を使った。ザクロとの近接格闘。その間、自分が少しでもピンチに陥ると、奴隷の肉体を自らの盾として差し出してきた。
なんとも最悪、残酷なガード手法。この世に二つとない、目も当てられない非道な防御。
つまり、ザクロはクマ女に、文字通り手も足も出ない、出せない状況だった。
全力を出せば、おそらく勝てる相手。しかし、ザクロの道徳心が、それを赦さない。
一般市民を傷つけることを。
ただでさえ可哀想な、奴隷という立場の獣人を、自分が殺してしまう危険性がある、ということを……。
「……!」
ザクロは今自分が傷つけてしまった、そして今までに戦いの中で巻き込まれ負傷したネズ耳たちを、救う手段を考える。
そして、懸命に目を巡らせる。が、その視界は『探し物』を、一切捉えない。
「探しても、ここに薬草は無い」
「!?」
ザクロの魂胆が図られていた。クマ女の低い声が、ダンジョン内へと響き渡る。
薬草。それさえあれば、多少奴隷たちを負傷させても、後から回復させられる。つまり、自分の力が解放できる。
しかし──それが無い、と。
「ここは超高難易度ダンジョンだからな。一階層でも、薬草など無いよ。そして、お前の命もな」
「あっ!?」
再び──何度目かわからないクマ攻撃を喰らうザクロ。みぞおちをしたたかに膝蹴りされる。もちろん、身体は大いに固定されて。
さながら抱擁するように、クマのでかい身体がネコへと覆いかぶさる。鈍器のような膝だけが、そのみぞおちへと、獰猛に突き立てられて。
(ハジメ……)
一瞬、ネコの心が叫んだ。ビリ、と電流が、その脳内を奔る。が、すぐに意識が消えた。
衝撃に、血反吐をぶちまけるザクロ。そのまま──クマの膝を包みこんだ姿勢のまま、動かなくなる。
■■■
「あ……死んじゃったかな?」
と、クマ女は呟いた。ぐったりとして、今やピクリとも動かなくなったそのネコの死体を確かめる。
「あー。心臓止まっちゃったな。つまんねえの」
ザクロは死んだ。みぞおちをクマの強烈な膝蹴りで貫かれ、心肺停止した。
と、そのネコの死亡を確認したクマ女は、ため息を吐きつつそこら辺の岩に座った。退屈そうな面持ち。独り言を呟く。
「はあー。この職場なら、強いやつと戦えると思ったのにな。まあ、超高難易度ダンジョンだから、強いモンスターには事欠かないけど。なーんか、味気ねえなあ」
ゴロンと寝っ転がるクマ女。奴隷たちは放置されている。そして、ザクロの死体も。
惨憺たる光景だった。奴隷の半数ほどは、戦いの巻き添えを食らって、無惨に散らかっている。
そのネズ耳の若い男、女たちは、皆怪我をして虚ろな表情で、次の指示を呆然と待っているふうだった。
そして、ザクロの死体。こちらは血に塗れていた。全て、自分の血だ。吐いた血、流れた血、滴った血。その赤黒く汚れた、ネコの形をしたボロ雑巾は、地面に無造作に転がっている。
ネコ。戦った彼女。傷だらけ、痣だらけの死体。眼球が、これまた奴隷みたいに虚ろに開かれたままだ。
蹴られ、殴られ、吹っ飛ばされ。
叩きつけられ、振り回され、引き摺られ。
そして──殺された。
「あーあ。死体処理メンドクセえなあ。またビードの野郎に、飯抜かれんかなあ──」
と、クマ女が呟いた瞬間。
──電流。
■■■
青い光明が立ち昇り、凄まじい破裂音がダンジョン内に響いた。
それはまるで、電撃の音。
「何!?」
ザクロは死んだ筈だ。振り返るクマ女。やはり、彼女は死んでいる。そこにはただの死体があった。
が、異様なのは、その死体を取り囲むような、電流の風景。青い、眩しい光が、その死体を覆っていた。
「な……!?」
クマ女がよく目を凝らすと、その青白い電流は、壁から出ているものだった。
さながら人間の手が、そのネコの死体を抱擁するかのように。ニョキニョキと電気の糸が、そこ、ダンジョンの鉄鉱石の壁から生えていた。
「う……あがッ」
電気ショックを浴びた彼女の死体は、再び復帰する。黄泉の国から返還されたネコの魂。
「蘇った、だと!?」
クマ女が驚愕の声を上げるのも、無理はない。
ダンジョンの壁、天井、地面。あらゆる部位、その鉄鉱石から伝導された電流が、ザクロを蘇生させたのであった。
「フウゥゥゥ。フゥゥゥ……」
息を吹き返すネコ耳美女。ふらふら、クラクラしながら立ち上がる。
まだ死んだばかり、生き返ったばかりで、身体が再び訪れた生命の鼓動に、順応していないようだった。
ネコは威嚇みたいに、その唸るような吐息を吐く。そして、必死の形相で、臨戦態勢を取る。
「お前……まだやるのか?」
これにはさすがのクマ女でも、ドン引きの様相だった。
不死身。もはや、ゾンビみたいなネコの鼓動。
身体中の血が駆け巡る。鳥肌が止まらない。なんて奴だ。頭がおかしいとしか思えない。なぜ生き返った? 確実に死んだはずなのに。
そして、なぜまだ戦える? なぜ拳を構える?
なぜ、戦おうとする? その死ぬほど恐ろしい執着、意志の出どころは、一体──
「ぐあッ!?」
クマ女は、いつの間にか背後を取られていた。と、後ろの首筋に、的確にダメージを与えたネコの膝蹴り。これはたまらない。クマ女は、一瞬意識が朦朧とする。
その隙を、見逃さないネコ。うつ伏せにぶっ倒れようとするクマ女を、しかし今蹴ったのと反対の脚で、真上へと打ち上げる。
花火が上がった。クマと電撃の花火。高いダンジョンの天井へと舞い上がったそれを、再び地獄へと叩きつけるようなネコの肘打ち。
凄まじいスピードだった。まるで、誰かからなにかを、充電されたみたいに。
上空だから、奴隷たちに拡散した電流もわずかなものだった。またショックで二、三ほど気絶した者があっても、死んだものはいない。
無意識に無言でクマを追いかけるザクロの姿。その脳内には、しかし、確かな人格と意志が存在していた。
ザクロの目は、未だ虚ろだった。ほぼ自動操縦モードみたいに、その身体は動いている。
そして、猛攻。いよいよ異様な執着を見せる、連続打撃攻撃。
「あ、ぐが、が、げふッ、あグッ」
クマ女は反撃の隙もないほど、ネコに攻撃され続けている。
その身体は。
四肢を、胴体を、地面へと打ち付けられ、反動で跳ね返り、と、また殴りつけられ、バウンドし、宙へと舞い、打ち叩く、地面、バウンド、叩く、地面……を、繰り返した。
スーパーボールとか、バスケットボールのドリブルの要領。それを人間の肉体で実行していた。
その虚ろな目も相まって、ザクロはもう悪魔みたいな様子だった。少なくとも、慈悲とか手加減とかがある技ではないことは確かだ。
血まみれの獣が、二匹。すでに乾き始めている者と、今現在絶賛失血中の者。残虐なネコと、残虐だったクマ女。光景は、圧倒的。
「ぐ…………が、あ」
たぶんそろそろ、クマ女は死ぬだろう。骨が何本か砕け散っている。臓腑も、ほぼほぼ破れているだろう。エリクサーで助かるかどうか、わからないくらいに。
「……」
ネコは猛攻をやめない。このままだと、彼女はこの獲物を殺す。それくらいの勢い。それくらいの、執着。
だから。
──だから彼女は、近付いてくる者に気が付かない。
「あ、ああ……あああ……」
クマは半分死んでいる。が、それでも存在する思考、意識で、ある命令を出していた。
その命令を。
「……!」
──実行する者。
「な……!?」
気がついた時は、もう遅い。ザクロの手は止められなかった。勢いよく、そのネズ耳に突き刺さる。
「あああああああああああああああ!!」
激痛に目覚めた者。ネズミ獣人の、シダノ。
彼女はクマ女の命令で、ひそかに近くへと移動していた。そして、主人の勇敢な、使い捨ての盾となった。
その盾を貫いてしまったザクロ。目を覚ます。
奴隷の一人、若い女性の左ネズ耳耳介及び頭部肉一部を、完全に吹っ飛ばしていた。鮮血が散る。




