57匹目 ハジメ、ダンジョン無双中③
「奴隷──って、どういうことだよザクロ!」
ザクロワゴンに搭乗したハジメが、その彼女へと問いただす。
ハジメをおんぶしながら超特急で草原を駆け抜ける、その獣人女性型生物乗り物は応える。
「私だって意味わからないわよ! ただ、ベルちゃんの気配にノイズがくっ付いているの。このおぞましさは絶対に獣人ピアスのそれよ。
私、旅をしていた間に、奴隷は見たことがある……その魔力反応と、まるっきし同じだわ」
「獣人ピアス!? 魔力反応!?」
ハジメはほとんど怒号のように、ザクロを糾弾する。まるで彼女が悪人みたいな言い方だった。急激な事態の把握にストレスを抱え込んだ、男の八つ当たり現象である。
「ちょっと、肩掴まないでよ、痛い」
「あ、ごめん……うおッ」
咄嗟に手を離したから、相対速度の風圧にハジメは押される。ザクロワゴンから落ちそうになる。
が、なんとかして持ちこたえる。
──現在ハジメとその乗り物ザクロは、奴隷ベルのいるダンジョンへと向かっている。
その移動手法、ザクロワゴン。一日前にも使ったやつだ。で、草原を駆け巡っている。
冒険者がいた。おそらく、採取クエストをしている。が、その異様な猛スピード物体を見てギョッとしている。
老人と子供がいた。近くの村の人間だ。それらも、その二人羽織みたいな謎の黒い塊を視認する。しかし、すぐにとんでもない速さで過ぎ去るものだから、白昼夢かと思う。
ザクロとハジメ。男は女におんぶされている。それを周囲から隠すように、黒い布──これはザクロのケープだ、で覆うようにして、さながら二人羽織状態。道中を駆け抜ける。
「クソッ。三〇〇キロってどういうことだよ! なんでベルがそんなとてつもなく離れたところにいるんだよ。それもこの一晩で、おかしいだろ!?」
「だから、知らないわよ! あんただけが無知蒙昧な哀れな人間って思わないでよ。私だって情報ゼロの状態でやってんの。
むしろ一人で向かいたいところ、あんたも乗せてやってるんだから感謝しなさいよ!」
「ありがとうございますザクロさん」
「あと三分で着くわ。準備しなさい」
「準備っつっても……今この背中で出来ることなんてないだろ。一応、家から全財産持ってきたが……」
と、ハジメは懐の革袋を少し出して視認する。ジャラ、と、そこそこの硬貨が入っている音がする。
ベルとの同棲違法ダンジョン。ハジメは、もう二度とそこへと帰れないような予感がした。
ベルの失踪、チュー三郎さえいない。これは今までにない、異常事態なのだと。
もうベルには会えないかもしれない。そんな気がしてならない。吐き気がするような、虫の知らせだ。
奴隷──ベルが、奴隷?
冷や汗をかいてくる。彼女と初めて会った時。ちょうど一週間前だ。
檻に囚われていたベル。
さらに、彼女の耳介、そのBB弾大の穴。
馬車でザクロから聞いた話。獣人奴隷。
──ベルはかつて、奴隷だった。
──そして現在も、なぜか奴隷になっている。
「何なんだよベルさん、あの人捕まり過ぎじゃないか!?」
「ハジメ。着くわよ!」
「うおっ」
急ブレーキ。ハジメはガックン、と突如訪れた強烈なGに一瞬意識を喪いかける。
だいぶ大雑把すぎる、ザクロの到着。が、ベルの居場所、そこへと着いた二人。
そこは。
「「ダンジョン……?」」
ハジメ、ザクロは同時に言う。
そこは、山の麓にある洞穴のような、よく探さないと発見できない洞窟のような入り口だった。
■■■
ドゴォオオオオオオオオオオオンン!!
ザクロの雷術が、その壁に炸裂した。
「……嘘だろ。壊れない……」
「……たぶんこれ、人為的なものね。自然物じゃない」
その壁を触り、ネコが言う。隣には、壊れなかった壁に圧倒されるハジメ。
二人の目の前には、巨大な透明の壁があった。その壁は明らかに、周囲の鉄鉱石のような岩壁とは異なった様相をしている。
だから、攻撃した。怪しすぎる壁、そこへぶちかますザクロ電撃。
が、全く壊れない。傷つきもしない。特殊な壁のようだった。
「人工物ってことか? だとしたら、一体誰が……?」
「おそらく、このダンジョンの管理人ね」
「管理人?」
「ダンジョンマスター。ギルド協会に正式に申請して、この空間の持ち主になった奴」
「そんな奴が……」
「で、その所有を保護する障壁みたいなもんかしら。これも、自分で作ったんだと思う。
それにしても、かなりの魔力障壁よ。A級である私の攻撃を防ぐなんて……」
「ザクロ。お前本当にA級か?」
「どーいう意味よどーいう意味よ!」
「痛ててて、ギブギブギブ!」
疑うハジメに、逆エビ固めをかけるザクロ。
こんな非常事態に何やってんだか。まあ、彼ららしいっちゃ彼ららしい風景だ。あまり緊張を抱きすぎるのもよろしくない。これからのパフォーマンスにもかかってくる。
これから──おそらく、何かが起こる。
そんな気がしていた。すでにザクロとハジメの二人は、臨戦態勢に入っている。こんなおふざけをしていても、警戒を怠ることはない彼らなのだ。
「で、ベルの気配はどっちだ?」
「うーん。それがね、なんかいっぱいいるのよ」
「は? いっぱい?」
「うん、そう。ベルちゃんに似た気配が、いっぱい」
「似た気配。おれではなく?」
「……」
ザクロは真剣な面持ちで思考するように黙る。おそらく、例の探知タイムだ。さらに意識を集中させ、ベルの音や匂いを辿っている。
が、ハジメに海老反りをかけたままの格好なのが、なんとも締まらない。
話を無視されたハジメ。は、その隙にするりとザクロのロックから抜け出す。服についた汚れをパッパと手で払い、立ち上がる彼。ゆっくりと周囲を窺う。
ダンジョンだ。しかし、ベルとの同棲ダンジョンとは、少しその形状と性質が異なる。
あそこは岩のダンジョンだった。が、今のこれは鉄鉱石のような壁に取り囲まれていた。
その鉄鉱石から、仄かに発せられる光。それらが不気味な照明となって、ダンジョン内をギリギリ視認できる明るさに保っていた。
「なんでベルは、こんなところに……」
「見つけた」
「何!?」
バッと振り向くハジメ。ザクロは閉じていた目を、ゆっくりと開けた。
「ベルちゃん。かなり下層にいる」
「下層──ってことは、強いモンスターがいるところか」
「そうね。今から向かうわ。こっちのルートから行きましょう」
ビリッと、寄ってきた雑魚モンを気絶させるザクロ。隙がないというか、卒がないというか。しかし、ベルを追うことには余念がない。
ハジメも向かう。ザクロジャミングでベルを追う道程に。
と、にわかにザクロが独りごちるような声。
「ん? 反応が近い……こっちに向かってくる? 複数……?」
「?」
ハジメは、前を歩くザクロを見遣る。その不可思議な言葉に眉をひそめつつ。
そして気づく。そのザクロ死角より、謎の茶色い飛行物体が迫っていることに。
「ザクロ、危ない!」
くるりと振り返るザクロ。ハジメはしかし間に合わないと察知し、彼女を自らのボディで庇う。
茶色の謎物体はそのままザクロを狙った位置で、それを押しのけて庇ったハジメへと衝突した。
吹っ飛ぶハジメ。突然のことで、一瞬把握できないザクロ。
──不意打ちだ。
「ぐはッ」
ハジメは地面に引きずって着地した。咄嗟に頭が追いつかず、上手く受け身は取れなかった。
あんなに警戒していたのに。なぜ、直前になるまで、その敵襲に気づかなかったのだろう。
それもそのはず。ということを知るのは、これまた後になってからのことなのだが。
その敵は説明する。親切設計のチュートリアルみたいに。
「ほう。A級相当の私の肉弾丸を喰らい、生還するとはな。なかなかにやる男」
敵は言った。ハジメは即座に上体を起こす。ハッとしたザクロも、もう全力で臨戦態勢だ。
と、パチン。
──という音が鳴り響く。指パッチンの音だ。ダンジョンに乾いて反響する。
ゴゴゴゴゴゴ、ドゴン!
「「なっ!?」」
にわかに先程と似たような壁が降りてきて、ハジメとザクロは隔離された。二人の距離。その真ん中に、一つの透明な障壁。
二人は混乱する。不意打ちに弱い彼らであった。それにしても、警戒は充分にしていたのだけれど。
「おう、侵入者共! また来たな。昨日から、随分と客が多いじゃないか。楽しい、嬉しいな! アッハッハッハ!」
二人は見る。その女の笑い声、その先。
「く、クマ!?」
ハジメの驚きの声があがった。
御名答、クマ獣人である。女の、二メートルほどはあるんじゃないかといった巨体の、クマ獣人。茶髪、何故かチャイナ服を着用している。三十代前半くらい。
と、瞬時にザクロへと攻撃した。そう、彼女ら二人(クマ、ネコ)は障壁の向こう側にいるのだ。そしてハジメは、一人こちら側へ隔離されている。
受け流すザクロ。ここら辺の近接格闘は、見事な動作だ。彼女の十八番でもある。
すぐさま反撃。もう、その攻撃してきたクマ女が敵であることは、鮮明にわかっていた。
電撃を纏った右手で殴りかかる。拳はそいつのみぞおちにクリーンヒット。まともに受けるクマ女。吹っ飛ぶ。
──が、吹っ飛んだその先に。
「あっ!」
肉の壁があった。
否、壁ではない。人の形をしている。それが総勢三十人ほど集まって、クマ女の背中の衝撃を緩和させていた。
つまり、吹っ飛んだクマ。と、それを複数人でキャッチミートした人の壁。
そしてその人壁には、全てネズ耳が生えていることに。
「ね、ネズ耳!?」
ハジメは驚いた。
「ふっ。標本共を持ってきてよかったな。貴様の無作為な攻撃、しかと響いたぞ」
「うあ……」
ザクロが悲しそうな顔をする。自分の加えた攻撃が、間接的にその人々を傷つけた。
ネズ耳たち。彼らは奴隷だった。その耳介に、例の奴隷ピアスが目に取れる。
人民に加わるダメージ。本来、クマ女が受け取るべきだったもの。それらは分散して、ネズミたちに与えられた。
と、事態をわかりやすく統括するように、しかし本人には全くその気はなく、障壁向こうのハジメが叫ぶ。
「まさか……そいつら皆、奴隷か!?」
「御名答。ちょっと操らせてもらったよ。なあに、ただの捨て駒だ。私の盾となることを至上の喜びとしている」
「んなわけあるか! ハッ、ベルさんは……!?」
チャイナ服クマ女が茶化しながら答えるのを見咎めようとしたハジメ。だが、そのネズミの中にベルがいるんじゃないか、という不安が勝る。
見渡すと、ベルはいなかった。三十人は、全く知らない赤の他人、他ネズミ獣人だった。
「クソッ。何がどうなってやがる。ベルは、あの子は一体どんなところに──」
「ハジメ行って!」
「!?」
バチバチッ。
二人を分かつ障壁に、ザクロのビリビリが放たれる。が、電流は透明壁を通らない。
そのザクロが言う。真剣な声。
「とにかく、下へ進むの。こいつは私が片付けとくから。後で合流する。行け」
「……!」
端的かつ迅速かつ明瞭な命令。従わずにおける術など、しかしハジメにはない。それほどまでに、真剣な表情、厳かで鎮圧した声。
分かたれた二人。しかし、共通認識。ベルを助ける、彼女のもとへとたどり着くという使命。
事態が急を要するということは、そのクマ女のクレイジーな様子と最初の不意打ち、ダンジョンの異質な雰囲気より、自明の理であった。
ハジメは駆け出す。ダンジョンの進み方は、この前の馬車で行ったトカゲべろちゅーダンジョンで、なんとなく教授されている。
だから、進む。障壁のこちら側、迷路みたいな鉄鉱石のダンジョンを、地下へ、地下へ……。
「ふむ。男が去ったな。まあ、いいだろう。お前は強そうだ」
「そうね……私一人だけでも、充分よ。あなたみたいな馬鹿を倒すには」
「馬鹿にこんな芸当は出来ないだろう?」
「なっ!?」
ババっと、飛び出したネズミ奴隷たち。ザクロへと襲いかかる。
攻撃態勢のザクロ。だが、下手に力を入れると、このネズ耳たちは、自分の雷術で呆気なく死んでしまうだろう。
避けるザクロ。迫る、ゾンビみたいに意思を無くしたネズ耳たち。
その隙を窺い、味方──奴隷もろとも、ザクロへと猛攻を仕掛けるクマ女。
その恐ろしいまでの非道な戦術に、どうやって立ち向かうのだろうか?
そして、ベルの下へと向かうハジメ。ザクロの戦闘を背にして、ダンジョン内を駆け抜ける。
さらに、遠くで。ベルは捕虜されている。
──さあ、全ての道が開始した。
分かたれる三人。ベル、ザクロ、ハジメ。
ここからは三人、完全に別行動となる。
しかし、案ずるべからず。きっちり実況しよう。一話ずつだ。
まず、明日からはベルだ。彼女の脱出劇を見る。
たぶんこっから百話くらいは、ノンストップで進むこととなる、この物語は。
だから、ここいらで一息ついておこう。何気に最近、文字数が飽和気味だ。
運命の滑車は、すでに回り始めている。
──伝説の男の冒険は、さらなる加速を見せて……。
獣人奴隷解放編──胎動。




