55匹目 ハジメ、ダンジョン無双中
「あれ、ベルちゃんいないの?」
「うん? おうザクロか。おはよう。早いな」
ザクロがハジメの部屋に来た。もちろん、例の違法同棲ダンジョンである。
朝になった。ハジメは起きていた。一晩ぐっすり寝たことで、昨日の疲労もだいぶ取れた気がする。
昨日は本当に疲れた。一日でおよそ二週間分くらいのエピソードが作れるくらい、充実していた。まあ、『充実』と表現できるほど、余裕のあるものでもなかったが。
ザクロワゴン。イノシシ。ビードとマロナ、変態カップル。
なんなら、一昨日のトカゲベロチューも頭数に入れていい。
それくらい、色々なイベントがあった。色々なハプニングが、あった。
異世界来て、今日で九日目。
なんだかんだ言って、結構なイベントをこなした気がする。
またしち面倒な事件でも起こらないといいが。
たまにはゆっくり休ませてくれよ?
なにげにちゃんと休めた日は、三日前──六日目しかない。それも、一日中寝ていた。
と、ザクロがハジメに喋りかける。
「ベルちゃん探知して来たんだけど。てっきり、ここにいるかと思ったわ」
「ああ、お前のスキル……【補食】だっけ。そういえばベル、朝からいねえな。どっかこのダンジョンの中で、また朝飯でも採集行ってるんじゃないか?」
ハジメは応える。
そう、ベルは割と自給自足の人(ネズミ?)なのだ。三日前の夕飯も、彼女が狩ったらしいここのダンジョン産のコウモリ肉を提供されたハジメである。
昨日の食堂の件もそうだったが、彼女はハイパワー過ぎる。基本何でもできてしまう。
家事に始まり、モンスターの解体、突貫工事、二百人分くらいの皿(いやそれ以上か?)を短時間(およそ十分ほどだったろう)で洗浄、店の外装内装チェンジ、その他。
まあここら辺は前にも書いたから、省略。
完璧超人と言っても過言ではないその超絶能力がくっきりと判明した、その昨日。
ハジメは疲れすぎてぶっ倒れた。なんかベルが自分の上に乗っかってた気もするが、疲れすぎて覚えていない。たぶん、夢でも見ていたんじゃないかと推測する。
さすがのベルも二度はやらないだろう。二回も、大の男の上に乗っかるなどという愚行は犯すまい。
と、寝ぼけ眼を擦っていたハジメに、ザクロが問いただす。
「いや、今ここのダンジョンは隈なく探したわ。なのにあの子どこにもいないのよ。もちろん、街にも気配はなかった。ここいら半径二十キロメートル以内には、彼女の反応はない。つまり、いるとしたらここしかないハズよ」
「はあ。どっか見落としてんじゃねえのか? まあ、いつか戻って来るだろ。さすがのベルさんでも、自宅で迷子にはならないですよ……ふああ」
あくびをかくハジメ。呑気にストレッチなんかしている。起き抜けなのもあって、事態を軽く捉えている。
と、不審そうな顔をするザクロ。
「なんかさっきから、そっちからベルちゃんの気配がするんだけど。もしかして、発信源あんた?」
「あ? なんの?」
「匂いの。ベルちゃんの匂い。……まさかあんた、昨日ベルちゃんと何かあったんじゃないでしょうね?」
「おれが? ベルと? 正気か?」
「……」
本気で疑うような目をするハジメ。その瞳には、絶対にリアル女の子には手を出せないという、現役童貞の見るも無惨な男の魂が光っていた。
少し圧倒されるザクロ。それで割と納得したみたいだ。ベルとの関係を問いただした自分の愚かさを省みつつ、気を取り直して会話を続ける。
「じゃあ、私が感知したのは、あんたの気配だったってことね。なんかベルちゃんと似ているから、紛らわしいわね」
「はあ。つーか、ザクロお前なんでここ来たんだよ。おれの部屋だぞ。朝っぱらから、普通に不法侵入じゃねえか」
「は? 不法侵入なのはあんたの方よ。ここが違法物件だって忘れてない?」
「あ」
忘れていた。完全に失念していた。
なにげに、昨夜も当たり前のようにここへ帰宅したハジメであった。
ベルと何日か過ごしただけあって、なんか普通にシェアハウス感覚でいたけれど。
ここは違法ダンジョンなのである。許可ない個人利用は犯罪だ。いわんや、住むことに於いてをや。
「あ、じゃないわよ、全く。まあ、絶対にバレやしないからいいんだけどさ。……ん?」
と、ここでザクロが何かに気づく。ハジメに近づいた時だ。
「あんた……クビ、どうしたのよ」
「は? クビ?」
ザクロはギョッとした目つきでハジメを見る。その視線は、彼の首元に向けられている。
ハジメは見られている辺りに触れてみる。と、そこには傷があった。
というのも、触った指がざらりとしていて、そこから乾いた血みたいなのが採れたからである。
「うおっ。いつの間に?」
「……首はやめなさいよ、首は。ちょっと洒落にならないわ。ていうか、噛み傷? なんか歯型? みたいなのが付いてるわよ」
「はあー。何なんでしょうね? 全く覚えがないぜ」
「まあ、よく知らないしどうでもいいけど、あんまし無茶なことはしないでよね」
ザクロがハジメを心配するような言葉を言っている。珍しい。この人が他人を、それにハジメを心配するなんて。
とも思ったが、彼女は根はいい奴なんだろう。結局、祝勝会含め、昨日は皆の前には最後まで出なかったザクロだ。よっぽど功労を自分以外の皆に全振りしたかったのであろう。
人当たりがキツそうに見えても、ちゃんと仲間のことを考えている。そんな、女性なのだ。
と、切り替えるようにそのネコ耳美女は言う。
「で、ベルちゃんどうしたのよ。私の探知に引っ掛からないなんて相当だわ、ちょっと心配よ。あの子の身に、なんか起こったのかもしれない……」
眉をひそめるザクロ。今や、ハジメの部屋(洞窟、岩ルーム、違法)にちゃっかり入室して、その床(地面)に座り込んでいる。
その錆色の長い尻尾を丁重に前へと流しつつ、ハジメが枕にしていた毛布の上にあぐらをかく。
「というかこれじゃ、王都出発できないじゃない。本当、昨日からテンポ悪いわね、テンポ。もっときびきびとスピード良く行きたいわ
「お前のスピードでは死人が出そうだけどな……ああ、そういやそんな展開だったな。イノシシのゴタゴタで延長されてたけど。たしかに、それだったら、ベルがいねえと話にならない」
「本当、そうよ。どこ行っちゃったのかしら? 私の【捕食】からは誰も逃げられないハズなのに」
ザクロはかなり不安がっている。ここら辺は、彼女の自負の問題だろう。自身のスキルに絶対的な信頼を置いているからこそ、ベル探知不可能に異常事態の意識を持つことができる。もはや確信気味の、嫌な予感だ。
が、ハジメにはそれがわからない。あまり当事者意識というものがない。いつものことだと高をくくっている。
「うーん。まあ、なんかあったらチュー三郎が来るだろ」
「チュー三郎?」
「お前も見たことあるだろ。ベルのオトモ的ポジションの角ネズミ。彼女がピンチに陥ると、助けを求めに来て案内する生物装置だ。最近滅多に見ないけど」
「……そんなのいたっけ」
「いただろ! お前が裏拳で吹っ飛ばしたやつだよ!」
「ああー」
生返事ザクロ。本当にどうでもいいことだったらしい。
チュー三郎──彼はネコ戦1が初披露だ、ザクロにとっては。
そこでベルを救うために果敢にもザクロへとアタックしたところを、その彼女に裏拳で吹っ飛ばされたのである。壁にめり込む威力で。
彼はネコ戦3(ヤギ娘前哨戦)でも出ていたのだが、ベルの荷物を預かっていただけで、実質的な戦闘は、今のところ皆無だ。そもそもあの小ネズミに戦闘力があるとも思えないけれど。
それと、ザクロはなにげに彼に命を救われている。エリクサーをベルに運んだのは彼だ。まあ、元々ベルのポシェットの中にでも入っていたのだろうが。
しかし、間接的な恩人(恩ネズミ?)ということには変わりないだろう。それをちゃっかり忘れているザクロ。自由人だ。
「あの《小鍵鼠》のことね」
「《小鍵鼠》?」
「あれモンスターよ。というか害獣」
「……そんなポジションだったのか、あいつ……」
まあよくよく考えてみたら、元の世界でもネズミは害獣っちゃ害獣か。
憐れむハジメ。続けるザクロ。
「まあいずれにせよ、害獣モンスターごときにベルちゃんは任せられないわよ。ちょっと私、探知範囲を広げてみるわ」
「はあ。ご自由に」
「出てって」
「うん?」
「出てって」
「……うん?」
首を傾げるハジメ。二度も催促したザクロ。
その言葉の真意を推測する。出てけ。何か自分が出ていかないことで、不都合でも起こるのだろうか。どこからどこまで出ていけばいいのか。なんで出ていかなければならないの? もしかしてこれから、ここで着替えでもするの?
「さっき言ったでしょ。あんたの匂いがベルちゃんクリソツなのよ。近くにいられると探知の阻害となる。つまり邪魔よ出てけ馬鹿」
「最後の方キツイよザクロ……まあ、そういうことなら。必要な措置というわけだな、おれのログアウトは。ここでお前が裸になるわけじゃないんだな?」
「はよ出ろや」
「……お前嫌われるぞ」
バチバチッ。
「はい出ます」
ザクロの手のひらに微弱な電流が奔ったのを見、ハジメは素直になった。大人しく部屋、というか岩の空間から、逃げるように退出する。
するとザクロはにわかにあぐらを整え、瞑想みたいなポーズになった。と、例の青白い電流が空間内へ拡がり、薄暗いダンジョンの一劃をその光で満たした。
ザクロフィールド。ネコ戦3参照。電流が囲むようなリングの完成だ。そのあぐらポーズのチャクラを開くような神聖な感じも相まって、舞台はきらびやかかつ厳かな雰囲気だった。
集中しているザクロ。真面目、真剣な表情。目を瞑っている。そのネコ耳やネコ尻尾だけがピクリ、ふわりと微動する。
その様子を、見守りながら黙考するハジメ。辺りから一切の音が消えた。時折、電流の微弱な摩擦音。重低音、それだけだ。
「……」
昨日のこと。思い出す。さっきの考えの続きだ。
イノシシの下に埋もれたザクロ。魔法陣攻撃、炎塔、硝煙。
確実に死んだと思った。自分もベルを庇う為に、近くにいたからわかる。あれは相当な威力の火力だ。まともな人間なら、骨すら残るかもわからない火葬状態である。
それを生還した。心からの安心。死んでいたら、自分も死のうとすら考えた。それほどまでに、ザクロは自分にとって大切な人だったのかと、自分でもびっくりする。
が、認めざるを得ないだろう。彼女がいたからここまでこれた。彼女がいるから、この世界を生きていける。そんな存在なのだと。
生きてくれて、良かったと。
異世界を、生存してくれて──
「……ん」
と、ザクロの耳介がピクリと動いた。何かそこにセンサーでも搭載されているのだろうか。そんな動きだ。
「あれ? なんかこれ……もしかして」
「? どうしたザクロ」
ザクロが瞑想状態を解く。バッと急激に立ち上がり、わなわなと震えている。その顔は真っ青だ。
ハジメは、そんなザクロの異様な反応に疑問を抱いた。おそらく、ベルを発見したのだろう。が、何かに気づいたような、恐れるような反応。
そしてザクロは言う──衝撃の事実。
「ベルちゃん……奴隷になってる」




