49匹目 ネズミ、ライド中⑪
「結局、縄を引っ張ったの、誰だったのかしら?」
メイジが首を傾げた。食堂、夜の祝勝会パーティーは依然として続いている。
ギルド、エンダム支部所属の冒険者。彼らはこの昼間、災害レベルB級モンスターである巨大イノシシの討伐に成功した。その祝いの会が、現在ここ食堂にて執り行われている。
提案者は、もちろん兄貴ジークだ。彼はのこの街のカリスマ的存在であり、冒険者個人関連及びギルド組合内部の情報ならすぐに手に入るような、超絶重役ポジション人間であった(でも職業は普通に冒険者だ。それ以外、ギルド組合の業務なんかはしていない。ただ外部的な権力者兼発言者として、エンダム内ギルドに君臨する存在らしい)。
で、その祝勝会、宴もたけなわな感じの時に、口紅男メイジがとある疑問を呈したのが、事の発端だった。
事の発端──事。
なんの? ──悪夢の。
「おう、イノシシの縄のことか。そういや俺が戦況に復活した時には、既に絡まっていたな。
あん時ゃ、ハジメさんの命令だけで、頭がいっぱいになってたけど。なんだ、お前がやったんじゃないのか、メイジ?」
「うーん、アタシもいつの間にか縄ちゃんが盗まれててねえ。引っ張ったのが誰かは、わからないわ。なんか茂みの方から伸びてたっぽいけど」
イノシシの縄のことだ。ジークに問われたメイジは、さらに深く首を傾げる。
ハジメだけが知っている。──ザクロだ。
縄を引っ張ったのはザクロ。巨体イノシシを魔法陣へと誘導したのは、あのネコ耳美女。
ずっと、茂みと森の木々に器用に挟まったように潜伏し続けた彼女は。
誰にもその存在を知られることなく、最後まで隠れ通した今回の一番の功労者は。
皆を回復させ、安全なところまで運び、戦況を完全管理していた、かのマルチタスクネコは。
敵を自らとともに拘束しつつ、一瞬で離脱し、見事生還してみせた、例の超絶凄腕超人ハイパワーA級雷術師は。
──現在、この祝勝会にも参加していなかった。
「あ、でも! 縄ちゃんを引っ掛けたのはもちろん、この子よ。ベルちゃん!」
「ひっ」
と、ネズ耳少女の肩を両手でがっしり掴んだ口紅男。小さな悲鳴を上げる、その獣人少女。
ベルだ。彼女も生存している。
イノシシにヒャッハーして乗りこなしたライダーベル。そのままロープで投げ縄して絡め、敵を拘束したカウガールベル。
彼女はなにげに、祝勝会に参加していた。一般人枠らしい。何故かは知らない。たぶん、状況がよくわからないまま、ハジメにくっ付いてきたのだろう。
そのネズ耳は今まさに、人混みラッシュへと紛れ込んでいた。数々の会話攻めに遭っている。
「ねえねえキミ、イノシシに乗ってた子だよね? 私あの時、生存者側だったから見えました。でもすごいわ、こんなちっちゃな子だったんだ。間近で見るとびっくり!」
「おう、すごいっすよねベル様。オイラもあん時、そのイノシシの背に果敢に乗ったベル様のご勇姿・ご活躍、しかとこの目にて拝見させていただきました!」
「えー僕も見たかったな。僕、気絶組だったから。こんなことなら、最初から突撃しなければよかったよー」
会話した順に、サージュ→ゲルク→名無しの権兵衛(剣の少年)(ライド⑤序盤参照)だ。
ちなみに、なぜゲルクがベルを様付けで呼ぶのかというと、なんかジーク三人衆とベルとの間に、色々あったらしい。
さっきジークがベルに、なんと土下座をしていた。周りはびっくりしていた。ハジメもびっくりしていた。
え? いきなりどうした?
なぜジークがベルに土下座するんだ?
と、これはハジメには理解できない展開だったが、彼は彼女に一度悪事を働いたことがあったのである。(24匹目調教中④参照)
そしてそっから全然頭を上げないジーク、合わせて土下座するゲルク、丁重にお辞儀し、頭を下げるメイジ。と、めちゃくちゃ困惑する当人ベル。
それで先程、祝勝会は呆然となったのだ。
そこからは、なぜかメイジ以外の二人、ベル様呼び。もちろん、ジークもだ。
『あのジークが頭を下げるなんて……』みたいなざわめきも起きていた。それと、ジークたちに倣って、ベルを様付けし始めた冒険者もいた。本当にジーク兄貴の発言力は、このギルドでは大きいらしい。
その困惑当事者ベルは、今もなおその会話攻めに困惑の表情。
と、サージュが彼女へと質問した。
「ねえキミ、ベルちゃんだっけ。ギルドカード見せてくれない? 私気になるわ、どんなスキルとか術とか持ってるのかしら?」
「え? ギルドカード……持ってないです」
「「え!?」」
叫んだ、ベルを取り囲む、サージュを含む複数名。にわかに、ざわつき始める食堂内。
ジーク土下座の再現だ。またベルさんが何かやらかしたらしい。といっても、ハジメはなんとなく了承していたことだが。
ハジメは猛烈に疲れていた。ワンマンプレー、なのに伝説になれなかった男(ジークが全部持っていった。皆、彼を崇拝したいらしい。疲労したハジメも面倒事は遠慮したかったところなので、むしろ功労者選外なのはありがたい)。
その昼間の疲れが今どっと出ていた。ジークに『どうしても!』と誘われたから来てしまったけど、本当は今すぐ帰りたい。祝勝会帰って、家(ベル同棲洞窟違法ダンジョン)で寝たい。
だから、ハジメは傍観していた。ことの成り行きを見送る。自分は何も手を出さずに。ワンマンプレー以前の、ザクロ並列の体育見学者みたいに。
ああ、飯がうめえな。皆は酒で乾杯しているけど、ハジメは普通にミルクだった。そもそもアルコール飲料は飲んだことがない。
ちなみに、ビールではなく、酒だ。日本酒。この異世界では日本料理が定番なのだ。テーブルに並ぶゴージャスな飯も、全部魚の煮付けとか漬物、味噌汁といった、わりとシュールに質素なものだった。
と、女帝サージュちゃんがベルに言う。わなわなとしている。ハジメは傍観を決意。
「じゃあなんで出撃しちゃったの? え、これ法律違反だよね……? え、やばくない?」
「え……?」
たった一言で情報をまとめ状況を整理し、的確な意見を出したサージュさんに、会場がどよどよとどよめき始める。えらいこっちゃ。
言われたベルさんはまたもや真っ青な表情。彼女に全く悪気はない。
むしろ皆を心配し、勝手に封鎖された街を脱出して、歩いて半日の《回廊の森》へと自力でたどり着き、戦闘中の冒険者 (メイジ)から商売道具の大事な武器を無断拝借し、それを自分一人の判断で強引に敵へとアタックし、彼ら冒険者を個人の裁量、独断と偏見においてエゴスティックにバイオレンスにサポートしただけだ。
……なんとも健気じゃないか。
「マジ? こいつ犯罪者……?」
「え、緊急クエスト無断出撃? それ下手したら内乱罪じゃね……?」
「クレイジーラット・ベル……」
ヒソヒソとそこら辺で密談を交わす、冒険者及び一般人たち。妙な結託感がある。エンダムの人類は、法律にうるさい種族なのだろうか。むしろ被告ベルの存在により、イノシシの時よりもその協力連帯性が増した雰囲気だ。
「えっと……えっと……」
ネズ耳少女は今や泣きそうになっている。サドが見たら確実にいじめたくなる表情だ。そのネズ耳は自身の存在ごと閉じ込めるかのように、震えながら縮こまっている。
と、サージュが傍にいた一人の女性を見遣る。ギルドカウンターにいた女性だ。サージュは彼女に、なにやら意見を求めている風である。
女性はどうやら、ギルドの結構上のほうのお人らしかった。泣きそうなベルを向いた、その口が厳重に開かれ、言う。
「うーん……まあ、特例措置として今回は不問としますね。私、ギルド組合エンダム支部最高管理員の権限において、あなたの存在を秘匿と致します。
本日午前十一時より開始の《回廊の森》での緊急大型モンスター討伐クエストは、一般女性ベルさんは街エンダムにて厳重に待機していました。そういうことにしておきます。
だから、次やったら処罰で刑務所行きです。あなたが検挙されれば、隠蔽補助した私も同時にバレます。二人仲良く豚箱入りです。よろしくお願いします」
「……」
ライダーベルは脱法者ベルへと昇格した。なにげに犯罪行為多発の彼女である。
ハジメとの同棲洞窟ダンジョンもそうだ。見つけたのはモンスター(チュー三郎)だが、住んだ時点で人間&獣人の方がアウトだ。確信犯判定される。
あと、一日前に権利無いのに、無断で他ダンジョンにも入場した。
(33匹目講義中③参照)
割と重罪をいくつもやらかしているベルなのであった。
その本人には、やっぱり悪気は無いのだろうけれど。
「ま、こうして皆さん生存できたわけですし。せっかくの祝勝会です。今日は全部不問で行きましょう! きゃふっ」
「「おー!」」
どっかの誰かさんみたいな口癖を吐きつつ、ギルド受付嬢兼エンダム支部最高管理員のお姉さん(Fカップ巨乳眼鏡付き、名前はエルザと言うらしい)は合図を出した。
キーワードは『せっかく』だ。人はそういうのに弱い。(46匹目ライド⑧参照)
そして何事もなかったかのように、祝勝会は続行される。ベルも混乱しつつだが、元通り。
「いやー、それにしてもネズミ獣人なんて、珍しいわ。私、最初イノシシ乗ったネズ耳見た時、てっきり、最近B級になった例のネズミ族の冒険者かと思ったけど」
「おおそうだな、ネズミといえば近ごろネズミ族でB級になって王国に雇われるやつがあるって噂があるぜ」
唐突に伏線じみたことを言う女帝サージュと情報屋ジーク。
なんか今回はかなり適当だな。ギャグ方面に全振りした感じ。脚本が狂ってる。
最近筆者の調子が優れないみたいだ。もともと優れたもんじゃないが。もう一方の連載の方もやべえ感じになっているらしい。ちょっと心配だ。
まあいい。展開を進めよう。
「B級といえば、ハジメさんはC級だったな」
「えー本当ですか。ちょっとギルカ見せてくださいよ」
思い出して言うジーク、呼応する女帝。
もう会話が連想ゲームみたいだ。皆イノシシで疲れているんだろう。思考が回らないんだろう。なんかもうそれでいい。
ハジメはサージュ女帝に自らのギルカを丁重に受け渡した。
「うわあ本当にC級だ、すごおい! ……え?」
と、唐突に顔が曇り始めた女帝。ギョッとしながらハジメのギルカを眺めている。
覗き込むジーク。その他大勢。展開は進む。
「え、なんだこりゃ……さっきは気づかなかった」
と、ジーク。そう、彼だけはハジメのギルカを今朝見ていたのである。
が、レベルの方に気を取られ、その文字の存在には気づかなかったらしい。
「うわあ」
「まじかよ」
「えんがちょ」
一斉にドン引きしつつ引き下がる全員。ハジメから盛大に距離を取る。口々に、雑な悲鳴を上げつつ。
「え? お前らどうしたんだ……?」
首をかしげるハジメ。急に冒険者及び一般人から距離を取られ、困惑。
「ハジメ……お前まじかよ」
ジーク兄貴のハジメへのさん付けが終了する。めっちゃドン引きの顔。
「え、なになにどうしたの? なんで皆おれから離れるの?」
「うん。まあ。私ちょっと帰るかな」
「あ、僕も」
「俺も」
女帝が帰った。皆も次々と帰宅する。
会はいつの間にかお開きだ。
最後に残ったジークがドン引きしつつハジメに言う。
「うん。まあ。じゃあな」
「え……」
一人残されるハジメ。皆帰った。
何故か食堂の人も帰った。従業員不在。
普通に食器とか食べ残しとかある。テーブルに。残ってる。片付けないの?
「あれ……ハジメさん?」
と、いつの間にか机に突っ伏して寝ていたベルが起きて言った。
今現在この食堂には、彼女とハジメと酔っぱらいの潰れたおっさん(一般人)しかいない。
それ以外は帰った。
「あれ? 皆いなくなっちゃったんですか?」
ベルが言った。彼女の声だけが、食堂の広々とした空間に反響する。えらいこっちゃ。
と、その時。
ガチャ。
と、ドアが開いた。客だ。一般人男性。
「うわっ。これは一体、どういった状況ですか?」




