47匹目 ネズミ、ライド中⑨
おっきするジーク
「起きろおおおおお! てめえらあああああああ!」
ビリビリィィィィイ!
ハジメは電撃を放った。勢いよく、最大最強、全力で。
残っていた体力を、魔力を、身体全身の漲るパワーを、余す事なく、全て彼ら瀕死者を起こす為に。
ザクロの電撃。その合図。
それは、ハジメにしか出来ないことを促すものであった。
スキル【みじめ】──その効能。
拡散性のある《術》──雷術。
ザクロがやっていたら、ただでさえ瀕死の彼らだ。こちらが少しでも力を見誤れば、死んでしまっただろう。
それがハジメなら、
・ワンマンプレーの時の、冒険者への巻き込み攻撃。
・ベルをキャッチした際の、彼女への攻撃。
全て弱い攻撃だ。せいぜい、びっくりして目が覚めるくらいの。……
ハジメにしか出来ない。彼だからこそ、出来た。
『弱い者に弱い』、そんな呪いみたいな能力。──
「ぎゃ」
「うわ」
「なにッ」
「ひぐ」
「ぐぺを」
「もげろんぴょ」
起きた。戦士たちは、全て覚醒した。
彼らは瀕死だが、死んではいない。ザクロの隠密治療が効いていた。
目覚めたのは、もちろん全員だ。老若男女、皆。例外は無い。余り物など、いない。
余り一など、存在しない。──
「な、なんだ!? 何が起こった!」
「ジーク!」
「え? ハジメさん!?」
ハジメが真っ先に駆けつけた者。それは、ジークだった。
向こうを見遣る。魔法陣の方だ。二十名の内、もうほとんどの冒険者が辿り着いていた。──時間が無い。
ハジメには、ある考えがあった。それには、ジークが一番適していた。必要なのは、彼の力。その策略のもと、実行に移す。
「ジーク、頼みがある。もう時間が無いんだ。何も問わずに了承してくれ」
「お、おう、ハジメさん……?」
ジークは少し混乱している。そりゃあそうだ。コイツは割と初期の頃からグロッキーだった。一番状況が飲み込めないだろう。
が、やってほしいことだった。彼ならいける。そう、確信めいたものがあった。
「ジーク、向こうの方に魔法陣が見えるな? そこまで、ここにいる八十人全員を、さっきの土術で運んで欲しい」
「え? え?」
「あそこだ」
と、ハジメはジークの横に来て、顔の側で指差す。目線を合わせたのだ。
その先に、例の魔法陣。集まる、生存者。
と、視覚的な理解を得られたジークは、こくりと頷く。もはや、真剣な面持ちになっている。ハジメに感化されたのだ。
「そして、合図とともに、何でもいい。遠距離攻撃を放つように、皆に言ってくれ。一斉攻撃だ」
「!」
『一斉攻撃』という単語に、ようやく思考が追いついたようなジーク。ハッと頭が冴えわたり、大まかな部分を悟った顔つき。
「いけるか……?」
「……ハジメさん」
と、ジークはここでふ、と戦士の笑みを浮かべた。その悪党みたいな、人相の悪いえくぼで。
「こういう時はね、『やれ』って命令するんですよ」
「……やれ」
「了解!」
ハジメはジークの下らない茶番に付き合ってあげた。まあ、彼の戦意向上の為だ。
が、そのクサイ芝居が、自分でも少し楽しかったのは……否めない。
と、威勢よく立ち上がったジークが土に手を着く。間もなく地面が盛り上がり、ここいら一体の、土全体が波のようにうねり振動した。
地面は動き出した。目覚めたばっかで混乱している老若男女を乗せて。
まるで、サーフィンだった。
冒険者を搭乗した土の絨毯は進む。
その目的地は──魔法陣。
全員は一斉に突撃する。理由もわからず運ばれる八十人。
ものすごいスピードだった。なんなら、今朝のザクロワゴンと引けを取らないくらいに。
そして、ジークは説明する。簡潔に、しかしハジメの説明なんかよりわかりやすく、大きな声で。
ジークのカリスマは絶大だった。ハジメが見込んだ通りだ。彼は尊敬されている。その口から出た言葉なら、誰の耳にもすんなりと入っていく。
やがて混濁しつつも、理解した戦士たち。
目的地を見遣る。
魔法陣組──二十名は、たしかに揃っていた。その中央に、ザクロが引きずってきた巨大イノシシが、縄に絡げりつつ踊っている。
魔法陣の周囲、導火線には、既に十人ほどの厳選された戦士たちが配置されている。
他の十人も、遠くから援護射撃する様相である。
こちらのジーク組も、彼の土で移動しながらの演説によって、既に作戦は了解していた。
土の絨毯はそれは優秀なスピードで、誰一人落とすことも、取り零すこともなく、その目的地へと、あと少しの距離だ。
と、バッと降車する影。しかし、緊迫した雰囲気の中、見つける者もいなかった。
自ら降車した愚か者──ハジメだ。
彼は単身飛び降りた。その相対速度で、地面に急激に引きずられつつ。
が、電撃は出さなかった。音が出て気づかれるからだ。
まともに地面へと転がる。受け身を取るが、かなり痛い。その落ちた音も、イノシシの大音声に掻き消された。
──何故? ハジメは何故降りた?
そのまま乗っかって、攻撃に参加すればいいのに。
レベルが上がる、もしくは皆の分け前を取るのが嫌でも、ただ自分が攻撃しなければいいことだ。わざわざ降りる理由はない。
ならば、一体どのような理由で?
──答えは明白。
ベルだ。彼女が魔法陣の近くにいる。
こちらから──ジーク組が向かった方からは、反対側に。
だから、飛び降りた。一瞬の出来事。
魔法陣。さっき見たところ、その威力は絶大。近くにいるだけでも、危険だ。
ハジメは単身、走る。ベルのもとへ。
そして──合流。
ハジメとベルではない、百人の冒険者たちが。
■
硝煙、灰燼。
誰かが合図を出した。その声に、一斉に攻撃を放つ冒険者たち。
『百人攻撃』──
それが、我が街エンダム、後世まで語り継がれることとなる、伝説の白昼夢である。
その歴史書、一頁を飾った男の名前──『ジーク』。
彼はあと一年後、この伝説において八十人の冒険者を運び、B級モンスターの経験値を百人に総分けした博愛の勇者、またその功労者として、例の噴水広場に銅像が飾られることとなる。
それはこの街の観光産業を大いに賑わせ、エンダムはヴィーダミア大陸随一の観光都市となり、人々は栄え、生活水準が上がり、体制は整い、経済は潤った。
そしてその整備された自治体制により、ベルがかつて囚われていた例の地下牢、その屋敷の悪行も検挙され、この後のストーリーでハジメが全世界の奴隷解放を実現するのと合わせ、彼女──ネズ耳少女の宿願、それが報われることとなる。
が、それはまた別の話として。──
■
ベルを庇うハジメ。轟音。激震。
空に立ち昇る二度目の炎の塔を、しかし二人は眺めることもなく。
ハジメはベルを抱き締めていた。強い抱擁。目は瞑られている。
背中が熱い。灼けるようだ。
魔法陣は不特定多数の魔力攻撃の集合体であり、レベルカウントはされない。
よってスキル【みじめ】の発動範囲外、物理法則判定。
いわゆる、ザクロが石を投げたのと同じ理屈だった。
あの際はザクロは微弱ながらも、たしかにスキル判定内の魔力を帯びさせていたから大いに通用した。
しかし、あれが全くの無色透明、重力等により落ちてくる石ならば、その重力加速度と質量通りにダメージを受けていただろう。
……などといった屁理屈は、今は無粋な話。
若い二人だ。
人間の男、獣人少女。
戦い、疲労、絆、激情、理由、思考、慕情。
少女は男の腕で、苦しみもがいている。
キツい。力が入り過ぎだ。息が出来ない。
が、ハジメにそんなことに気づく甲斐性などない。
どこまで行っても、現役童貞な彼であり。
また、どこまで行っても、少女を護ることしか考えていない、馬鹿だ。
その馬鹿はもう一つ、己の馬鹿に気付く。
「ザクロっ」
──彼女が、いない。
イノシシを引っ張って来たザクロ。
その手綱を、最期までその手で握り、離さなかったザクロ。
バッと起き上がる。見渡す。
炎の塔は消えた。
百人攻撃は完全なる成功の福音を告げ、同時に、イノシシの生存に関わる全ての音が途絶えた。
今度こそ、勝利と歓喜の渦が巻き起こる《回廊の森》、ここ森林フィールド。
しかし。
──そこに、あのネコ耳美女。
──彼女の姿は、見当たらなかった。




