45匹目 ネズミ、ライド中⑦
起きて盗んで(四人パーティ登場)
「あっ、ハジメさん目覚めました!」
「よし、もう一回、回復薬飲ませろ!」
「はい!」
……知らない冒険者が、ハジメを介抱していた。
「大丈夫ですか? 今、敵から離れた所に居ます。……会話できますか?」
「……おう」
返事すると、そのハジメにまた別の冒険者が、小瓶に入った黄緑色の液体を飲ませる。
嚥下した。すると、みるみる身体の傷が塞がれていく。痛みも、引く。
ハジメは地面に寝かされていた。上体を起こす。
自分を介抱する見知らぬ冒険者たち(四名、パーティだろうか?)を見遣る。意識がハッキリする。
さっきの人──ハジメがイノシシとワンマンプレーで組み合ってた時、話しかけた若い男だった。弓を背負っている。
それと、ハジメを制止したおやじ。単身、乗り込もうとした時の。斧を担いでいる。
あとは杖を持った後衛職みたいな女性と、格闘家みたいな獣人の少年だ。
「あの……おれは」
「ハジメさん。言われた通り、《魔法陣型複数魔力増幅機構》を展開しておきました。でも、二回目で本当ギリギリなので、規模と威力はさっきより少ないんです。それと、目標には近付けなくって、描いたのは向こうの方なんですけど……うまく誘導させます」
と、にわかに報告した冒険者の一人──若い男(弓)が、指差す方を見る。
向こうの方。右側の少し、木々が開けた場所。
そこに、先程の魔法陣(炭で描かれた、地面の模様)が広がっていた。
が、少し小さい。一回目の見事な巨大魔法陣よりも、円の大きさが、小さめだ。
ギリギリ、イノシシが収まるくらいだ。
もう一つ、風景を見遣る。今度は左側、もっと向こうの方。
木々は薙ぎ倒されて、ほぼ真っ平らになっている。異様なフィールドだ。
そこに、人間・獣人合わせて人類、約二十名ほどの冒険者たちが、例の巨大イノシシと闘っていた。
皆一様にして、ボロボロである。
「嘘だろ……?」
およそ百人いたのが──今や、二十名だ。
他の人たちは、すでに戦闘不能でそこら辺に、人形みたいに転がっている。
それを、なんとかして引きずる救護隊たち。安全なところまで運ぶつもりだ。
……それ程までに、イノシシは強かったのか?
今だってほら、女の子──ああ、あの斥候の子だ。さっきの、魔法陣攻撃の後で、おっさんに水をあげていた女の子。が、おっさんを引きずって木の陰まで行こうとしている。
しかし、その子さえ無惨にも、イノシシの尻尾に薙ぎ払われた。
地面にズザーッと引きずられる。と、抱えていた、おっさんとともに動かなくなった。
「こんなに、壊滅状態なのか……」
「──今、調査隊がギルドに連絡を入れています。クエスト失敗です。一旦引き揚げて、近隣の街にも助力を仰ごうと思います」
呟いたハジメ。それに応えるように、後衛職の女性(杖)が言った。
その声は、あの時の──ハジメが立ちションした時、排尿音を掻き消してくれた呪文詠唱の、女の子の声だった。
ハジメは再び問う。これも、一人呟くみたいに。
「じゃあ、助けを待つ間、街は……?」
「……」
女性は俯く。歯で、唇をギリッと噛んでいる。
と、その後ろからおやじ(斧)が彼女の肩を叩く。真剣な面持ちだ。親指で、『自分たちは行ってくる』というジェスチャーをする。
そして若い男(弓)と、獣人少年(拳)とともに、戦況へと向かう。
「待ってください──おれも、行く」
「!?」
立ち上がったハジメに、振り向く男三人。座り、ハジメに話しかけていた女性も見上げる。
その四つの目は、異様だ。ほとんど信じられないといった目で、驚愕しつつ、そのハジメを見ている。
が、もうハジメに意気揚々とした、戦士の輝きは無かった。クエスト前、ギルドでのあのテンションは無い。
もうふざけている場合でも、その状況でもなかった。
ハジメは突撃する。なりふり構ってられない。
「──街には、ベルがいるんだ! 今だって、ずっと震えながら待ってるんだ! 他の奴らはどうだっていい! ただ、ベルが、ベルだけは……!」
電撃の如く、瞬時にイノシシの前に到達する。
そのまま駆け抜ける勢いで、敵へとトドメのパンチを喰らわせに行く。
勝利条件。ワンマンプレー。そんなのもう、関係ない。
ただ、イノシシを倒す。
街に待つ、ベルを助ける為に。──
「ちゅ?」
「ふぇ?」
ぴょこん、と。
イノシシの背中。その剛毛から、ネズ耳が生えた。
「……うおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ズザザザザッ。
ハジメは咄嗟に軌道を変えて、空中で拳を逸らせる。と、そのまま向こう、奥の樹木に激突した。
森林破壊も著しい。五、六本の木々ともども、地面へと抉るように引きずって、墜落する。
「べ……ベルさん!?」
ガバッと跳ね上がるハジメ。頭から血がピューピューと吹き出している。ゾンビみたいだ。
その見上げる視線は、たった今気がつく、イノシシの背にライドしたネズ耳少女へと向けられていた。
「え、何やってんですかベルさん!?」
再び驚愕の声を上げる。
幻覚かと思う。目を擦る。疑う。
しかし、光景は変わらない。
光景──その獣人少女が手に縄を持って、それはもうカウボーイよろしく、その縄をヒュンヒュンと投げ、イノシシの牙に引っ掛けたことも。
「「な!?」」
他の冒険者も気付いたらしい。眼前の異様な光景に呆気にとられる。いきなり出現した縄と、その手綱を握る少女に。
「べ、ベルちゃん!?」
と、遠くで密かに瀕死の戦士たちを治療していたザクロも、つい驚きの声を上げる。
ああ、ザクロお前、そこにいたのか。すごい潜伏具合だな。
いやホントすげえよ。誰にも気づかれずに回復させてる。功労者だよ。
「えいっ」
と、再びその少女──カウボーイ(ガール?)で『ヒーハー!』するライド・ベルは、縄を投げた。
すると反対側の牙と、ついでに角にもそのロープが引っ掛かる。
……なにげに命中率100%だ。
「フゴッ!?」
──しかし、敵のイノシシも気付いた。
やっとだ。ヤツも呆気に取られていたらしい。
すぐさま猛烈に暴れ始める。ドッシンバッシンと、その場でジャンプ、旋回、足踏み、身体左右振りなどを試みる。
が、ベルは落ちない。その小さい体躯を縮めながら、背中の赤い剛毛に張り付いている。
いわゆる、乗り状態だ。ゲームなんかでよくある。
その手に手綱をしっかりと握ったまま、一切離されることなく(というか、屈んでるから、剛毛に埋もれてネズ耳しか見えない)しがみつき、見事なまでに乗りこなしてる。
ロープはキツく絡まっている。いつの間にか腕を通して肩にまで引っ掛かっているから(すげえな)、絶対に外れることはない。
「っていうか、あれ何の縄だ!? ベルさんどっから持ってきた!?」
「──ああ! アタシの縄ちゃんが無い! いつの間に!」
振り向く。メイジだ。おお、お前も生存者側だったか。
約二十名の中のその口紅男は、叫びつつ腰のベルト辺りを見る。先程ギルドで紹介した時にはあった、鞭と縄の位置だ。
彼は鞭を持っている。それで戦っていたのだろう。
が、腰には縄が無かった。おそらく、イノシシに掛けられている。……
「ま、まさか」
ハジメはベルの方を向く。正確には、彼女のライドする巨大イノシシ、その背中の方。
ロープを、盗んだ。
皆の目を、盗んだ。
そして今まさに、イノシシにライド中の。──
「ベルさん!?」




