4匹目 余田ハジメ、転移中④
街 / 異世界最弱男
「異世界にも、豆腐ってあるんだなぁ……」
夕方だ。ハジメは街にいる。
あの後、親切なじじいたちにタオルと水を貸してもらい、身体を拭いた。
そして服を洗濯・乾燥(カンカン照りの晴れだったからすぐ乾いた)もしてもらった。
また、なんと食事(米と味噌汁、家は西洋風なのになぜか和食)も用意していただいた。
さらに近くの大きな街までの道筋も教えてもらい、そこに赴いたわけである。
「めちゃくちゃいい人たちだったなあ……じじい」
近くといっても、日中ずっと歩いたくらい(ハジメの鈍足で)だから、足はもうクタクタで棒のようになっている。
大きく息を吐き、ハジメは独りごちた。
「……おれ、こっからどうすればいいの?」
裏路地の階段に座り込んでいる。
表通りには、路沿いに屋台みたいな小規模なお店がずらりと並ぶ。
人々に活気があって、商売したり馬車が通っている、若干田舎っぽいが西洋風の、のどかな異世界風景だ。
それらを見て、しかしハジメはほとほと疲れた。
もちろん、最初は興奮した!
なんてったって、異世界だ!
街にはネコ耳ウサ耳の生えた女の子もいたし、往来の人々は腰に剣をぶっ差したり、頂上にでっかいガラス玉をはめた古色蒼然の木の杖を担ぐ者もいた。
しかし、ハジメを楽しませたのはそれだけであった。
ビジュアルオンリー。画面でも見える。
彼はだんだんと自分の置かれた状況、詳しく言えば、自分の能力に気付き始めた。
と、深い溜息を吐く。
──余田ハジメは、弱い!
昼間のじじいの言ったこともさることながら、街を巡っていくうち、店に並んだモンスターの素材などを眺めるうち、その真実にたどり着いた。
スライムの素材など、無い!
スライムは何もドロップしないし、経験値もウ○コの役にも立たないほど微々たるものだから、この街には、存在しない!
なんなら、この街に来る途中、道で三匹ほどのスライムに出くわした(そして彼は先刻の猛攻を思い出し、失神しそうなくらい戦慄した)。
が、同じく道を行きかけた一般人らしき姉ちゃんが、なんの躊躇いもなく踏んづけた!
それも、あら、なにか踏んだかしら?
みたいな軽い調子で!
そして、そういった光景を今日のうちでも五回は目撃した!
怒濤の勢いで驚愕に驚愕を重ねたハジメは、深い絶望の淵に立たされていた。
「だって、異世界だぜ? 転移したぜ? どうみたって、おれ、主人公でしょうが……」
しかし、ハジメよ、己は弱い!
その事実はもはや、自明の理だ。
今、自分の持ち物は、ポケットに入れてあったしょぼい財布しかない(三〇六一円)。
他には、何も、無い。
出会った女が全員自分に惚れるとかいったスーパーハイパー能力も。
異世界に抱いていた夢も、希望も、気力も。……
ハジメは、ガックシとうなだれた。
裏路地はだんだんと翳ってゆき、夕闇の気配が立ち込める。
スライムにすら負ける自分。
何ら特別ではない自分。
もはや、なんの為にこの世界に来たのか、わからない。──
「──みじめだ」
……
その言葉を呟いた一瞬、脳裏に微かな花火が散った。
──おれは、この台詞を、どこかで言ったことがある?
同時に、その後に誰かが放った言葉を。
柔らかな、琴のような音色の、懐かしく温かい声を。──
しかし彼は、はっきりと思い出すことができなかった。