43匹目 ネズミ、ライド中⑤
戦況中継(冒険者たち)
「お前ら、ここはおれに任せろ!」
ジークの勇ましい声が響く。彼は単身、巨大イノシシにアタックした。
土術。それが彼の《術》だ。
その逞しい腕から放つ魔力が地面を伝って振動する。
土に右手を着くような格好、そこから徐々に地響きが起こる。
大地が割れ、うねる根っこのような形の土の塊が敵の顔面をぶっ叩く。
強烈な密度が、壮絶な打撃音を立てて、穿たれるイノシシの体躯。
が、少々勢いを削いだだけで、依然猛獣は奮い立っている。と、ジークに狙いを定め、その人間の哀れな肉体に、痛烈な突進をお見舞いした。
ジークの身体が吹っ飛ぶ。
果敢に挑んだ戦士は、無惨にもそこらの同時に薙ぎ倒された樹木と同じみたいに、その肉体を転がした。
「「兄貴!」」
ゲルクとメイジが叫ぶ。引っ裂くような同情の悲鳴だ。すぐさま、彼らは同志の仇をとりに掛かる。
と、それを止める影。斧を担いだ男と、杖を持った女。さらに、他の冒険者たちだ。
戦士たちはもう臆することなく、攻撃を開始した。
その場には、およそ百人ほどの様々な勇気ある冒険者が集まっていた。
あのイノシシがここいらで一番の大物だという、斥候たちの情報により、散開していた辺りから駆けつけて来たのである。
彼ら彼女らは、先陣切ったジークを尊敬していた。その人々の目から、本当に彼がエンダムのギルドから信頼を受けていたことが、ハジメにも理解できた。
「あら、一人やられちゃったみたいね。隙を見て、わたしが回復させるわ。ちょっとあんた戦況を窺っててね」
「お、おう」
しかしザクロは冷静だった。まるでむちゃくちゃ戦闘慣れしている歴戦の猛者みたいな余裕たっぷりの口ぶりだ。
まあ、実際A級冒険者なんだし、その通りなのだが。いかにも重鎮って感じだ。
そのプロフェッショナルな動きで、すぐに彼女の姿は森の木々の間に跳躍して消えた。おそらく、遥か向こうへとぶっ飛んでいったジークを、回復しに行ったのだろう。
が、彼の周りにはすでに何人かの回復隊が駆けつけている(ちなみに、この世界には回復魔法とか聖属性とかいう便利なものは無い。すべて薬草or回復薬だ)。
『隙を見て』と言ったのは、こういう意味か。あまり手柄を立てたくないザクロだ。ジークを回復させることも、人にはバレない方がいい。
……それにしても、やっぱし回復って、あのゲ○のことかな。薬草○ロ。うわあ。
ハジメはジークの方を見遣った。可哀想に。知らぬが仏だ。そうして気絶したまんま、グッスリと休んでいるがいいさ。少し手を合わせておこう。
「うおおおおおおおおおおおおッ」
と、戦士の一人が走った。十代くらいの若い少年。剣を構えてイノシシと対峙する。
敵はその切っ先を、大きく口から飛び出し上へと反り返った牙で払い返す。と、その隙を見て、近づいていた杖を持った八人くらいの人々が、一斉に炎の攻撃を当てる。
喰らうイノシシ。が、その赤色の剛毛が炎さえも弾いてしまうらしく、呆気なく無効化された。
薙ぎ払われる八人。吹っ飛ぶ。ついでに剣の少年も吹っ飛ぶ。惨憺たる光景だ。
イノシシは冗談じゃなく強かった。誰も、まともに歯が立つ奴はいない。
しかし、攻撃の手を止めるわけにはいかなかった。怯みながらも、立ち向かう冒険者たち。
彼らには宿命があった。その宿命は今でも、我らが街エンダムにて震えながら、この凶暴なるモンスターを駆逐するまで、じっと耐えつつ待機していることだろう。
あるいは家族を。あるいは仲間を。あるいは街そのものを。
護る為、繋ぐ為に、その滾る力と才能を、余すことなく吐き出していた。
その決意が今、解き放たれる。
老人の放った電撃。それが罠のように点々と広がり、敵を包囲していく。その罠を踏むイノシシ。老人はニヤリと勝利の笑みを浮かべる。が、不発。
否、実際には作動していたのだろうが、そんなのはヤツには、屁よりも効かなかった。吹っ飛ばされる老人。
その見事なまで美しく宙を舞う軌跡を見送り、ハッとし、次なる猛攻を急ぎこしらえる男女。
向こうの方でさっき吹っ飛ばされた八人+少年をひそかに治療(ゲ○)していたザクロがゲンナリしているのが、ハジメの目に映る。『またか!』みたいな顔。
と、すぐさま男女の必殺・連携水術&風術攻撃。
二人は仲良く腕を組むと、社交ダンスよろしく華麗にターンし、その腕を前へと伸ばし──たところで、あえなく撃沈。
うーむ、いかんせん、動作が多かった。すぐに隙に漬け込まれて、イノシシの無慈悲な突進を受ける。吹っ飛ぶ。ザクロゲンナリ。
ハジメはすっかり採点者気取りだった。うん、今のは0点。まあ参加賞くらいはあげてもいいかな。
すると、今度は準備ができたらしい大勢で掛かる。
おお、次はどんなふうに仕掛けるんだ? ワクワク。
ハジメがワクワクするのも無理はなかった。でっかい魔法陣。それが、いつの間にやらイノシシの足元へと囲むように、炭みたいので描かれていた(ヤギ娘ドリーの使用した魔法陣とは全然違う、《術》用のサインが入った模様だった)。
うーん、ちょっとさっきの老人と被ってるかな。
と思ったのも束の間、一気に総勢四十人くらいの大規模な人数で、老若男女が、その魔法陣から放射状に拡がった導火線みたいなのに(模様の一部)、それぞれ魔力を込めた。
と、壮年な男が「今だッ」と合図し、それと同時に四十本の導火線が一斉に鮮烈な光を上げ、イノシシへと炭を伝って迸る。
魔法陣の中央で様子を窺っていた敵は、その足元からの火花に気がつくとにわかに走り出そうとしたが、もう遅い。
完全に包囲された。念入りに練られ、放出された各魔力は、魔法陣に精密に入力された術式に従ってその各魔力を適切な属性に置換・融合させると、かの強大なイノシシへと送信した。
総勢四十人の術遣いたちによる、エンダム伝統最終兵器《魔法陣型複数魔力増幅機構》。
その集大成となった全ての魔力は濃縮し、爆発を起こし、その炎火と灰塵は塔のように立ち昇ると、遥か上空まで燃え焦がした。
アンビリーバボー。ハジメはいつの間にかあぐらをかいて拍手喝采だ。もちろん人々からは見えない位置で。拍手もちっちゃめだ。
で、くるっとザクロを見遣る。が、老人を治療した彼女は苦い顔をしていた。
人々は皆疲労していた。中には、全魔力を放ちぶっ倒れた若者もいる。
優しいのっぽの男が、そばにいる歳上の女性を介抱してあげている。
石みたいに転がったまま笑い出すおっさんもいた。そのおっさんに水を汲んであげた、斥候の女の子。笑う男たち。
皆、冒険者だ。力を合わせた、唯一無二の仲間たちだ。──
……ハジメはザクロを見遣る。男女を治療中のザクロは、ゲンナリしつつ首を横に振っている。
ハジメはポリポリと鼻くそをほじくりながら観戦する。イノシシがいた方だ。煙幕が失せる。風が吹く。
魔法陣は消えた。
そしてそこにはイノシシがいた。
叫び声。男も女も混じっている。振り返る戦士たち──愕然。絶望。
敵は生きていた。
びっくりするほどタフだ。そしてその赤い剛毛は、焼け爛れさらに赤くなり、ところどころ血が噴き出ている。しかしその流血よりも遥かに真っ赤なのが、ソイツの瞳だった。
燃えている──怒っている。激怒。
瞬間、その長い牙を水平に薙ぎ払う。と、地面に横たわっていた、行動不能の冒険者数名を、躊躇いもなく頑丈な樹木に叩きつける。
もちろん、回避など望むべくもない。彼ら彼女らのべ六名は一緒くたになって粘土みたいに肢体、胴体を絡め取られ、したたかに打ち付けられた。
ああ、残酷。女の子が血反吐を吐く。バキボキっと、嫌な音が響いた。樹木が折れる。攻撃をまともに食らったその六人は、もう動かない。
ハジメはすぐに立ち上がった。キョロキョロと見渡し、ザクロを発見。老人と、ダンサーの男女の治療が終わり、六人のところへと隠密に向かっているところだった。
と、向こうもこちらを見ている。彼女はハジメに、アイコンタクトで「行け」と命じた。
ハジメは歩き出す。と、その今まで身を潜め鳴りを潜めていた男に気付いた冒険者の一人が、ギョッとした目つきで彼を見る。
彼──ハジメは素手だ。武器など何も所持していない。
しかし肉体は中肉中背で、格闘家といったふうでもない。次々と冒険者たちは気づく、その無謀にして愚かな、たった一人の歩みを止めない男に。
知らないおやじがハジメを制止させた。屈強なおやじだ。が、払いのける。ずんずんと進む。
既に行動不能の者を除いて、六十名弱となったまともな冒険者たちが、その光景を目の当たりにする。
光景。男は、立つ。
今や興奮状態でいきり唸る、おぞましくも惨たらしいイノシシの巨体。
それを前にして、今──対峙する。




