42匹目 ネズミ、ライド中④
前哨戦
「まさかこことは……」
ハジメは木々を見上げ、唖然と立ち尽くす。
なんとギルドが向かったのは、例の最初の森であった。ちなみに名称は《回廊の森》というらしい。
まあ、この近くの森といえばここが一番わかりやすいところだったし、アナウンスで『森』と言われた時は、なんとなくそうなんじゃないかとは推測していた。
が、それにしてもつくづく、縁がある場所としか思えない。
すでに周りでは戦闘が開始されている。
血気盛ん&勇猛果敢な冒険者たちが、馬車を降りた途端から我先にと散開し、フィールドの雑魚モンスターをバッタバッタと駆逐してゆく。
「はー。たしかにちょっと多いわね。こりゃ親玉がどっかにいるわ。ま、なんとかなりそうね、この分だと……ふああ」
と、ハジメの隣でザクロが呑気にあくびをかいている。
ちなみに、この人はさっきから全然戦闘に参加していない。
たまにこっちに来たスライムとかウサギとかを電気でビリビリやってるだけだ。
「はあ。いいのかお前、積極的に闘わなくて。A級ってよくわからんがすごいポジションなんだろ? 皆のサポートとかした方がいいんじゃないか?」
「うーん。そこまで言うなら、あんたがやればいいじゃない。わたしの出る幕はないわよ、あいつらがちゃちゃっと終わらせてくれるわ」
と、問うたハジメの向こう、仲間とともに切磋琢磨し協力プレイで勇気ある技を繰り広げる冒険者たちを、ザクロは指差す。
再び、あくび。完全にやる気なし。
またハジメの方も、そんなザクロの長閑さとか、それと戦士たちの白熱した戦いとのギャップとかに呆気にとられて、まだ一切も攻撃に加わっていない。
なんだか体育で見学してる生徒みたいな立ち位置だった。
あんなに意気揚々と気合を張って、自らの参戦を言い放ったものの、なんか自分の居場所というか、見せ場みたいなものはそうそう無さそうだった。
『いやこれは多様な闘い方を研究する為、見て覚えるタイプなんだ自分は』といった言い訳も、しかし言う相手は誰もいない。
ふう、と溜息を吐く。自分もあくびが出てきそうだ。
「おりゃー」
「とうっ」
「そっち行ったぜ!」
「まかせて──《炎球》!」
「ぐわ、やられたッ」
「大丈夫!? 今、回復薬を……きゃあッ」
「おっとお嬢さん危ない! ──大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございます……キュン」
「礼はいい。おお、そっちにも行ったぞ、お前ら!」
「がってんでい!」
「イェェ゙ス、兄貴ん!」
すげえ台詞量だ。人がいっぱい居過ぎて文字起こしが追い付かない。
なんか婚活みたいなのしてるやつがいる。
あ、あれジークだ。遠くから見ると割とイケメンだ(彼はびっくりするほど活躍している)。
それらを傍観するハジメは木に凭れ掛かり、首を回したり屈伸したりしている。と、再び溜息を吐いた。
「はー。ザクロ、おれしょんべん行きたい」
「そこら辺ですれば」
「ええ……ま、いっか。こっち見んなよ」
「誰が」
ハジメは「森の神様ちょいとどいて」と言いつつ、木の根っこで用を足す。
おお、なんという背徳感。向こうの方で奮闘する女の子の呪文詠唱みたいな声が、いい感じに排尿の音を消してくれる。
ぶるぶるっとしつつ、土を足で被せて揉み消す。
「あーすっきり。ザクロもどうだ?」
ビリビリッ。
「ぎゃあああああああああああああッ」
ハジメは戦闘不能になった。勇猛果敢な戦士の負傷である。
デリカシー0のハジメに電流攻撃をお見舞いしたザクロは、地面に仰向けに倒れた彼の腹を椅子代わりにして座った。
「ぐふッ」
「ふー。暇ね」
「なんでおれの腹に乗るんだ……? ああ、そういやお前結局なんで戦闘に参加しないんだよ。
なんかさっき少しはぐらかされたけど、普通に考えれば効率悪くないか? 全員が全力で働けば社会の生産効率は何十倍も良くなるんだよ。
特にお前はすごく強いんだろ? いい戦力になるじゃないか」
ハジメは己を棚に上げて言う。げに恐ろしきヒキニート魂だ。
もっとも、それ自体は彼自身が望んだ結末じゃあなかったのだが。しかし、今においてはその限りではない。
普通に彼も戦いに参加できるし、またそうすべきである。
ザクロはふと考えるように俯くと、また顔を上げる。そのネコの視界には、協力しつつ一生懸命に戦う老若男女の姿がある。
手を取り合う人と人。見て、映す、マスカット色の虹彩──細められる瞳孔。
「わたしが本気を出すとね……皆、巻き込んじゃうの」
「はあ。巻き込む?」
ハジメはザクロの表情を窺う。が、お腹の上に鎮座する彼女のその顔は見えない。
覗く、綺麗な形の顎だけが静かに動かされ、淡々と音の糸を紡いでいく。
「皆がみんな、あんたみたいにタフじゃないのよ。それでわたしの電流を受けちゃう……方向を制御するのってかなり至難の業よ。
雷術って属性術の中じゃ、一番拡散性のある技だから。で、皆わたしのこと……ね……」
戦う冒険者たち。角を生やしたトカゲやウサギやトリやモグラやサルが次々と彼らに襲いかかる。
それを退けていく剣、槍、弓、杖。
舞う炎、水、雷、氷、土、風、様々な色。
数々の技、人やモンスターの声。
戦況は人類が優勢だ。彼らの仲間意識が、凶悪獰猛なモンスターたちをたちまち肉と素材に変えていく。
ハジメはジークの言葉を思い出す。
『軒並みお陀仏』──『自分の経験値を稼ぐ為に仲間を囮や犠牲にしてる』。
それがただの噂であることはすぐにわかるだろうに。全て、恐らく彼女の強さに嫉妬でもした馬鹿なやつらが広めた、嘘であると。
そして、少しでも疑ってしまった自分もまたとんでもない馬鹿で。……
「ま、いざとなったらわたしも参戦するわよ。でもそうなったら、わたしが経験値総取りだけどね」
「経験値? ……総取り?」
「そ。トドメをさした人へ、死体から放出された魔素が逆流して取り込まれる。だからわたしは強くなれた、ずっと一人で殺してたからね。
通常四人とか五人のパーティで倒すモンスターを、一人で。実質、経験値五倍ってこと……ん」
と、ザクロはここで一旦言葉を切った。じっと前を向いているようだ。ハジメも見る。
人々の群れがにわかに拡散する。訪れる混乱、動揺の渦。誰かの叫び声が聞こえる。
遥か向こうで、何か事件が起こっているらしい。
ザクロは再び冷静に──しかし、少し情熱を含んだ声で、言う。
「前線が騒がしいわね……来るわ」
「来る?」
ハジメが繰り返す。と、轟音が鳴り響き、ハジメの横を質量のある物体が微かに掠った──人間だ。
振り向く。屈強な大男が木々を縫って向こうのところまで吹っ飛ばされていた。
まるで、昔ハジメがスライムに跳ね返されて吹っ飛んだ時みたいに。
それがハジメの側を飛来しながら通り過ぎたのである。男は失神している。
ハジメは名前すら知らない。が、肉体を見るにかなり強そうな男だ。
こんな大男を吹っ飛ばす、またその実力があるのは誰? ──その震源地を見遣る。
「《赤槌猪》──D級の雑魚ね。でも少しおかしい。かなり、大き過ぎる……」
ザクロは少し考えるような、唖然とした声を上げる。と、立ち上がる。臨戦態勢に入った。いざとなったら手を下すつもりだ。
上体が自由になったハジメも、起き上がる。そのやたらとデカいモンスターの全身が目に入る。
──イノシシだった。
異世界に来て二日目、スライムの臨死直後に、再び死を感じた出会い。
ベルが庇ってくれて、でも拳一本でぶっ飛ばした、あの角の生えた赤い剛毛の例のイノシシ。
が、少し違う。ザクロの言う通り、あんなにむちゃくちゃ大きくはなかった。せいぜい大人の男の腰、もしくはそれより若干上回るくらいの体長だった。
今向こうにいるヤツは、それとは全く異なる、異様な体格とオーラを纏っていた。
間違いない、さっきまで冒険者たちが闘っていたモンスターとはレベルが違う、今までにないようなグロテスクかつ禍々しいドロドロしたデザインの猛獣。
ハジメは目を凝らす。この『技』にもそこそこの体力と集中力を要する。と、思った通り獲物の頭上に、
『レベル81』
──といった数字が出た。
「ザクロ、あれはいいよな? 『レベル81』だとよ。たぶん今の俺と、このスキルなら勝てるレベルだ。そろそろ参戦するぞ……」
「待って」
歩み出したハジメを、しかしザクロは静止した。警戒しつつも、冷静な表情だ。
ハジメのスキル──【みじめ】。
彼は、ただ傍観していたわけではなかった。そのスキルの特性を鑑みるに、むやみに敵を殺してはいけないことは充分に理解できるだろう。
『強い者に強く、弱い者に弱い』。
それはつまるところ、レベルを上げ過ぎると逆に勝機が薄れてしまうという、呪いみたいなスキルだった。
もう既にハジメは『レベル65』まで上がってしまっている。つまり、それ以下のモンスターには勝てないということだ。
ならば、必要な闘いを見極めなければならない。──これは、ザクロと今朝ダンジョンで会話していた時に彼女に指摘され、認識を改めた事柄であった。
「レベル80超え、B級程度ね。多分あのイノシシは、『突然変異体』だわ」
「突然変異体?」
「たまにいるのよ。強烈な魔素をその身に浴びて、そのまま生き残っちゃう個体。過剰な魔力が全身を巡り、生物的に変異しちゃうの。
《赤槌猪》は元々D級程度のモンスターよ、それがレベル80超えだなんておかしい。どこかで爆発的な魔素量の噴出があったんだわ。あいつは間違いなく、B級──軽く災害ね」
「そ、そんな規模なのか……」
ハジメは口をあんぐり開ける。災害。だから街があんなに騒然としていたのか。
が、ならばなおのこと、である。
再び歩を前進させる。しかしまたもザクロに引き留められる。なんなんだ。こっちは真剣なんだ。
今の自分には護りたいモノがある。街で怯えながら待っている、あのネズ耳少女のことを。──
「だからこそ、『待て』って言ってんの」
「?」
ハジメには理解できない、そのザクロの言葉を。
どんな真意がある? それが街を、人を護らない理由となるのか? ──
「護るわ。その為に、わたしたちは手を出してはいけないの」
「……ザクロ」
「さっきも言ったでしょ? 経験値総取りの話」
「……」
「あれは相当な大物よ。もちろん経験値だって相当なモンだわ。つまり、わたしはあの子たちに任せたいの……」
ザクロは向こうで巨大イノシシと対面する、冒険者たちを指差す。その指先には強い意志と意味が込められている。
「彼らだって成長させなきゃ。わたしが居なくたって、この街を護る人材は必要よ──皆にも、やらせたい」
ザクロはいつでも飛び出せるような腰を落とし、脚に力を掛けた体勢だ。
……そうか。彼女が手を出さない理由は、そこにあったのか。
少しでも経験値を稼がない。襲ってきたモンスターは電気で気絶させる。
それはただ単に面倒くさがりなだけでなく、そういった慈善的な意味合いも含まれていたのか。
経験値を稼ぎたくない二人。
一人は自己保身、一人は後継を紡ぐ為。
なんとも浅はかな思考だったのだろう。ハジメは一人で猛省した。まさか彼女がそこまで考えて待機していたなんて。
否、全体を見渡せるような立ち位置から、常に皆を見守っていたなんて。……
「ハジメ。耐えるのよ」
と、ザクロは言う。ハジメの身体を、黒いケープから覗く、その白く華奢な腕で制御しながら。
──初めて名前を呼ばれた。少し低い、とても優婉で滑らかな声だった。
「……いざとなったら、わたしと、出て」
タイトル未定より改修──
冒険者必要資格──D→E
つまり↓
レベル10〜29 E級
一般人 冒険者の必要資格
レベル30〜49 D級
一人前冒険者(ジーク組)
魔獣素材の需要拡大により冒険者界隈の興業、敷居が下がり近年レベル制限広がった。
というのは作品内の設定、実はハジメの強さを強調する為、またジーク三人組の存在を出そうと決めた際に設定に違和感が出てしまったためという筆者の詰めが甘かった理由。
また筆者は設定を深く考えていないので(細かい数字苦手)矛盾点があったらご容赦ください。
ザクロが後継者を望む理由──
エンダムでかつてザクロと組んでいたパーティ、その一人の女の子が「この街が好き」
ある日その子が強モンスター(B、C級程度)に人質に捕られ、女の子「撃って、街を守りたい。自分ごとモンスターを殺せ」
ザクロ電撃、撃つ。女の子、モンスターとともに死ぬ。
その子の意志がなんとなく頭の片隅に残り、パーティ離脱・孤高の道を征くザクロ、エンダムに留まる。
が、ハジメらと会ったことによりそれより優先したいこと、今の仲間ができた、街を出よう!
と思った矢先にイノシシ(B級)、これは是非ともエンダム所属冒険者に討たせたい、そうすれば心残りなく街を出られる──エンダム自衛力向上の為。
しかし強いモンスターへの攻撃は必然、強くなる、制御難しい、下手したら周りの人を巻き込む&自分がトドメを刺してしまう、目下拘束手段を模索中。
女の子殺した件については業務上の妥当性を認められザクロ無罪、が、その噂が悪い尾ひれ付け広まり、ジーク兄貴同様ザクロ=やべえ、殺○鬼みたいなイメージが膾炙する。
ちばみにこれらストーリーについては今の所書くつもりはございません、あしからず。
ザクロは喋り過ぎなので今後は彼女の口を塞いでいく方向で。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。




