41匹目 ネズミ、ライド中③
「はあ……『ザクロ』?」
ハジメは男の顔をしげしげと見る。全く知らない人間だ。
ヤギ娘の時もそうだったが、自分には見知らぬ奴から強制的にイベントを起こされる属性でもあるらしい。
男は若く、二十代中盤──つまりハジメと同じくらいに見える。
と言っても、ハジメは七、八年ほど時が止まっていたので(精神的に・高校時代から)、年齢より若干幼い(若い、というより)感じなのだが。
その男はハジメに向かって言う。まるで昨日の早朝のザクロと同じく、『ハーイ、マイ・ブラザー!』といった口調で。
異世界ではこういう距離感が普通なのだろうか。あまり日本的な、おしとやかーとか控えめーとかいった文化とは一致していないな。
ああでも、ベルは違うな。あの子はすごく大人しくて謙虚な子だ。
「おう、お前なに呼び捨てにしてんだ、オッソロシイなー、おい。
『さん』だろ、『ザクロさん』だろ!? A級の人にそんな呼び方したら殺されるっておいッ。
……ま、かくいうおれ様こそ、そのA級雷術の猛攻に果敢なる生還を果たした第一人者であるのだがな、アッハッハ!」
「ははあ……?」
ハジメは唐突に捲し立てるようなその男に少々困憊する。
──A級? ザクロさん? 生還?
と、どっからか湧いてきた別の男二人組が囃し、崇め奉るようにその男を囲んだ。
「そうっすよ! このお方こそ、ギルドエンダム支部を仕切りたる最強土術師、我らがパーティ《血楼愚狼》の団長ジーク様にあらせられるッ」
「そう! ヴィーダミアの凶狼といえばこのおれ、ジークだ!」
「いや~ん、兄貴カッコいい〜〜ん!」
ドンドンパフパフー。
……なんかベタだよなこういうの。愛おしさすら感じる。
飴ちゃん咥えてふんぞり返る男、ジーク。
その傍らに舎弟みたいにくっ付いて花弁を撒き散らしている太っちょと紅を塗った男。
……誰?
「おいらの名前はゲルク、短剣遣いだ。ちなみにこの刃先には、象をも殺すスッゲー毒が塗ってあるんだぞう?」
「アタシはメイジよ。縄とか鞭とかでサポートするわ、よろしくね……うふ」
それぞれ自己紹介する太っちょゲルク、口紅メイジ。メイジの方はハジメを向いてちゅっと投げキッスをする。……ゾゾ。
ゲルクはジークと同じか少し下くらいの年齢のお坊ちゃまっぽい若者。
メイジは壮年の?(四十くらいか? ──年齢不詳)女性的な様相の男だった。
各腰には革の鞘に納まるナイフ、ベルトに付属した鞭や縄がグルグルと、佩帯されている。
「で、聞いたぜ? ハジメ、お前もあのザクロさんの電撃喰らって生存した猛者らしいじゃねえか。
ここのギルドはおれの縄張り、情報なら真っ先に手に入る。もちろん、お前が先日ザクロさんの雷術を受けつつ街中を彷徨き回ってたってこともな。
そんな奴この世界探してもおれとお前くらいしかいねえよ。──仲間だ!」
と、ジークはハジメの手を取って無理矢理握手する。ニヤリッとその悪党みたいな面の口角を引き上げながら。
ハジメは思考する──『街中を彷徨き回る』。
きっとこの前の、ザクロに電流リードで引きずり回された時のことだろう。ネコ戦その二、裏路地連行だ。
ハジメは男たちの突撃に気圧されている。なんなんだこいつら。
が、そんなこともお構いなしでジークは続けた。
「昨日だってザクロさんとつるんでたってな、ギルドのもっぱらの噂だぜ?
……悪いことは言わない、ハジメ。あの人とパーティを組むのは、やめとけ」
にわかに低い声で告げる。と、パッとハジメの首から腕を離した。やっとまともな距離が取れる。
硬直していたハジメもテーブルから立ち上がって、警戒するように彼らと対面する。
「ザクロ……さん、と──『やめとけ』?
いや、おれはまだパーティなんか組んじゃいないが、それはどういう意味だ?
それに、呼び捨てしたら殺されるって……いくらなんでも、そんなに物騒なやつじゃないだろ、あいつ……あの方は」
所々つっかえつつハジメが言う。同年代らしいし、向こうに合わせて敬語は遣っていない。
が、ジークから、なんだかザクロのことを敬遠してるような雰囲気が見て取れた。
なので、こちらも合わせてそんなふうな詰まった口調になってしまった。
なんの話だ? ザクロはそんなに皆から怖がられているキャラなのか?
……まあ、あの強烈な態度とか、ほぼ初対面で電撃喰らわす非常識さについてはわかるけど。
と、尋ねたハジメに答えるジーク。
「なんだお前知らないのか? まあ、じゃなかったらあの人とつるまねえか。よしいいだろ、おれが伝授してやる。
いいか……あの人とパーティ組んだやつは、軒並みお陀仏してるんだよ──もはや伝説だ。なんなら、自分の経験値を稼ぐ為に仲間を囮や犠牲にしてるらしい。だからA級なんだな。
A級ってのは英雄だ、この世に十数人程度しかいねえ。が、ヤツは別物だ。インチキしてレベルを上げた、レベル詐欺師だ。
お前は田舎者っぽいからわからんだろうが……やめておけ。強い者に巻かれたいとか、変な気を起こすな」
ジークは説明し、ハジメに向かって親指を下に向けた。まるで愚か者に説教垂れるみたいな言い方だ。
が、時折ふと周りをキョロキョロしながら話している。誰かに聞かれるのを恐れるように。
今、その当人が自宅ザクロハウスで王都出発の準備をしていることは、ハジメだけが知っていた。
そして男は提案する。その後ろの舎弟二人も同意するように頷きながら。
「ハジメ……おれのパーティに入らないか?」
「……はあ?」
ハジメは腑抜けた声を出す。さっきから圧倒されてばっかだ。話が勝手に転々と進む。
──ザクロが悪人? レベル詐欺師?
何なんだ? そんなにあいつはヤバいやつなのか? 少し強烈なところはあるが、普通にいい女性だと思うのだが。……
黒い噂が多いのだろうか──と考えていると、ジークが提案してきた。
「それに、ヤツの攻撃を防げるほどの実力なら、是非こっちも取っておきたい。お前ギルドランク何級だ? ちょっと教えてくれよ」
いつの間にかザクロの呼称が『ヤツ』に変わっている。殺されるんじゃなかったのか?
まあ、その言い分も元々おかしいのだが。
「いやまあ、C級……らしい」
「うお、C級!? マジ、嘘じゃねえよな? ちょっとギルカ見せてくれ……いや、ください!」
なんとなく、馬鹿正直に答えたハジメ。と、みるみる明るくなったジークの目。
ハジメはおずおずとギルカを出す。それを受け取るジークの手つきは、とても丁重だ。
「ま、マジか……」
「兄貴ィ、こいつ……このお方、凄腕じゃねえっすか! C級なんて、パーティに一人でもいるとめちゃ心強いっす。うおお、歓迎したい!」
「ふふ、やっぱしアタシの見た通りだわ……ハジメさん、だっけ。是非ウチのパーティに来てほしいわねん」
すると、ジークはバッとハジメに手を差し伸べる。勧誘の笑顔──後ろの二人も。
びっくりするのはハジメの方も同じだった。いきなりギルドでスカウトされた。それも、結構手練そうな男三人組に。
ハジメはあたふたと手を振りつつ口を開く。なんとか今の状況を自分で整理するように、ということでも。
「ちょ、ちょっと保留にさせてくれ。それに今おれ、人を待ってるんだ。そっちの方で、これから色々出掛ける話もあって……」
「な、なんと。既に声が掛かっていたか……さすがだなハジメさん。まあいい。が、是非とも一考していただけるとありがたい。
曲がりなりにも、おれたちのパーティはヴィーダミア大陸屈指の実力を誇っていて、近々C級試験も受けるつもりなんだ。
なんなら最初はお試しでもいい。ハジメさんにもおれらの有用性を知ってほしいんだ」
「C級なんてめったに捕まるもんじゃねえっすもんね、兄貴ィ」
「こ、こら言うな……」
ゲルクの口を塞ぐジーク。ハジメは『さん』付けで呼ばれた。
その背後のメイジがじろじろとハジメの髪の毛から爪先までを値踏みするように視姦する。……ゾゾ。
「ん?」
その時、にわかにギルド内がざわめいた。
カウンターを見遣る。受付嬢が全員忙しく手続きをしているらしい。
どよどよと冒険者たちが互いに向き合っている。その人波の中で、
「今入った情報なんだが……」
「え、それホント?」
「警報出るか、出るか……」
みたいな声が上がる。
首を傾げるハジメ。
なんだなんだ? 何が起こっているんだ?
と、それを察知したかジークが両腕を組んで、少し神妙な面持ちで言った。
「デーモン事件で慌ただしいんだな」
「デーモン事件?」
ハジメがその言葉を繰り返す。『何か』が起こっていて、ギルドは騒然としている。
「《ヴィンセント・デーモン》──至極色の悪魔。なんか最近、ここいらでそのA級モンスターの反応、つまり爆発的な魔力濃度値が観測されたらしい」
「で、その発祥地は捜索中ってとこね。たぶんこの近辺の魔力密度が濃くなってるだけだと思うけど。
『デーモンの信号だ』なんて、ギルド上部と国家がでたらめに公表してる嘘っぱちよ、嘘っぱち。全くやぁね、お偉いさんにはシャッキリしてほしいわ」
「ホントホント。ま、そんなやつが出てきたって、おいらたち《血楼愚狼》の手にかかればイチコロっすよ」
ジーク、メイジ、ゲルクが順に言う。ハジメはあまりよくわからない。が、ふと思案した。
──なんかこいつらめっちゃ情報通だな。仲良くなっといて損はないかもしれない。
それに、《ヴィンセント・デーモン》? どっかで聞いたことある気もする。……
(そうだ、昨日ザクロに──)
「お待たせしました、ハジメさん」
「あら、早いじゃないあんた」
と、ベルとザクロが到着した。二人同時だ。
ハジメが色々思い出そうと考えた、まさにちょうどである。
「……? ハジメさん、そちらの方はお友達──」
ですか、と言いかけたのだろうが、しかしベルは手に持っていた荷物を落とす。
その目は例の男たちに向けられている。フラッシュバック。
あの時だ。ベルがヤギ娘に捕まったハジメを探しに、チュー三郎を追っていた時。
その街中、三人の男。──
が、そのことをハジメは知らない。
ただ彼は、男達を見て明らかに怯えるベルに、強烈な違和感を覚える。
と、もう一つ違和感はあった。
今度はこっちの方で、男達がベルのその横──ザクロを見て硬直していた。それがハジメの視界に映る。
謎の三角関係。拮抗状態。
ベル、三人の男共、ザクロ。ザクロとハジメは『?』といった顔をしている。
ここ、ギルドの一劃に、計六人分の奇妙な静寂の波が訪れた。……
■■■
ドーン!
と、静寂を破るが如く、ギルド内端に置かれたドラの大音量が響いた。
振り返る冒険者たち。ハジメたちも例外ではない。
劈くようなアナウンスが流れる。
『緊急魔獣警報発令、D級以上の冒険者はただちにギルド建築内まで集合せよ。繰り返す……』
どうやら街にもアナウンスは流れているらしい。外が騒がしくなる。往来にまでどよめきが広まり、発展する。
ハジメはハッとし、傍にいたザクロの顔を見つける。反射的なものだった。
と、目が合ったザクロは、しかし落ち着かせるように、ふっと笑った。
「だーい丈夫よ。まあ、任意だから。わたしはA級の体面を保つために行かなきゃだけど」
手をひらひらと揺らして、どうってことないようにハジメへと言う。召集のことらしい。
緊急魔獣警報──アナウンスの情報によると、この近くの森に大型モンスターが確認されたそうだ。それも、B級以上の可能性があるらしい。
B級というのがどのくらいの強さかハジメにはわからなかった。
が、少なくとも今、街が一つ動いている。各家の戸は厳重に閉められ、外部に出ないように注意された次々と人々──屈強な冒険者たちが、ギルドに集まってくる。
と、ジークが暗く笑うように呟く。
「……はは、こんなに早く来るなんてな。よしお前ら、ハジメさんにおれらの勇姿を見せるチャンスだ……行くぞ!」
「もっちろぉん」
「がってんでい!」
ガシッと円陣を組む三人組。その隣でザクロがベルに、
「ベルちゃんはお留守番ね。安全なとこで待ってなさいな。ま、ちゃちゃっとやっつけてくるわ、心配しなさんな」
と肩に手を乗っけ、優しく言う。彼女はそのまま振り返り、ハジメを見た。
「で、あんたは行くの? まあわたしとしてはどっちでもいいけど」
本当にどっちでもよさそうだ。が、ハジメとしてはこのイベント、みすみす逃すわけにはいかない。
情報を知りたかった。それに、留守番よりは現場に行って、他の冒険者の闘う様子などを見てみたい。
いや、そんなのは後付けだ。少し不謹慎かもしれないが──異世界初めての大型クエストである。
ワクワクしないといったら、嘘になる。
ハジメは叫んだ。意気揚々と、戦士の輝きだ。
「──おれも行くぜ!」




