40匹目 ネズミ、ライド中②
追想/あの男
「あんたらわたしがあげたお金まだ持ってるわよね? 必要なモノがあったらそれ使いなさい。じゃ、各自準備出来次第ギルドに集合! 解散!」
意気揚々とザクロが言った。
『王都』──そこへ向かう前に、色んな身支度をしようと一旦街に帰ったのである。
もちろん、今度そこに行くのは馬車だ。もうあんな思いはしたくないとの満場一致(ベル、ハジメ)だ。
で、馬車の予約を取るのはギルドが一番楽で手っ取り早いから、そこで落ち合うことにした。まあ予約と言っても、ダンジョンの時と同じですぐに出発できるだろうけど。
「あのぅ……あたしお金持ってないんです」
「え。あの量もう遣っちゃったの?」
ベルがおずおずと申し出る。ハジメもびっくりする。ザクロに初めて会った時、食堂でもらったお金。結構な金額だった筈だ。
現にハジメもまだそこそこ余っている。し、ベルが生活費を出してくれてた(食費等)としても、よっぽど豪遊しない限りそうそう遣い切るなんてことは。……
「えっと、残ってたやつ全部あの子にあげちゃったんです。……あの、ヤギの子」
「「え!?」」
ヤギ娘に──あげた?
何故そんな敵に塩を送るようなことを。
まあ本物の敵かと言えば微妙なところだが……まさか全額をあげるなんてのは考えられなかった。
ザクロが尋ねる。
「な、なんで? ベルちゃん。まあお金の遣い方は個人の自由だと思うんだけど……」
(うん、うん)
ハジメも頷く。街の前だ。ここエンダムの周りには川が流れていて、そのせせらぎの音が微かに聴こえてくる。長閑な、田舎の方らしい。
「えーっと……ほら、あの子も色々あったみたいじゃないですか。なんか可哀そうですし。……それに、腕の回復費用の足しになればいいな、と」
「ああ……腕」
「ベルちゃんそれはお人好しってもんよ。……まあ、それがベルちゃんらしいトコだけど。は、しょうがないわね。お小遣いよ、ほら」
と、ザクロはベルに銀貨五枚投げ渡した。ナイスキャッチのベル。ザクロ戦の時も思ったが、捕球力は結構良いらしい。ザクロとバッテリーでも組めばいいんじゃないか。
(しかし──『腕』、ね)
ヤギ娘の腕。自分を犠牲とする、力の代償。
ハジメは考える。《悪魔王》とベルは言ったか、あの悪魔のモンスター。多分倒したと思うが、しかしハジメのレベルが相当アップしたのを鑑みると、結構な強さであったことは間違いない。
そんなモンスターがまた野に放たれていいのか?
あのヤギ娘が呟いた言葉、【生贄】。ザクロの説明と合わせると、おそらくスキル名なのだろうと推測できるが。……
そんなのがまだアイツに所有されてていいのだろうか。あの娘のこと、今度は脚をもがれても何かもっと恐ろしい者を召喚しかねない。
「あの、ベルさん。やっぱあのヤギ娘は危険因子なんじゃないですか? 気軽に助けたりでもして、また彼女があんなことやったら……」
言い方は少しキツくなってしまった。が、これはしょうがないことだと思う。
ベルは優しすぎる。それはとても良いことだ。が、時としてそれで己が身を滅ぼすことになることだってある。
いつかその優しさに、牙を剥かれないとは限らない。
「あ……はい、ハジメさん。でも、あの子はもう大丈夫です。もうできませんよ、あの子は」
「……?」
大丈夫──『できませんよ』?
できない。『しない』、ではなく。
「それ、どういう意味です?」
ハジメは問うた。が、ベルはちょっと後ろめたいようにはにかむ。なあなあにするつもりだ。
少し迷った挙げ句、ハジメはそれ以上問わないことにした。本人が教えたくないらしい。それなら、あまりここで深追いするのもよくないと思った。
「じゃ、わたしも一旦帰るから。お昼くらいまでにはギルドに着いてるわね。二人とも、遅刻厳禁」
と、ザクロが切り替えるように告げる。すぐにピョンピョンと跳躍して街の屋根を伝う。
今思えば、すごい移動手段だ。あんなことするやつはこの世界でも見たことない。目立って仕方がないんじゃないか?
「……あたしたちも、行きましょうか?」
傍らのベルが言う。手を差し伸べるように促す。背後には、朝の心地よい陽気が照らしている。ハジメの目に映った。
その光景が、異世界二日目の夜明けの時と重なって見えた。
■■■
ギルド。ハジメはテーブルに着いている。かなり早く来てしまった。一人だけ待つ羽目になる。
ベルと一緒に例の違法自宅ダンジョンに帰ったは良かったものの、ハジメの手荷物などほぼ無いに等しかった。服、生活雑貨(歯ブラシ・爪切り等)くらいで、あとはお金の入った革袋とギルカ。
異世界来てから、特に大きく買ったものは無い。なんとも寂しい男所帯の様相だ。
「それと……もちろん」
ハジメの手には例の小瓶が握られている。今袋から出した。
これは絶対に忘れない。置いてきて、誰かに見つかるわけではないのだろうが(あのダンジョンは向こう百年見つからない・ザクロ談)、しかし思い出のある品だ。
ベルがハジメの為に使ってくれたエリクサー。それはこの前のザクロの時に気づいた。あの爽やかなミントの香り、間違いない。貴重なものなのに、である。
それに、元の世界産のゴム物体。結局ピンセット使ったりとか、瓶を思いっきりシェイクとかとか色々策を講じてみたが、全て不発だった。もう諦めた。ハジメは小瓶を袋にしまう。
落胆する。と、足元に目を落とす。
靴を新たに買った。この一週間で既にかなりボロボロになっていたのである。
「まあそうだよな。あんだけ激しく動いてたらな」
スライムダッシュ。ネズミ脱獄。イノシシ。
ネコ戦(ベル救出)、ネコ戦(裏路地)、ネコ戦(ヤギ娘)。
……あとはダンジョンか。
本当にタフになったと思う。ほぼ強制的に動かされたから、すごく運動になった。骨も筋肉もだいぶ鍛えられた気がする。今ならザクロかベルくらいなら余裕で担げるだろう。
で、その彼女たちはまだ準備中らしい。やっぱり女性のほうが身支度は多いみたいだ。
ハジメはテーブルに突っ伏す。……本当に早く来すぎた。ふう、と溜息を吐く。
異世界来てから一週間。まあまあ成長したと思う。人とも難なく会話できる。元いた世界ではあり得なかったことだ。
と、ふと思いを馳せる。──じじい。
そう、じじいだ。なんか忘れてたけど、あのモジャモジャとツルツルのじじい。ぶっ倒れたハジメを介抱し、色々とお世話をしてくれた挙げ句、この街エンダムの場所まで教えてくれたじじい。
彼らがいなければ、そもそもハジメの冒険は始まってすらいなかっただろう。人の温かさとか、コミュニケーションとかを最初に教えてくれた人たち。
彼らの小屋の場所は知っている。エンダムを歩いて森の方へ半日弱だ。
「じじい……いつかお礼を言いに行かなきゃな」
「よう、お前が『ハジメ』だって?」
「うわっ」
いきなり男がハジメの肩に腕を回してきた。知らない男だ。
ハジメは一瞬真っ白になる。唐突で驚いたのもあるが、全く見知らぬ顔だったからだ。ギョッとしつつその顔へと視線を向ける。
若い男はニヤッと笑った。その口にペロペロキャンディを咥えながら。
「ザクロさんとパーティ組んだじゃねえか。──A級雷術遣いの」




